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倶知安の駅で電車を降り、改札を抜けた左手にある小さな売店でペットボトル入りの水を買った。 駅員以外に人がほとんどいない構内を、一人の女の子が元気に走り回っていた。 僕におつりを渡した女の店員が「コトネ、静かにしなさい!」と叱りつけた。 それは、3年前の夏に来たときには乳母車に乗っていた女の子だった。 女の子の母親に次のバスの時間を調べてもらい、外のベンチに座ってバスを待った。 狭いロータリーの向こうに伸びた短い通りの風景は、この前に来たときと何も変わっていないように感じた。角の甘味屋はいまも開いているのか閉まっているのか判然としない。 手袋とマフラーがあってもいいくらいの寒さだった。 あのときのホテルは、いまはもうないことはわかっている。あったところで金額的にまず無理だ。でも、ニセコのスキー場付近まで行けば宿泊施設が何軒かあるだろうから、その中でいちばん安いところに泊まろうと僕は思っていた。 2、3人の地元民と数組の旅行者を乗せたバスに1時間弱揺られ、最初に着いたホテルでいちばん安く泊まれる部屋はいくらかとフロントで訊ねた。 「もし料金のことだけでしたら、スキー客用の西棟の部屋がよいかと思います。部屋は狭いですが十分寝ることはできますし、私の知る限りではすきま風が入ってくるようなこともありません」 そう言ってフロントの女性は笑った。 金額を聞くと、思ったよりもずっと安かった。他のホテルをあたるのももう面倒な気もするし、僕はその部屋に決めた。 宿泊カードに名前と住所を書き込んで、1週間分の宿泊代を前払いし、西棟の203号室のキーを受け取った。フロント係の女性が、時間があるので部屋まで案内します、と言って荷物を持ってくれた。 部屋は言われたとおりひどく狭かった。簡易ベッドが置いてあるほかは、小さい書き物机と椅子が一脚でほぼいっぱいだった。 トイレと洗面所は各階廊下のつきあたりにあり、その反対側の一角にはコイン・ランドリーと自炊のできる簡易キッチンがある。風呂は本館の大浴場をご利用ください、とフロント係の女性に言われた。3階から上は6人部屋になっているそうだ。 「冬になると選手を目指す学生たちでいっぱいになってうるさいくらい賑やかです。北海道出身の選手の中には、毎年このホテルに泊まって合宿した人がたくさんいるんですよ」 まだ雪が降る前のこの時期は、西棟の客は僕だけとのことだった。 刑務所の独房というには豪華すぎだが、壁に洒落た絵画なんかが掛けられていて、ナイト・テーブルに清掃担当者のメッセージ・カードが置いてあるような部屋よりは、このとびきり質素な部屋が、なんとなく今の自分には合っているように思われた。 フロント係の女性に礼を言い、それから少ない荷物を全部ベッドの上に置いてホテルの外に出た。 すでに陽が落ちかけていて、あたりはさらに冷え込んでくるようだった。役目を終えて地面に落ちた少し汚い木の葉っぱが、物憂げに風に吹かれていた。 両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、ホテルから伸びた坂道を下り、しばらく歩いて小さな食料品店を見つけ、そこで徳用パックのワインを3本と袋入りの食パン2斤、チーズ、ミネラル・ウォーター3本、ポテトチップスと魚肉ソーセージを2袋、それから石鹸とハブラシと歯磨き粉を買った。 この食料品店は小さいわりに生活用品は一通り以上揃っているらしく、レジカウンターの横に文庫本の書棚まであって、僕はそこからジェフリー・アーチャーの短編小説を一冊抜き取り、それも買った。 大きな紙袋を2つ抱え、西棟の203号室に戻ったときはすでに暗くなっていた。 買ってきたものを書き物机や床に置き――冷蔵庫がないのでワインはビニールの袋に1パックだけ入れて窓のロックのフックにぶら下げた――、それから上着とズボンを脱いでベッドに横になった。 そしてその後14時間、僕は眠り続けた。 とくに睡眠が必要と感じていたわけでもなく、意識して眠ろうとしたのでもなかった。でもとにかく、僕は14時間ものあいだ、ずっと眠り続けたのだ。 その久しぶりの長い眠りの中で、僕はさまざまな夢を見た。僕にプラス・ドライバーを貸してくれないとなり町の夏祭り実行委員会との言い争い、と言った滑稽なほどつじつまの合わない断片的なものや、1週間か2週間前の出来事をまるきりそのままなぞらえたようなひどく不快な夢もあった。他にもたくさん見たが、どちらかというと不快なもののほうが多かったようだ。もっとも、翌日の朝9時に目が覚めたとき、それらの夢は僕の頭の中からあらかた消え去っていた。 部屋の暖房を入れっぱなしにしていたせいで、喉が痛いくらいに乾いていた。 ミネラル・ウォーターの栓をあけ、ぬるくなった水を勢いよく喉に流し込んだ。少し身体がこわばっていたが、とくに頭痛はしていなかった。 カーテンを開けて椅子に座り、窓から外を眺めると、灰色の曇り空を背景にして三角形の大きな山がひょっこりとたたずんでいた。 あれは羊蹄山という山だ。 ここの来るまでのバスの中で、旅行者らしい初老の夫婦が指を差しながら言っていたのと同じ山だ。 バスから見えた山が、こうしてホテルの窓からも見えるというのは、なんだか少し意外な気がした。 偶然に行き着いたホテルの安っぽい椅子に座って外を眺めているうち、あらためて僕は、自分がずいぶん遠くまで来たんだということを知った。 昼近くになって本館の大浴場に行って身体を洗い、部屋に戻ってワインを開け、食パンとチーズを食った。下着の枚数を数え――4枚だ――、ナイフを使って上手にソーセージの包みを剥いだ。買った本を読もうとしたが、それはうまくいかなかった。トイレに行って小便をし、手を洗わずに戻ってまた椅子に座った。窓の真下でパーゴルフに興じる家族を眺め、それからたぶん、おそろしく長い時間、羊蹄山を見ていた。 暗くなって山がほとんど見えなくなると、暖房と照明を点け、ベッドに寝そべってまたワインを飲んだ。しこたま飲んで、寝た。 3日4日、5日とだいたい同じように過ぎていった。 少し天気が良い日などは、時間をつぶすためにホテルの敷地内の散歩道をぼんやりと歩いたりもした。 正面玄関から北側の建物には、スキー場に直結しているゴンドラ・リフトの乗り場があった。だが、いまはそのリフトも動くことはなく、太いワイヤーのはるか先のスキー場にもまだ雪は積もっていなかった。 パターゴルフ場の脇のベンチに座って前を見ると、ドイツトウヒの太い枝の合い間から羊蹄山が見えた。夏であればここは涼しく気持ちのいいベンチだろうが、冬の初めのこの時期では、ドイツトウヒの黒い幹や枯れた芝生は必要以上に寒さを感じさせるだけだった。 上着のポケットに両手を突っ込んだまましばらく羊蹄山を見ていると、どこからともなく5、6才くらいの男の子が僕に近寄ってきた。 「おじさん、なにやってるの?」 少年はニット帽を目深にかぶり、水色のジャンパーのファスナーを顎の上まで閉めていて、鼻の頭が真っ赤だった。 僕は少年の無邪気さに少しだけ気持ちを軽くした。 「君、名まえは?」 「コウジ」 「お母さんは?」 「お母さんはエステしてる。お父さんがゴルフ。おじさんはなにやってるの?」 「外でソーセージを食うのさ」 「ソーセージ?」 「そうさ。コウジはソーセージを上手にむけるか?」 「うーん、わかんない」 「来てみろ」 少年を脇に座らせ、僕は上着のポケットからナイフと魚肉ソーセージを取り出し、ゆっくりと実演つきで上手なソーセージのむきかたを教えてやった。少年は僕の折りたたみ式のポケット・ナイフを不思議そうに見つめていた。 「いいかコウジ。男はな、ハタチになったら、一生使えそうな頑丈なナイフと、程度のいい中古のトラックを手に入れなければならないんだ。」 コウジ少年はポカンと口を開けて僕の顔を見上げた。 「知らなかったか?だったらよおく覚えておけよ。大人になったら、こういう頑丈な小さいナイフと、エンジンの調子がいいトラックを手に入れるんだ。これはもう決まっていることなんだ、いいな、中古のトラックとナイフだ」 少年はさらにポカンと口を開けて、少し首を傾けた。 「さあ、もうお父さんのところに戻りな」 背中を軽く叩いてやると、コウジ少年は弾かれたように走っていった。 7日目の朝、フロントに行って、もうしばらく滞在するつもりだ、と伝えた。 ―下へ |
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うむむ・・・何やら文豪の生活を覗き見てるような(笑)
そうか、頑丈なナイフと中古のトラック。。。私の暮らしに足りなかったのはそれだったんですね!!
でも、それを手に入れても何にどう使っていいかわかりません。
ソーセージを上手にも剥けません。
嗚呼、もう生きて行けない(涙)
2008/2/10(日) 午前 10:53
houshyoさん!ありがとうございます。おお、houshyoさんはまだ手に入れていなかったのですね!それはいけませんねぇ(笑)。ナイフは必需品でありますよ♪僕はプチプチシートのプチプチを1コずつ潰すときにナイフを使っています・・・。まだ間に合いますよ、houshyoさん!トラックはさしあたりミニカーでも大丈夫です(笑)!
2008/2/10(日) 午後 1:36 [ 塩野崎バード ]