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月末の地方銀行

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 月末の金曜日、僕は銀行の窓口にいて、今日中に済ませなければならない振り込みをしてしまおうと考えていた。
 4枚複写の手ごわい振込依頼書にボールペンで必要事項を書き込み、窓口の女性行員に手渡した。
 月末の銀行はひどく混み合っていて、このあとかなりの時間待たされるであろうことは容易に想像できた。

「はい、お振り込みですね、お手続きをしますのでお掛けになってお待ちください」

 振り返ってロビーを見渡すと、随所に配置されているソファーや椅子にはどれもすでに誰かが座っており、僕の入る隙間などどこにもなかった。

「お掛けになっては待てそうにもないから、僕はあの柱に寄りかかって待つことにするよ」

 窓口の女性行員にそう告げると、彼女は引きつったような笑みを浮かべたが、すぐに下を向いて作業にとりかかった。
 僕は次の客に押し出されるようにしてその場を離れ、そのまま何人かの人たちをよけてその四角くて太い大理石のような柱のところまで歩いて行き、窓口の方を向いて寄りかかった。当然のことだけど、その太い柱は僕が寄りかかったくらいではびくともしなかった。
 僕の振込依頼書を受け取った担当の女性行員は、もちろん僕の手続き以外にもたくさんのこなさなければならない仕事を抱えていることだろう。あの様子だと5分や10分では僕の番にはならないことは確実だ。でもだからといって別にどうということはない。時間ならたっぷりあるし、柱に寄りかかっていろんな人を見ているのも悪くない。
 あらためて周りを見渡してみると、行内には本当にたくさんの人がいた。
 大学生みたいな若者や家庭の主婦、スーツを着たサラリーマン、帽子を被って杖をついた老人や腰の曲がったばあさん。その種類も実に様々だ。彼らは皆、それぞれなにがしかの金融目的を持ってこの銀行に集まっているわけだ。忙しそうにイライラと自分の順番を待っている人もいれば、隣の人と熱心に世間話に興じている女の人もいる。しかし大半は、やはりイライラしながら待っているようだった。
 カウンターの向こう側もだいたい同じようなものだ。
 大勢の行員が忙しそうに立ち働き、自分の書類に支店長だか課長だかの判が押されるのを待っている。ATM機械の横では仏頂面のガードマンが昼休みの交代時間がくるのをじっと待っている。
 客が順番を待ち、行員が上司の許可を待ち、ガードマンが昼休みを待っている。低いマガジンラックの横に置かれた鉢植えのレンタル観葉植物は、ごくわずかな酸素を吐き出しつつ健気に来週の交換を待っている。
 けっきょく、この地方銀行の支店全体がみんな何かを待っているといってもいいだろう。銀行の各種手続きなどはこの際なにかの「建て前」に過ぎず、実はここにいる全員がただ待つことを目的に集まってきたようにも思えてくる。
 そして銀行だけでなく、よく考えてみると人はいつも何かを待っているみたいだ。待つことが目的のように暮らしている。きっとそうに違いない。
 週末を待ち、人と待ち合わせをし、目覚まし時計をセットして朝の7時30分を待っている。四六時中何かを待っているのだ。
 僕は何も、人の「生」自体が「死」を待つ行為そのものだ、などというわかったようなヘボ哲学を展開するつもりはないが、そんな難しいことを考えなくたって、人がいつも何かを待って生きているのは明らかだ。
 この時間どこかでは、負けるとわかっている戦いに挑む拳闘士のような気分で歯医者の待合室に座っている人もいるだろうし、半月ほど遅れている彼女の生理を湖上に張った薄氷の上を歩くような心持ちで待っている19歳の男もいるだろう。
 正面の入り口の自動ドアが開いて、新たに30歳くらいのサラリーマンが入ってきた。
 彼はATM機械の順番待ちをしている人たちの長い列を見て小さく舌打ちをした。腕時計に目をやり、ハンカチで額の汗をぬぐいながらあきらめたようにその最後尾に並んだ。
 四六時中何かを待っているにもかかわらず、待つという行為は程度の違いこそあれ、往々にして苛立ちや苦痛を伴うもののようだ。
 日本一有名な名前のない猫が言っていた。
「人間の定義というと外に何もない。只いらざることを捏造して自ら苦しんでいるものだと云えば、それで充分だ」
 自分で待ち、自分で苛立っている。
 いっそのこと、待つことなんかきれいさっぱり忘れて全部やめてしまえばいいと思ったりもするが、これがなかなかそうもいかないのだろう。
 人間には社会があり、暮らしがある。マイホームとショッピングの夢があって子供の成長がある。
 自分で待ち、そして自分で苛立たなければならないのだ。
 かわいそうなものだ。僕は行内にいる人たちがこの上なく不憫に思えてきた。ポケットから拳銃を取り出して、天井に向けて一発派手にぶっ放してやりたいような気がしてきた。そうすれば、もうみんな待つことなどしなくなるだろう。きっと現状を打破できる。

――「唐杉様!」 

 みんなを一瞬で解き放ってやることができるだろう。
 この考えはわりと楽しい感じがする。
 救済的銀行強盗だ。

――「唐杉様!」

 天井に一発ぶち込んでこう叫ぶ。

「全員一歩も動いてはいけない!金はいらないが、その代わり全員がいま行っている作業を即刻中止してまっすぐ家に帰るんだ!いますぐにだ!」

 彼らは一瞬恐怖におののくが、それが救済的銀行強盗だとわかると、みんな喜んで手にしていた払戻し用紙やキャッシュカードをその場に投げ捨て、先を争うように家に帰ってゆく。銀行が済んだら近くの大型スーパーに行ってまた一発ぶっ放す。

――「唐杉様!カ・ラ・ス・ギ・サマ!」

 妄想はどんどん僕の頭の中で膨れ上がってゆくが、窓口の女性行員が大声で僕の名前を叫んでいることに気づき、柱から身を離して先程の窓口まで歩いて行った。

「僕が唐杉です」

「はい、唐杉様お待たせ致しました。お振込みのお手続きが完了いたしました。こちらがお控えになります。ご利用ありがとうございました」

 そしてすぐに次の作業に取り掛かろうとしていた。

「ちょっとごめん」

「はい?」

「これで僕の振込みは滞りなく完了したわけだね?」

「ええ、お手続き致しました」

「では間違いなく、僕の相手の口座に僕の指定した額の金が移ったことになるよね」

「ええ、そのとおりです」

「よかった。ありがとう。別に疑っていたわけじゃないんだけどね。月一回の大事な振込みだから、ちゃんと今日中に振り込まれるか確認しておきたかったんだよ。毎月そうさせてもらっているんだ」

「はあ、そうですか」

「ありがとう。じゃ」

 僕は混雑した銀行を出て、そのまま駅まで歩いて行った。
 駅にもまた、電車やらバスやらを待っている人が大勢いた。
 そんな人たちを横目で見つつ、僕は構内の雑踏の片隅でひっそりと佇む公衆電話にコインを入れて電話をかけた。番号は手帳を開いてみるまでもなく、おぼえている。

「はい」

「あ、おれだけど」

「ええ。・・・なに?」

「いま今月分を振り込んできたよ。窓口の係に確認したから間違いなく今日中に入金になると思うんだ。一応知らせておこうと思って」

「・・・なんだか周りが騒がしいわね」

「ああ、駅の公衆電話なんだよ」

「公衆電話?ケータイじゃないの?」

「うん。携帯電話はこのあいだ解約したんだ。あまり使う機会もないからね」

「・・・そう」

「今日の銀行は混んでいたよ。月末の金曜日だからね。列がいくつもできていて――」

「ねえ、わざわざ連絡をくれなくってもいいのよ」

「えっ?」

「毎月こうやって電話をくれるけど、こっちはこっちでわかるから」

「でもね、一応のことを考えると――」

「それだけじゃない。・・・ねえ、私ずっと言おうと思ってたんだけど、・・・電話だけじゃなくって、振り込みそのものもいらないわ。・・・必要ないのよ。・・・だって、私たち別にそんなこと決めたわけじゃないじゃない。子供がいたわけでもないし。・・・そうよね?」

「・・・ああ」

「・・・私、もういいかげん気持ちを切り替えてやっていきたいの。仕事も順調で忙しくなってきているし。・・・なんとなく、これからいろんなことがいい方向に進んでいくような気がしているの。はっきり言って、経済的にだっていくらか余裕もあるわ。実際あの口座はあれ以来ぜんぜん手をつけてないの。あなたからの振り込みも全額そのまま残っているのよ」

 僕は黙っていた。

「・・・ねえお願い。もうやめにしましょう。やっと私、いろんなことがうまく進みそうな気がしているの。もう失敗したくないの。いままで振り込んでくれたお金はぜんぶ返すから」

「いや――」

「あなたは変わらない。携帯電話も解約しなくちゃならないくらいなら、なんだってお金なんか送るのよ。・・・そういうの、やめてよ。私、ときどきたまらない気分になる・・・」

 泣いているのかもしれない。

「いや、おれは別にそういうつもりじゃ――」

「ちがう。どういうつもりもなにも、もうなんでもいい。けっきょくあなたは自分のことしか考えてないのよ。ずっとそうだった・・・。とにかく、お金はぜんぶ返すから。前の口座にぜんぶ振り込んでおく。もう電話もしてこないで。・・・悪いんだけど」

 僕はなにを言っていいのかわからなかった。

「・・・ねえ、わかる?私、このことをずっと言おうと思ってたの。何ヶ月もずっと。ずっと考えて、ずっと言おうと思ってたの・・・」

 公衆電話の受話器を元に戻して振り返ると、僕の後ろに待っている人が二人いた。学生と、スーツを着た初老の紳士だ。
 僕はすごくゆっくりと歩いて駅を出て、来た道を引き返して行った。
 しばらくして気がつくと、さっき振込みの手続きをした地方銀行の前まで来ていた。通りに立ち止まって行内を覗いてみると、ATMと窓口には相変わらず長い列ができていて大勢の人が順番を待っていた。椅子やソファーも全部埋まっているようだ。
 僕はまた通りを歩き、時間を潰すために大きな本屋に入った。
 ズボンのポケットには振込用紙の控えがくしゃくしゃになって収まっていた。取り出して広げると、用紙の右下のほうに今日の日付の銀行の受付印が少し斜めに押されていた。
 本屋にはたくさんの本があり、それが棚の上の方までびっしりと並んでいる。
 僕はこれから先、何を待ち、そして何に待たされることになるのだろうか。

閉じる コメント(11)

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久々の短編、むさぼるように読みました。バードさんの世界がここにあると思いました。余計な説明がない分、胸にきます。待つこと、待たされることがあるのは、ある意味幸せなのかもしれないですね。傑作です。

2008/8/8(金) 午後 11:08 [ xox*a*cat*ox ]

お久しぶりです!待ってました〜♪
オリンピック見ながら携帯開いて良かったです!
あ!私も待つ人間でした!
なんだか淡々としながらせつないような…
彼をどこかで待つ人がいればいいなぁ♪朗報待ちますm(_ _)m

2008/8/9(土) 午前 0:43 [ ☆☆☆ ]

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ヤシンタさん、読んでいただきありがとうございます。太い柱に寄りかかったところまでは実話です(笑)。銀行にはよく行くので、なにか書いてみようと思っていろいろ考えました。でもはやり、結果はううむ、です。傑作ありがとうございます!

2008/8/9(土) 午前 2:24 [ 塩野崎バード ]

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む〜さん、お久しぶり。読んでいただきありがとうございます。
オリンピックですねぇ。このあいだ、競技に「射撃」があるのを知ってびっくりしました。射撃があるのなら、魚釣りとかもあってもいいよなぁ、と思ってしまいました(笑)。ありがとうございます!

2008/8/9(土) 午前 2:26 [ 塩野崎バード ]

待ってましたぁ、私は塩野崎さんを待ってました〜ぁ(泣)
おかえりなさい!そして、待ってた甲斐ありました。
この展開には唸りました。やっぱりいいです!!
もちろん、ポチです♪

2008/8/9(土) 午後 8:57 サイパンだ。

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サイパンさん!読んでいただきありがとうございます。サイパンさんに待っていていただけたなんて、僕はとてもうれしいです。本当にうれしいです。休んでいたあいだにいろいろお話を書きましたので、と言いたいところですが、これをなんとか搾り出すように書いたのみです・・・。また頑張って書きたいです!サイパンさんの日記や料理をまた楽しみたいです!

2008/8/11(月) 午前 2:01 [ 塩野崎バード ]

お久し振りです♪何気にクリックしてよかった♪短編よかったです。最初実話として読んじゃいました。離婚した元妻への送金だったんですね。おちがいいなぁ・・・。

2008/8/14(木) 午後 9:11 [ ささ鳴き娘 ]

御無沙汰していますm(_ _)m
大学生みたいな若者って?スーツを着たサラリーマン。。。スーツを着てたってサラリーマンとは限るまい??
いろいろ突っ込みを入れつつ楽しませていただきました。
それにしても、ホントに塩野崎さんは独特の作風をお持ちですよねぇ、羨ましい限りです。
同じような作品を書ける人って絶対いないと思います。
ぽちっ!!

2008/8/16(土) 午後 3:34 houshyo

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ささ鳴き娘さん、お久しぶりです!
すっかりご無沙汰してしまってすいません。読んでいただきありがとうございます。
太い柱に寄りかかったところまでは、実話です(笑)。月末の銀行っておそろしく混み合いますよね。僕は目が回ってしまいます。
ありがとうございます。何気クリックに感謝です♪

2008/8/24(日) 午前 2:22 [ 塩野崎バード ]

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houshyoさん、こんばんわ!すっかりご無沙汰してしまいました。
ナイスツッコミありがとうございます(笑)。僕はスーツという衣類をめったに着用しないので、スーツを着た人はサラリーマンであるという固定概念にとらわれていたようです。次回からは、スーツを着た刻み昆布屋の店員を登場させようと思います。
独特だなんて!ボキャブラリの乏しさに、自分で腹が立ってしまいます。

2008/8/24(日) 午前 2:23 [ 塩野崎バード ]

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吉野紗香がブログで長瀬智也と相武紗季のデート現場を目撃したことを、思いっきり暴露してしまった。

某大型掲示板では吉野紗香に批判殺到!
そんな中、批判が過熱した勢いから昔のハメ撮り動画が公開されてしまった・・・

http://naergaha.blogspot.com/

2009/7/17(金) 午後 1:37 [ naergaha ]


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