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Read a person's mind

人は人生のできるだけ早い段階で
傘がすべての雨を防ぐわけじゃない
という事実を知る必要がある

雨は喩えではない
空から降ってくる、あの雨として

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イメージ 1

 電話を切ったあと、僕は風呂場に行って本を読みながら浴槽にお湯がたまるのを眺めることにした。
 理由ははっきりしている。風呂場に行って本を読みながら浴槽にお湯がたまるのを眺めることくらいしか、することがなかったからだ。
 休日の午後3時だった。
 お湯の温度をいい具合に調節して蛇口をひねり、僕は浴槽のへりに腰掛けて本を開いた。

 じゃばじゃばと音を立てて、浴槽の底にお湯が落ちてゆく。

 綿矢りさの本を読むときに僕が考えることは、もちろん綿矢りさのことだ。
 彼女がかなりの美人だということを僕は知っている。ずっとまえに夜中までやっている街の電器屋に電池を買いに行ったとき、そこのテレビに映っているのを見たのだから間違いない。
 喫茶店風に整えられたスタジオの中で、白髪のキャスターから新しい本のことについていろいろな質問をされた綿矢りさは、軽い微笑みを交え、首を傾けながらそれに答えていた。白髪のキャスターは彼女が美人であることについては一切触れなかった。自分が美人だと言われて綿矢りさがどういう反応を示すか、僕はとても興味をもった。でも白髪のキャスターは最後までそのことを彼女に知らせなかった。もしかすると、彼は綿矢りさが美人だと言うことに気づいていなかったのかもしれない。彼女の新しい本のことばかりに気をとられていたのだろう。僕としては非常にがっかりだった。
 僕は『蹴りたい背中』という本を読みながら、綿矢りさの髪の毛のことやそれに包まれた耳のこと、それから肌のことなんかを考える。そのほかのことも考える。・・・それこそ、いろんなことを考える。そしていつも、変な気分になる。

 じゃばじゃばと音を立てながら、お湯が浴槽にたまってゆく。

 さっきの電話は青山ミキオからだった。
「3時ごろそっちに行っていいか?」とミキオは電話で言った。
「なぜだ」
「女房が3時から美容室に行くんでな、そのあいだ早紀を見てなきゃならないんだ。美容室がおまえのアパートの近くなんだよ」
 ミキオは自分の奥さんを女房と言った。『女房』だ。
 早紀というのはミキオとその『女房』の子供で、もうすぐ1才になる女だ。
「それはどうかな」
「なにか予定があるのか?おまえが」
「ああ」
「・・・そうか」
 僕はそのとき、することもないから3時になったら風呂場に行って本を読みながら浴槽にお湯がたまるのを眺めることにしようと決めていたのだ。もっと言うと、3時になったら風呂場に行って浴槽にお湯がたまるのを眺めながら綿矢りさのことを考えて変な気分になろうと、もうすでに決めてしまっていたのだ。
 電話があと30分早かったら、僕は当然ミキオを僕のアパートに招いていただろう。彼はついていなかったのだ。

 お湯はじゃばじゃばと音を立てながら浴槽にたまり、そこから白い湯気が立ち始めてきた。

 ミキオとは15才からの付き合いだ。ヤツは宅配便の会社でドライバーの仕事についていて、2年前に結婚している。仕事があって妻子があって、金がない。僕はといえば、湯をためるべき浴槽があり綿矢りさが美人だということを知っていて、そして金がない。
 金がないのはむかしから変わらない。スーパーのパン売り場でパンを万引きして食ったこともある。23のときだ。
 金があったら浴槽に湯がたまるのなんかわざわざ眺めることはしないのかもしれない。

 じゃばじゃばと音を立てながら、お湯は浴槽の下のほうにたまっていた。

 そういえば、綿矢りさにインタビューをしていた白髪のキャスターは、自信に満ち満ちた顔つきで妙にわかったようなことばかりしゃべっていた。彼がなにかわかったようなことを言うとき、テレビはいつも彼のことを映し出した。僕は、もっと綿矢りさのことを映せばいいのにと思って少し苛立った。
 電器屋を出たあと、近くの夜中までやっている本屋に行って、綿矢りさの本を買った。なにが書いてあるのか、本の内容について興味があったわけじゃない。ただ彼女が書いた本を手にとって開いてみたかったのだ。
 僕がこのアパートに部屋を借りてからもうずいぶんになるけれど、外階段を上りきったところの天井についている蛍光灯の照明器具は、僕が気づいたときから今に至るまでずっとランプが切れかかってチカチカと点滅を繰り返している。確実に2年はあんな状態だ。はじめからそういう種類の照明器具なのか、それともランプが切れるたびに誰かがまたわざわざ切れかかったランプに交換しているのか、本当のところはわからないが、チカチカと点滅を繰り返すことが、アパートの外階段の天井に取り付けられた照明器具本来の役割でないことは誰が考えてもわかりきっている。そこを通るたび、僕は自然とイライラとした気持ちになる。
 風呂場の防水扉は、何日か前からギィギィと音を立てるようになっていた。その音は簡単に僕を苛立たせる。開け閉めするたび、犬がエサを食うみたいにいとも容易く僕を苛立たせる。
 綿矢りさの本を買ったとき、あの本屋の女店員は慣れた手つきで僕の買った本に紙のブックカバーをつけた。その慣れた手つきにも僕は苛立った。ブックカバーは帰りに歩きながらひっぺがして道端に捨ててしまった。
 本はあっけなく開いた。
 少しでも僕に抗うことなく、本当にあっけなく開いてしまった。
 それから、僕は頻繁に綿矢りさの本を開くようになり、そのたびに彼女の顔や髪の毛のことを考えた。たまに表紙に書いてある『蹴りたい背中』という文字に苛立つこともあったが、それはあまり気にしないようにした。

 じゃばじゃばと音を立てながら、お湯は浴槽にだいぶたまってきた。

 自分の奥さんを『女房』と言ったミキオにも、僕は苛立っていた。
『女房』が美容室に行っているあいだ、ヤツは1才になる女を連れていったいどこで時間を潰すのだろう。次にその『女房』が美容室に行くときも、ヤツは僕に電話をかけてくるだろうか。
 以前は電話なんかかけずにヤツは僕のアパートに上がり込んできた。酒を飲み、夜中過ぎまで平気で居座った。
 アパートの家賃にも、僕は苛立っていた。
 誰彼かまわず朝のあいさつをする下の階の――おそらくは40過ぎの――女にも苛立っていて、道路を挟んだ向こうの公園ではしゃぐ数人の子供にも苛立っていた。
 本は10ページほど読み進んでいたが、話の筋なんかまったく覚えていない。僕が綿矢りさの本を読むときは、ページを開いて、そこに書いてある漢字やひらがなを彼女のことを考えながら一字一字潰すように見ていくだけだ。そうしてひとしきり変な気分になって飽きてくると、普段はそこにしおり代わりの紙切れを挟んで閉じてやる。本は閉じられたことに安堵して深く息をつく。

 じゃばじゃばと音を立てながら、お湯は浴槽にたくさんたまってきた。

 でも、その後15ページ読んでも、僕はいつものようには本を閉じなかった。その代わり、開いたページをより深く開き、そのままゆっくりと湯のたまった浴槽に沈めていった。肘まで湯の中に浸けて、そこで強く本を押さえつけた。片手だけではなく、身体をひねって本を持っていないほうの手で本を持っている腕の手首をしっかりとつかみ、そうして両手で深く強く押さえつけた。
 開いたままのページが弱い水流にあおられてゆらゆらと揺れ、徐々に本全体が水を含んで膨張していくようだった。
 やがてお湯は浴槽から溢れ出し、座ったままの僕のズボンの尻を濡らした。それでも僕はその場を動かず、本をさらに強く押さえつけていた。
 換気扇の回っていない風呂場の中は、息苦しいくらいに白い湯気が充満している。額からにじみ出た汗が頬を伝って落ち、浴槽のお湯と同化した。
 そのとき、押さえつけられた本の中から無数の歪んだ文字が力無げにじっとこっちを見ていることに気がついた。開かれたページの漢字やひらがな一文字一文字が、うつろな眼差しでしかし確実に僕のことを見返していた。一瞬背中にぞっと寒いものを感じたが、それでも僕は固く目を閉じてさらに強く本を押さえつけた。
 どのくらいの時間そうしていたかわからない。でも、しばらくして目を開けてみると、もう本の文字たちは僕を見返してはいなかった。お湯の中でただ膨れるだけ膨れて、ぶざまにゆらゆらと揺れながら、ただ本の文字だった。
 お湯は浴槽から溢れ続け、窓の曇りガラスがだんだんと夕日の色に染まってきた。
 ――仕方なかった。なんの言い訳もない。それがそのときの僕にできる、あらゆるものに対する唯一の抵抗だったのだ。

Read a person's mind

迷っている人がいたら教えてやっても良い

「もし結婚とかするんだったら、いつでも荷物の多い人にせよ」

きっと、やさしい人だから

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Read a person's mind

「明日」というものが
どっちの方向からやってくるのかがわからない

それがいちばんの問題だ

Read a person's mind

「理屈じゃない」
と主張する人が
なぜ理屈じゃないかについて
詳しく語ってくれた

頭が少し、混乱した

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