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僕の名前は塩野崎藤十郎。シオノザキトウジュウロウと発音する。 現在17歳。 平和とバタートーストをこよなく愛する恋多き多感な模範少年である。 漆黒の詰め襟学生服に身を包み、少し背中を丸めて低級県立普通科高等学校に通うこの僕は、争いごとと目立つことが大嫌い。できることなら、一世代前の携帯電話アンテナの如くに可もなく不可もない人生を歩んで生きたいと願っている。 しかしそんな僕のささやかな願いも、僕を取り巻く多くの特異人間たちによってたびたび打ち崩されてしまう。 ―そう、僕の周りは特異人間で溢れている。 今日はその特異人間の中の一人、わがクラスの国語担当T教師にまつわる話。 僕は元来、算数よりは豆が好き、豆よりは文学が好き、文学よりは昼寝が好き、といった具合にまあまあ文学が好きだ。四六時中本を読んだり、平謝りに謝り続けた40年を終え、いよいよ定年を迎て小さい犬を飼い出した初老のリタイヤサラリーマンように三流俳句を朝日新聞に投稿したりはしないが、まあ本を読む。だいたいが小説といわれる文学だ。しかし読み方はかなり偏っていて、何人かの作家のいくつかの小説を繰り返し読むだけだ。中でも頻繁に読むのが、アーネスト・ヘミングウェイとかいう人が書いた短編小説である。 この釣り好きの闘牛オッサンが書いた読み物はすこぶる素晴らしい。読むたびに僕をいろんなところへ連れて行ってくれる。もう何年もこの人の本ばかり読んでいる。 とくになんとかという短編集が良く、僕は一冊買って読んだあとあまりの良さにもう二冊ずつ買ってしまったくらいだ。同じ本を。 ・・・恋多き多感な模範少年は、ときに無意味な行動に出る。 まあそんなわけで、僕は自己の文学的水たまりを泥水であふれさせることなく、一人の釣り好きおっさんが書いた、澄んだ湧き水のような文章のみをそこに溜め、それを啜って大いに満足していたのである。 が、しかし、その日のT教師の国語の時間、僕はその文学的水たまりに別な種類の湧き水を注ぎ込むことになる。 授業開始と同時にT教師は言った。 「はい、では教科書の164ページを開きなさい」 文学よりも昼寝を好む僕は、164ページなどおかまいなしに今すぐにでも机に突っ伏して昼下がりの散漫睡眠を貪りたいところだったけれども、このT教師における生徒間での通説は 『キレると怖い人物』 である。授業開始と同時によだれを垂らして居眠りをぶっこいているところなんかを見つかろうものなら、どんな制裁を加えられるかも知れぬ。僕はぐっと思いなおし、控えめなあくびをひとつして164ページを開いた。 そしてそこに書かれた一文を読むに至り、僕は雷に打たれた。 そこには次のような文章が書かれていた。 ・・・なんだこれは。 なんだこの世界観は。 これは俳句か。いや、五七五の形式をとっていない。季語も見当たらない。 これが文学か。ただの文章か。いや、ただの文章だが間違いなく文学だ。 教科書の164ページに、この短い文章がただの一行印刷されていたのである―教科書も粋なことをしやがる。 僕はしばらくの間、この一文を読み、いや、これはもはや読むというより、「鑑賞」しながら、それがもたらす独特の風景の中にどっぷりと身を浸していた。 そして次の165ページを開き、僕は二度雷に打たれた。 なんという侘しさ。 僕ははっきりと目の前に 『咳をしてもひとり』 を見た。今この空間は下級県立普通科高等学校のB教室ではなく、もはや疑いようもなく 『咳をしてもひとり』 と化していた。 こんな短い文章で世界を表すことができるなんて。 なんていう深い文章なんだ。 その後の約20分間、僕は前後不覚さらには茫然自失の状態に陥り、只々その極短極上文章を鑑賞していたのである。 僕がそんな状態に陥っていながらきれぎれに耳に届いてきたT教師の説明によると、それは尾崎放哉という人が詠んだ俳句だということだった。 オザキホウサイさんか、すごいことをしたなこの人は。 そんなことを考えつつさらにページをめくると、他にもいくつかの作品が掲載してあった。―それらの句は前の二句ほどに僕の心を捕らえはせず、どこにも連れて行ってはくれなかった。 で、教科書の次のページ以降はお決まりの 『解説』 である。 オザキホウサイさんの生い立ちから事細かに書き記し、各作品が生まれた時代的背景や作品の意味するところまでが書いてあり―愚の骨頂だ!―、最後のほうには、謂わば 『放哉年表』 的なものまで掲載してあった。 なぜこんなことをするのだろうか。解説などいらんのだよワトソン君!これでは作品の魅力が半減してしまうではないか。 僕は解説のことはすべて忘れ、164ページに戻って最初の二句を存分に味わっていた。 しばらくしてなにやら目の前に気配を感じ、ふと顔を上げると目の前にT教師が立っていた。 「おい、塩野崎。おまえ何も書いておらんではないか。もうあと十分しかないぞ。早く書きなさい」 僕は一瞬訳がわからなかったが、いつの間にか机の隅に置かれた原稿用紙に目をとめると、灰色の脳細胞をフル活動させ現在の状況をおおよそ把握し、曖昧な微笑を浮かべながらT教師に向かって二、三回頷いた。 T教師が立ち去った後、隣の席の君島君に――おお、キミジマくんは漢字で書くとすごいことになるではないか!――確認すると、彼はそっと教えてくれた。 案の定、 『感想文』 である。 この一連の尾崎放哉作品を読んでその感想を文にしろというのである。 フゥ。 このT教師はなにかにつけて、感想文である。遠足と言っては感想文。体育祭と言っては感想文。一度などは真夏に教室に飛び込んできた巨大トンボについても感想文を書けと言ったくらいだ。 そして書き終わるまで決して退室を許さなかった。 今日は運悪く6時限目である。早く書き上げないと日が沈んで街に魅惑の味噌スープの香りが漂い始める時刻になっても帰れなくなってしまう。 僕は 『咳をしてもひとり』 の世界から瞬時にB教室に舞い戻り、原稿用紙を目の前に引き寄せた。 しかしながら、今僕が感じているこの気持ちをうまく言葉にできるかは難しいところである。 僕は必死に灰色の脳細胞を駆使して言葉を探した。 ・・・まあ、こんなもんだろう。そして、書いた。 すごい文章だ。 こんな短い文章でこれだけ世界を表現できるなんて恐れ入った。 なかなか上出来だ。2枚残った原稿用紙はそっと机の中に押し込んで、T教師に提出した。 「なんだこれは?おまえふざけているのか?書き直せ」 「ふざけてなどいない。思ったことを書いたのだ」。と僕は口には出さず、机に引き返してしばらく考えた。 ・・・そうだ、題名と自分の名前を忘れたのだ。これはうっかりした。 『咳をしてもひとり』 を読んで 2年B組 塩野崎藤十郎 すごい文章だ。 こんな短い文章でこれだけ世界を表現できるなんて恐れ入った。 これで完璧だ。僕は意気揚々とT教師のもとまで歩いていった。 「おまえ俺をなめているのか?書き直せ」 んんっ!?・・なめてなどいない。なんなんだ。 が、しかしまた素直に原稿用紙を受け取り席まで戻った。T教師が、キレる前兆である 『鼻の頭掻き』 を始めたからである。 時計を見ると授業時間は残り5分と迫っていた。 気付けば感想文を提出していないのは教室中で僕だけと相なっていた。 やばい。このままでは帰れなくなってしまう。僕は必死に灰色の脳細胞を回転させ、感想の文を捻り出そうとした。 そして4分後。 『咳をしてもひとり』 を読んで 2年B組 塩野崎藤十郎 すごい文章だ こんな短い文章で、これだけ世界を表現できるなんて恐れ入りました。 限界だった。 どんなに考えたってこれ以上の言葉は思いつかない。 逆を言えばそれだけ僕はこのオザキホウサイという人の文学に衝撃を受けたのだ。言葉にならないくらいに。 句読点をつけ、語尾を敬語にした。 もういいだろう。 僕は再度立ち上がり、決死の覚悟でT教師のもとまで歩いていった。 「貴様完全に俺をなめてるな。おい!塩野崎を残してあとの皆は帰っていいぞ!」 そう言ってT教師は僕に向きなおり、ひとしきり鼻の頭を掻きむしったあと突然僕の髪の毛を鷲掴みにして囁いた。 「おい貴様なに考えてんだ、ああ?俺が何のために1時間もかけて説明してやったと思ってんだ。俺の説明を聞いてりゃこんなふざけたのは書けねえはずだぞ。あとの2枚はどうしたんだ?俺は3枚渡したな、3枚渡したってことは3枚書けってことなんだよ。俺が説明したことや教科書の解説読んでちゃんと3枚書くんだよ。わかってんのか!?」 僕の髪の毛をつかんだ手をさらに左右に振り回す。 T教師のこの文句を聞くに至って、僕は右のこめかみの辺りでなにかが音を立ててちぎれるのがわかった。 プチン! 「おいT、おまえそれでも国語教師か? おまえはアホか? おまえは俺に 『解説についての感想文』 を書けと言ったのか? ちがうよな、放哉文学の感想文を書けと言ったんだよな? そうだよな? これが俺の感想だ。 いや、俺が感じたことを言葉にできたのがこれだ。 何の文句があるのだ。これが俺の感想文だ。 原稿用紙を3枚渡されようが15枚渡されようが、 『咳をしてもひとり』 を読んで俺が書く感想文はこれだ! それを書き直せと言うおまえが書かせようとしているもの、それは解説・説明についての感想文だ。 どうせおまえが言いたいことなんて、 『この作品を書いたときの放哉氏の心情をきちんと汲み取って、なんたらかんたら』 とか言うことだろ? おまえはバカか? そんなこと誰がわかるっていうんだ。書いたときの作家の心情なんて知ったことじゃない。そんなことわからねえし、わかる必要がねえんだよ。 それがわからんのか! おまえに文学に携わる資格はないね。 音楽家は音だけで勝負し、作家は作品のみで勝負するんだ! 時代背景だとか作家の境遇なんて何も関係ない! そして読むほうはその作品だけを読んでなにかを感じるんだ。 それが芸術だ! 極端な話を言えば、それを誰が書いたかってことだって問題じゃねんだよ。 その文章が実際にそこにあるってことが大切なんだ! 同じ物を読んで何も感じない人もいるし、とても大きなものを感じる人もいる。ひとそれぞれだ。 ときには感じたことを言葉にできないことだってあるんだ!それをおまえら教師は得意げに余計な解説なんかを付け加えやがって。 おまえらがやっていることはレイプだ! 芸術作品に対する教育的強姦だ!! 感想文に間違いなどないのだ!感想文に間違いがあると思っているおまえの存在が間違いだ!! 今日限りで国語教師なんて辞めちまえ!!」 と、僕は心の中で叫び、突き返された原稿用紙を手に、またとぼとぼと席まで戻ったのである。 遠くから漂う魅惑の味噌スープの芳しい香りを嗅ぎながら。
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塩野崎藤十郎物語
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僕の名前は塩野崎藤十郎。シオノザキトウジュウロウだ。現在十七歳、社会の底辺で健気に生きる恋多き多感な模範少年である。 いや、であったのだ。模範少年であったのだ。 ・・・白状しよう、ワタクシ塩野崎藤十郎、もうかなりのオッサンである。郷に入って以来郷に従ったまま、もうかれこれ十幾年もの間長いものに巻かれ続けている、愛想笑いと風呂上りの一杯を武器に持つ、健気なオッサン十三号である。 十三号に意味はない。 しかしながら、このオッサンカミングアウトには大いに意味がある。 今回は謝罪の記である。 それは、今を遡ること約二十年前、小学五年生版塩野崎藤十郎及び、その隣人であり当時の親友、四歳年下のK君にまつわる話。
その頃世間では、N天堂社製Fミリーコンピュータなるものが流行の兆しを見せていた。昔から恋多き多感であった私は、それより半年前、すでにこのFミリーコンピュータを購入済であった。発売当初から目を付け、母親の使いや祖父への肩たたき、はたまた狭い玄関の掃き掃除などの労働によって得た、厚生労働省が定める最低賃金を笑い飛ばすかのような報酬に、貯め込んだ二年越しの年玉とを合わせ、やっとの思いで買い求めたのである。その後のFミリーコンピュータ、―直訳すると『家族の電子演算機』発売以来、いわゆる『テレビゲーム』が世間にもたらした影響力は諸君も周知の事実だが、当時『テレビゲーム』を所有する少年少女はほとんどいなかった。当然のごとく近所のガキどもは私の元に群がった。物珍しい『家族の電子演算機』を操作したいがためである。しかし生まれつきケツの穴の小さいこの塩野崎藤十郎は、容易に触ることを許さなかった。そう、四歳年下の大親友K君を除いては。 K君は私のFミリーコンピュータを操作した途端にこれをひどくお気に召し、翌日には近くの玩具店に届けさせ、自宅の大型家具調テレビジョンに接続させてしまった。―K君宅はすこぶる裕福だったのだ。そしてそれ以来、私とK君の間の遊戯と言えば専らテレビゲームと相なったのである。 お互いに遊び飽きたソフトを交換したり―その数は圧倒的にK君が多かったが。時には二人同時プレイ物で仮想決闘に興じたりと、なんともゲーム漬けな日々を送っていた。そして、そんなN天堂社の思惑通りの日常を幾年月か送っていると、ついに来たのである。Fミリーコンピュータ史上空前の爆発的ヒットを飛ばすことになる、あの『スーパーMリオブラザーズ』の発売日が、来たのである。 専門誌などで常に情報を収集していたK君は、その面白さを事前に察知して既に予約を済ませてあった。一方、瓶に詰められたマリモの如くに無知な私は、発売前のゲームの面白さなど知る由もなく、相も変わらず使い古したスーパーなしのMリオブラザーズなどで喜んでいた。 いよいよ発売日を迎え、K君は勿論スーパーMリオブラザーズを手に入れただろう。普段ならどちらかが新商品を購入した場合、すぐにもう一人を呼び寄せて一緒に楽しむのが私とK君の間の暗黙裏の約束となっていた。しかし今回はK君からの連絡がない。私はなんとなく不審に思いつつ一日を過ごし、ついに夕刻、連絡なしのままK君宅まで赴いた。 ああ、今にして思えばこれがそもそも間違いだったのだ。K君は私の突然の訪問に少しだけ表情を曇らせた。K君のこの表情に気付くべきだったのだ。だが、当時の塩野崎藤十郎は、この訪問がタブーだったことに気づかなかった。いつものように堂々と上り込み、「なんだ、やっぱり買ったんじゃん、スーパーMリオ。一緒にやろうよ」などとほざいたのである。 K君が私を呼ばなかった理由は明白である。スーパーMリオのあまりの面白さに、私と一緒に楽しむ余裕などなかったのである。これは当然の反応だ。誰でもがそうなるだろう。私はそれを汲み取って、三四日、ないしは一週間の期間をおいて訪問するべきだったのだ。しかし実際は先記したような醜態である。 優しいK君は私にコントローラを渡してくれた。そして、私は雷に打たれた。 な、なんだ、この面白さは・・・こ、こんな愉快が世の中に存在するのか!? 画期的な横スクロール、イヤらしく配置された1UPキノコ、世界旋風まで巻き起こした『Bダッシュ』、それから何と言っても、あの緑色の土管を入口とするコイン取り放題の『隠し部屋』である。あれにはどれほどの小学生ゲーマーたちが歓喜の雄たけびをあげたことか。 気が付くと私はK君そっちのけでスーパーMリオにのめり込んでいた。これだけでも罪だ。十分すぎるくらいの罪だ。しかし、いくら遊んでも遊び足りない。私は自分が犯している罪にも気付かずにいた。 そして、門限の一九時を迎える頃、私は生涯で最も愚かで最も罪深く、そして最も人の心を踏みにじった台詞を吐くのである。 「ねえK君、これ、隠し部屋とかまだまだありそうだからさ、今日俺持ち帰って色々調べておくよ。そして明日また持ってくるから」 ・・・なんだこの理不尽さは。ああ、今思い出しただけでも吐き気すら覚える。 なにが、『色々調べる』だ!なにが、『明日また持ってくる』だ!まったくもって意味が分からん。 ・・・しかし私は持ち帰ったのである。 私は自分だけが楽しみたいがために、自分が購入したわけでもないゲームカセットを、あろうことか発売日当日に、四歳年下のK君―ええい、もどかしい!もう実名だ!圭介君!そうだ!村木圭介君から発売日当日にあの任天堂の傑作、スーパーマリオブラザーズを奪い取り、自宅に持ち帰って自分のファミリーコンピュータで一晩中、スーパーマリオの醍醐味のひとつである、隠し部屋探しに興じていたのである。 愚の骨頂!アル・カポネにも勝る罪人だ! 圭介君はこの私の暴挙に憤っただろう、嘆いただろう、落ち込んだだろう。私をやっつけたいと思っただろう。しかし私は自分が犯した大罪に微塵も気付かず、澄ました顔で、翌日圭介君にスーパーマリオを返却したのである。 愚かな小学五年生版塩野崎藤十郎。 そして何年か後、私はこのことをふと思い出し、取り返しのつかないことをしてしまったと、燃えるような後悔の念に取り憑かれたのである。 圭介君とは、私が中学校入学と同時に自然と疎遠になり、それからは一緒に遊ぶこともなくなってしまった。そして、大人になった圭介君は、東京でレントゲン技師として立派に働いていると伺っている。 いつか会って謝りたい。心から謝罪したい。到底許されないこととは分かっている。分かってはいるが、是非とも一度謝らなければ。 私は一生罪を背負って生きてゆくのだ。 ああ圭介君、ごめんなさい。 |
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僕の名は塩野崎藤十郎。シオノザキトウジュウロウと発音する。 |
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僕の名前は塩野崎藤十郎。シオノザキトウジュウロウと発音する。本名か否かはご想像にお任せすることにする。現在十七歳、恋多く多感な高等学校二学年生である。 |
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