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お早うございます。
何度か、書いていますが
友達のお父さんは、洞爺丸台風で
65年前の9月26?日27日?に。。。
彼女は、お母さんのお腹の中でした。
どんなに、哀しく、切なかったでしょう。最愛の妻と子ども達を、残して。
東大を出て、北海道大の助教授をしていらした若くて有望な人でした。
残ったのは、お話によりますと
時計だけだったとか。。。
何で、何で、災害とは、惨いことを。
彼女は、海外青年協力隊員として、活躍しました。
お子さん達も、とても、優秀な方たちばかり。幸せになってほしいと、いつも、願っています。
友達三人で、よく、旅行に出かけました。三人さんよう?彼女は、わが道を行くタイプ。もう一人は、時間の観念を、把握するのに、多少、束縛を受けることが、苦手で、何でも、考えてしまうので、決められないタイプ。真ん中の私は、のんきで、
高校を出て、主人に、つかまってしまって、一生、世話をするよ?一生、面倒みるから?もう、ずっと、ワガママを言いながら、恋愛などせずに、彼に、頼って生きてきてしまいました。
夜行寝台特急列車が、上野から出ますので、荷物を彼に持たせて。
それまで、食事して、映画をみたりして
あわてて、飛び乗って。
彼もうるさかったですが、父が、日程表を書いて、渡さないと、出してくれません。それに、夜には、宿泊先に、電話をかけてきますし。修学旅行の時も、新婚旅行にも、宿泊先に電話をかけてきて、過保護もいいところでした。私を、家に置いておきたかったのです。長男の彼を、養子にすると、彼の父親と大喧嘩!お昼にも、父に電話。彼女には、申し訳ないなあと
いつも、思っていました。
父も、特攻隊員でしたから、後、もう少し、長く戦争をしていましたら。
命の尊うさを。。。
ですから、厳しくて。
駅のホームで、心配そうに、立っている彼を見つけると、はーいと、荷物を渡して。彼は、顔をクチャクチャにしながら、嬉しそうに。私は、幸せでした。
方向音痴の私が、何処に行ってしまうのではと、眠れないみたいです。
この夏休みの時期は、想い出がいっぱいです。
おーしんつくつくが、なきはじめました。
もうすぐ、母の命日。
私を、生んで、約二十年寝たきりになりました。案外、優秀な?外科医だったのです。ちょっと、変わっていましたが。母は、おとこまさり。
私が、鎌で指を切ると、心臓よりてをあげて、何か、ヒモか、輪ゴムで、指をしめて、帰ってきなさいと。
白い骨が、見えていても、あら?たいしたことないわねと。
足とか、腕とか、つないでいたのよと。ぞーーー。
子供は、科は、違いますが。
母と違って、優しいです。
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