「プエブロ号事件」の教訓は何処へ大きな活字でご覧になるにはこちらをクリックしてください。 ゲーツ新国防長官、94年に「北の核施設破壊」論 -上院軍事委で「考え変えた」-
【ワシントン=有元隆志】次期国防長官に指名されたロバート・ゲーツ元中央情報局(CIA)長官に対する5日の上院軍事委員会での質疑で、ゲーツ氏が北朝鮮の核施設の破壊を主張していたことが取り上げられ、同氏が「考えを変えた」と、外交による問題解決を強調する場面があった。 レビン上院議員(民主党)は、ゲーツ氏が北朝鮮の核開発危機が起きた1994年に書いた論文を取り上げた。同議員によると、前年にCIA長官を退任したゲーツ氏は、段階的な制裁や自発的な武器禁輸は効果がないと指摘。「唯一の選択肢は、核兵器の保有が増えるのを止めることだ」と、北朝鮮国内の使用済み核燃料の再処理工場の破壊を求めた。 同議員が「北朝鮮の核施設を攻撃すべきか」とただすと、ゲーツ氏は「北朝鮮への対処に関する考えを変えた。現時点で、最善策は外交であることは明白だ」と述べた。そのうえで、ここ数週間の「中国や日本の対応に感銘を受けた」と述べ、特に10月の北朝鮮の核実験に対し、中国が国連の対北朝鮮制裁決議に賛成するなど「強い対応」をとったことを前向きな動きとして挙げた。(Sankei web 12/7) 北朝鮮「瀬戸際外交」のはじまりこの事件に味を占めたのか、その後も北朝鮮によるアメリカに対する軍事的な挑発は、あとを絶たなかった。「EC-121偵察機が日本海で撃墜され、乗務員31人全員が死亡(1969年4月15日)」、「OH-23ヘリコプターがDMZ南方で撃墜され、乗務員生還(1969年8月17日)」、「OH-58ヘリコプターおよびAGIGヘリコプターが臨津江付近で被襲されたが、乗務員無事(1974年5月9日)」、「SR-71偵察機が日本海公海上で北朝鮮ミサイルにより被襲、乗務員は無事(1981年8月26日)」等々である。これらの事件のどれをとっても北朝鮮がアメリカに謝罪したためしがない。唯一北朝鮮が謝罪したのは、1976年8月18日に起きた『ポプラ事件』だけである。しかもこのときは、金日成が謝罪とも弁解とも受け取られる発言をしたというだけである。こうした歴史を振り返るまでもなく、いかに北朝鮮は「プエブロ号事件」で味を占め、アメリカに対して横暴にふるまってきたか。それに対しアメリカは、北朝鮮に有効な手段を打つことができず、常に狼狽するだけで、どれだけ北朝鮮の暴挙を許してきたことか。他にもあるこうした北朝鮮の傍若無人なやり方に、これからも懲りずにアメリカは軟弱な対応で付き合っていくつもりなのだろうか。また北朝鮮の主張に譲歩し続けていくつもりなのであろうか。 歴史は繰り返すのかゲーツ新長官のこのあきれた先祖返り発言。これは北朝鮮を取り巻く国々に直接影響を及ぼす重大発言である。この発言を聞いて、わが意を得たりとほくそえんでいる国は北朝鮮と中国だけである。アメリカに骨のある政治家はいないのか。またしても過去の繰り返し。「北朝鮮問題」はなかなか解決の兆しが見えてこないばかりか、今また、かつてのような混迷の道に逆戻りしようとしている。 |
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