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北朝鮮へ韓国側から脱走した米兵といえば、チャールズ・R・ジェンキンス氏が有名である。いうまでもなく日本人拉致被害者、曽我ひとみさんの夫である。紆余曲折の後、ジェンキンス氏は今佐渡で、ひとみさん、娘さん二人と一緒に暮らしている。しかし、米兵の北朝鮮への脱走兵はこの二人だけではない。マスコミなどを通じて知るところによれば、全部で4人の米兵が北朝鮮に脱走したとされている。 最初に脱走したのは1962年5月、ラリー・A・アンプシャー上等兵(当時19歳)である。彼は上等兵であるといっていたが、実は軍規違反から二等兵に降格させられていた。拉致されていたと取りざたされているタイ人のアノチャさんと結婚していたが、1983年、心臓麻痺により死亡している。子供はいない。 2番目に脱走したのが同年8月、このインタビュー記事に登場しているジェームズ・J・ドレスノク二等兵(当時21歳)だ。彼は北朝鮮のプロパガンダ映画『名もなき英雄たち』でMr.アーサーという役名で出演していたため、北朝鮮ではMr.アーサーとよばれているらしい。ジェンキンスさんの証言によれば、彼は体制側に付いてよく仲間を殴ったという。彼は身長が2メートル近くあり、体重は約120キロ。その巨漢を遺憾なく発揮し、仲間を殴打することを楽しんでいたという。妻は1972年イタリアから拉致されてきたルーマニア人のドイナさん。彼女は1997年ガンのため他界。二人の間には2人の子供がいる。その後トーゴ系の女性と再婚している。 3番目に脱走したのが1963年12月、ジェリー・W・パリッシュ伍長(当時19歳)である。1978年レバノンから拉致されてきたシーハムさんと結婚している。1978年8月死亡(詳細不明)。子供は3人いる。 最後に脱走したのが1965年1月、チャールズ・R・ジェンキンス軍曹(当時24歳)。1980年日本から拉致されてきた曽我ひとみさんと結婚。2004年米国との司法取引により軽い禁固刑を経て釈放。2人の子供がいる。 彼らについて北朝鮮での生活ぶりは詳しくは分かっていないが、最初のうちは北朝鮮のプロパガンダに大いに利用され、反米映画にも出演させられていたようである。ジェンキンス氏の証言によれば、北朝鮮での生活は、当局が宣伝していたような何不自由のない満足のいく生活ではなく、決して楽なものではなかったという。ベッドもない部屋に4人が押し込まれ、電気もあまり使えない、水も家から200メートルも離れた川の水を利用するしかない、入浴もひと月に1回しか許されていないような悲惨な生活状況であったそうである。 1966年、4人が申し合わせて在北朝鮮ソ連大使館へ逃げ込み亡命を申請したが、却下された。それ以来北朝鮮当局によって4人は2組に分けられ(アンプシャー、パリッシュ組とドレスノク、ジェンキンス組)徹底的に監視される。互いに連絡を取りあうことさえ禁止された。 4名のうち2名はすでにこの世を去り、残った2名のうちジェンキンス氏は日本へ帰った。北朝鮮に残っているのはこのドレスノク氏だけである。ジェンキンス氏以外は、子供の頃の家庭環境が大変不幸だったそうである(3人が離婚家庭、または父親が失踪したり暴力を振り回したりしていた:NYタイムズ)。ジェンキンス氏は“脱走”という重罪を犯しながらも、日本の拉致被害者奪還運動により、日本人の多大な同情が寄せられ、本来なら許されるべくもない量刑を免れた。 だが、ドレスノク氏にはこうした温情を受ける背景がない。アメリカにとってはただの許しがたい脱走兵。しかも北朝鮮側に付いて仲間を虐待していた非情な男‥‥。ドレスノク氏は、インタビューにみられるように、死ぬまで北朝鮮に留まり、虚勢を張り続けていかねばならない‥‥。ある意味、気の毒な人間である。人間の運命とは本当に分からないものである。 |
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