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前回このブログで朝鮮最後の直系王族、李玖(イグ)氏の不遇な死を紹介した。韓国がこの李王家の末裔をとことん冷遇し無視したことを紹介することで、500年も続いた朝鮮王室文化をいとも簡単に葬り去ってしまった韓国人の歴史・文化・伝統に対する意識の低さ・軽さを論じた。 前回、韓国人は500年も続いてきた王室文化を、たかだか35年の“日帝支配”を理由にいとも簡単に葬ってしまったと書いた。しかしよく考えてみると、確かに韓国人にとっての王室は日本の皇室と違って、常に対峙する関係にあったのかもしれない。閔妃に象徴されるように民衆は王室の搾取や略奪の対象であったし、国政紊乱の象徴としてあった。李氏朝末期を思い起こせば、まさにこの王室のために国は疲弊し亡国に至った。今はその王室を美化して語ることが韓国では流行っているが、冷静に考えれば韓国人にとって王室ほど“百年の敵”に相当するものはない。立憲君主制であっても、王室復活を言うのはやはり韓国ではタブーであったのかもしれない。 わが国の皇室の歴史は神武天皇から数えると2668年、考古学的に証明できる大和朝廷の成立からか考えても優に1700年以上の歴史を持つ。その間、時の権力者たちに滅ぼされることもなく、南北朝の分裂や、戦国時代の動乱、江戸幕藩体制の圧迫を乗り越えて、明治維新に至り、いくつかの大戦を経て今日に至る。この神がかり的な歴史の長さは、やはり天皇と民衆との関係が韓国のように常に“搾取・被搾取”という相対関係にはなかったからであろう。インパーソナルな存在としての天皇。文化としての天皇は長い年月の中で日本人の心の中に培われてきた。 日本人は皇室に対し敬意をもって接する。畏敬の念といってもいい。それがたとえ他国の王室であっても同じだ。それが韓国(朝鮮)人にはない。“閔妃”を“明成皇后様”と呼べとか、“天皇”を“日王”と格下に呼ぶなど、日本に対する溜飲を下げる意味での形式的な概念は存在するが、そこに純粋な“魂”はない。皇室や王室に対する崇高な理念を彼らに見出そうとするのはそもそも無理な話なのだ。李王家が韓国人によっていとも簡単に葬り去られたのも、やはり韓国(朝鮮)の歴史の必然というものであったのだろう。 註●「金」偏に「禺」 |
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日本の皇室がなせ世界で最長の歴史を誇る王家となったかについては、ただただ、我が皇室が、国民とともに喜び、国民とともに悲しむ、存在であったと言うことに尽きると思います。仁徳天皇の故事、足利義政をいさめた後花園天皇、そして、神戸の大震災の時に国民と悲しみを共にされた今上陛下、私は日本国民に生れたことをまことに光栄だと思いますね。
2007/2/16(金) 午後 10:20 [ 太郎ともも ]
太郎ともも様、まったく同感です。日本の歴史・文化・伝統の象徴である天皇を戴く我々は本当に幸せだと思います。
2007/2/16(金) 午後 10:42