ナゾの反転:栗田健男中将 (三)
サンベルナルジノ海峡を抜け、朝もやが立ち込める海面を進んでいると、まず重巡「熊野」が百十度方向に敵機を発見した。旗旒信号で「大和」に知らせた。次いで重巡「鳥海」も二百二十度方向、距離二十四キロに、レーダー目標を探知した、と伝えてきた。
つづいて午前6時44分、「大和」の左六十度、三十七キロの水平線に数本のマストが見えた。駆逐艦らしい、と思ううちに、飛行甲板に発着する飛行機の姿も双眼鏡に飛び込んだ。
「小沢部隊じゃないですか」と参謀の一人がつぶやいたが、「大和」はサマール島東岸にいる。小沢部隊ははるか北方にいるはずである。敵艦隊、それも明らかに敵機動部隊ではないか‥‥しかも、何と主砲の射程内にいる。
「天佑だ」 ― と、大谷作戦参謀は涙ぐんだ。シブヤン海で空襲を受け、敵機動部隊の待ち伏せは不可避と考えていた。おそらく、敵機との戦いに終始し、とても敵艦隊相手に練り上げた砲雷戦の腕をふるうチャンスは与えられないものと予感していただけに、眼前に敵機動部隊を見るとは、まさに栗田艦隊、いや帝国海軍に花を咲かせようとの神助であろう。
「長官ッ」
「おう」
感涙にかすれる参謀の呼び声に、栗田中将もがっしりとうなずいた。まだ、夜間飛行隊形から輪形陣に変わる途中で、隊形は不整であるが、勝負は転瞬の間にある。直ちに全力即時待機、「列一三〇」(百三十度方向一斉転換)、展開方向百十度と、矢継ぎ早に命令が下され、午前6時58分、まず「大和」の前部46センチ主砲が、重さ1.46トンの巨弾を轟音とともに敵空母めがけて発射した。
レイテ沖海戦 ― の開幕であるが、それにしてもその幕開けは、大谷参謀が驚いたように、米国側にとっても予想外の事態であった。
当時、レイテ周辺に配置されていた米艦隊の勢力は強大であった。
第三艦隊司令長官W・ハルゼー大将が指揮する第三十八機動部隊は、大型空母8、軽空母8、戦艦6、重巡4、軽巡11、駆逐艦58、計95隻を揃え、さらにマッカーサー軍には、T・キンケイド中将が指揮する戦艦6、重巡4、軽巡4、特設空母16、駆逐艦42、計72隻の第七艦隊が付属していた。このうち、第三十八機動部隊の一部、第三十八・一機動隊25隻はウルシー基地に向かっていたが、いずれにせよ、総計142隻の大艦隊が、栗田艦隊を待っていたのである。
しかも、南方からレイテ湾に進んだ西村部隊は前夜、スリガオ海峡入り口でキンケイド艦隊に迎撃され、ほぼ全滅し(重巡「最上」と駆逐艦一隻がかろうじて離脱)、つづく志摩艦隊も打撃を受けて反転していた。
栗田艦隊の接近はすでに探知されている以上、米国側としては余裕をもって栗田艦隊の到着を待てばよい。現に、ハルゼー大将は、第三十八機動部隊の中から栗田艦隊の迎撃用に戦艦を中心とする第三十四機動部隊の編成準備を命じていた。
ところが、ハルゼー大将は、24日、小沢部隊を発見すると、第三十八機動部隊の全力をあげて攻撃に向かった。レイテ湾の防備はもともとキンケイド中将の責任でもある。
「飛行機を持たぬ艦隊など、わしが出かけるまでもない。目標はジャップの機動部隊だ。決戦だ」
と、ハルゼー大将は鼻息荒く叫んだものである。
(四)につづく。
参 考
『 指揮官 』 ( 児島譲著:文芸春秋 1971年 )
shiraty5027
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扶桑・山城と共に沈んだ西村提督ですが、開戦直後に飛行士官だった御子息を比島航空戦で亡くしているのですよね。
やはり息子の戦死した戦場から逃げる提督の父親はいませんね。
それにたとえ戦死したとしても靖国で息子さんに会えるのですから、それこそ軍人の誉れと突入したと思います。
2008/10/30(木) 午後 3:09 [ ミリばん ]
ミリばん様
西村提督は立派な方でしたね‥‥。軍人の鑑です。
そこへいくと栗田中将は‥‥。
泣きながら連載を続けます。
2008/10/30(木) 午後 3:22
傑作です^^
不利な状況に突っ込んで行ったんですね
2008/10/30(木) 午後 6:23
ナオミさん
それにしても、ハルゼーは
単純明快な男ですね。
だから、もうちょっと相手のことをい知っていたら
どう展開していったか分かりません。
傑作ありがとうございます。
あと7回、がんばるぞ〜!
2008/10/30(木) 午後 7:04