【NHK】民主党政権へのあてこすり?
一昨日、NHKの再放送『日本人はなぜ戦争へと向かったのか 第1回 “外交敗戦”孤立への道』というのを見た。満州事変以後、日本が国際連盟脱退を余儀なくされ、日独防共協定という不本意な協定を結ぶまでに至った歴史を、新たな証言や資料をもとに構成した面白い番組であった。
あくまで国際連盟に留まろうとしていた日本が、なぜ「脱退」を選択せざるを得なかったのか。国際的孤立を避けようとしていた日本外交が、逆に孤立を深めていった背景には何があったのか。そこには、希望的判断や、迷走による急場しのぎ、戦略の欠如があった。
番組の最後に、進行役の松平定知アナがこう締めくくっていた。
なぜ日本は孤立化への道を歩んだのか。
それは、その時代の選択の一つ一つがきちんとした長期的な計画の下に行われていなかった。むしろ見えてきたのは、はっきりした国家戦略を持たず、甘い想定のもとに次から次へと起こる事態の対応に汲々とする姿であった。いったい誰が情報を取りまとめ、いったい誰が方針を決めるのか。そして一旦決まった事がなぜ覆るのか。そういったことが何も見えない日本は、やがて世界の信用を失っていくことになるのです。
方針も情報も一本化できず、内向きの都合のいい現実だけを見つづけた果てに、日本は太平洋戦争を迎えます。外交敗戦ともいうべき国家の誤算は、大戦に至るその日まで繰り返されたのです。
まあ、なんと今の民主党政権に共通していることか!
きっとこの番組は、評判の悪いNHKが民意を意識し、現政権をあてこすったものに違いない w
shiraty5027
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おはようございます。
オラも、そう思います♪
傑作です☆
転載させてくださいませ。
2011/2/28(月) 午前 6:49 [ - ]
琴鈴さま
おはようございます。
ですよね〜w
傑作および転載ありがとうございました。
2011/2/28(月) 午前 6:57
これ、見てないんですが…
戦前も戦後も「官僚の誤謬」というのは、
同じだったというのは実感しますね。
これは日本に限らず、歴史的にも世界的にも、
「官僚機構が持つ構造的に現れる弊害」
だと思います。
ソ連や中国にも同じようなことが見られますしね。
それを防ぐのが、政治指導なんですがね。
2011/2/28(月) 午後 0:32 [ oyunam ]
oyunamさま
そうですね。今も昔も変わらない。
記事にしようと思っているんですが
このシリーズの第2回目は
巨大な官僚組織「陸軍」の内部構造を
それこそ肥大化したどうしようもない官僚機構
として取り上げています。
さて、今から書こうかなw
2011/2/28(月) 午後 2:55
戦争の原因が分かりにくくなっているのは、負けたからで、日本の言い分は一切認められず、とにかく軍国主義が悪い、明治憲法が悪いと共産主義者が日本の共産化に利用したからです。中川八洋は、海軍が原因だと、なかんずく、手を出さなかったら、開戦に至らなかった真珠湾攻撃を、パラノイア的にやった、発狂したとしか思えない、山本五十六と共産主義者の近衛文麿のせいだと言っています。かなり正鵠を射ていると思います。傑作です。
2011/2/28(月) 午後 5:32 [ 出羽の守 ]
出羽の守さま
さすが、この手の歴史についてはお詳しいですね。
だからオラ、下手なことが書けないw
そうですか、山本五十六と近衛文麿‥‥。
近衛はなんとなく分かるんですが、山本がいまいちピンときません。自民党でいうなら、河野洋平みたいな奴だったんでしょうか。う〜ん、例えが適当ではないな。山本は反戦主義者だったのだから最後までそれを貫き通せばよかった、というこってすか?
とりあえず傑作ありがとうございました。
2011/2/28(月) 午後 5:48
真珠湾は浅いので、沈めてもすぐに引き上げて修理できることは事前に解っていました。いかに戦火をあげてもゼロに等しく、眠れる獅子を起こすだけでした。しかも海軍工廠は破壊容易だったのに、一発も撃っていません。ミッドウェーの敗北は3年後の降伏まで国民はおろか陸軍にも報告しませんでした。この敗北を政府全体が知っていたら早期講和が決断された可能性が高い。アメは42年から45年まで正式空母17隻、改造空母85隻を建造、1隻や2隻撃沈したとて、宣教に影響はない、いわんや空母の損害ゼロの攻撃などいかに無益で無意味であるか論をまたない。あまつさえ山本は、この時の生き残りを口封じのために下艦させず次々新しい戦場に送って戦死させた。しかし戦後日本は意図的にあるいはムード的に山本の行状を客観的に評価することを避けて今日に至っている。(大東亜戦争と開戦責任、近衛文麿と山本五十六)
2011/2/28(月) 午後 6:54 [ 出羽の守 ]
出羽の守さま
さすが、先生の博識ぶりには頭が下がります。陸軍に知らせなかったのは、やはり陸海軍の確執があったからでしょうか。それにしても山本五十六の実態を戦後暴く本がもっと出てよさそうなものですが、なぜでしょうね。番組では、永田鉄山が斬殺されなかったら、太平洋戦争が避けられたかも知れないと言ってましたが、それはどうでしょう。いろいろ興味があるお話ですね。ありがとうございました。
2011/2/28(月) 午後 9:08
日独防共協定
1937年5月には軍事顧問団は100名を超えるまで膨れ上がり、ナチス政権発足前の1928年の30名から大きく増加していた。ヒトラーの外交政策が変更され日独防共協定が締結されると、中国とドイツの関係は弱められていった。
ヒトラーは、ソ連のボリシェヴィキ主義に対抗するには日本の方が頼りになると考え、同盟国に日本を選んだ。
さらに中国が1937年8月21日に結んだ中ソ不可侵条約によりヒトラーの態度は硬化し、以後新たな対中輸出が認められることはなかった。
1937年12月に南京が陥落
1938年前半に、ドイツは満州国を正式に承認した。その年の4月中国への軍需物資の輸出が禁止された。さらに同5月、ドイツは顧問団を中国から引き上げた。
ドイツが親交国を中国から日本に切り替えたことは、ドイツの経済界を失望させた。中国との交易に比べれば、日本と満洲国から得られる経済効果ははるかに小さかったためである。
ナチス幹部達は、日本を中国で勃興する共産主義に対する最後の防波堤と位置づけていた。
2017/5/7(日) 午前 9:11 [ 歴史&環境&公徳心ツアー ]