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この記事を大きな活字で見るにはこちらをクリックしてください。 「戦争」と「平和」言葉の定義「戦争」の対義語は「平和」ではない。多くの人がこの言葉を対義語として用いているが、それは誤りである。正確には「戦争」の反対は「話し合い」である。ドイツの軍事思想家クラウゼウィッツがその名著『戦争論』で「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」と述べているように、外交「話し合い」という政治手段が行き詰まってとられるのが「戦争」という政治手段なのである。では、「平和」の対義語は何か。「混乱」である。秩序が保たれている状態を「平和」といい、無秩序な状態を「混乱」というのである。社会的な秩序が保たれているから平穏な生活を営むことができるのであって、その秩序が乱されることが「平和」に対する対義語になる。したがって、「戦争」VS「平和」という対立構図は本来成り立たない。当然「平和」を保つために「戦争」の議論があっていいのである。 久間防衛庁長官を即刻罷免しろ日本のミサイル防衛(MD)システム研究について、久間防衛庁長官が「米標的迎撃は無理だ」と発言した。これは安倍晋三首相が、日本のミサイル防衛(MD)システムで米国を標的としたミサイルを迎撃することが集団的自衛権の行使に当たるか「研究する」と発言したことについての反対意見である。塩崎恭久官房長官が首相に同調したことをめぐり、久間章生防衛庁長官は21日、「撃ち落とすことはできない。(塩崎氏が)どういうようなことを想定して話しているのか、よく理解できない」と批判したのである。国の防衛をつかさどる防衛庁、しかもその長官がこのような発言をして、はたして許されるのだろうか。防衛庁というのは、わが国に及ぶあらゆる軍事的事態を想定して、それを研究し、その対応策を講じる機関ではないのか。「平和」を維持するためにやむなく「戦争」という事態になったとき、その先陣を切って働かなければならない庁の、しかも長官がこんなばかげた発言を平然としているようではだめだ。北朝鮮が核実験を行なった際、これは「周辺有事」に当たるのかと問われ、「この時点ではまだ時期尚早だ」とばかげた発言をしたのも久間長官である。これを「周辺有事」と言わずして何と言うのか。呆れてものが言えない。こんな男を防衛庁長官に据えておくことは、わが国にとって決して得策ではない。即刻罷免すべきだ。 憲法改正を急げ!そもそも、こうしたばかげた議論が横行する背景には、「憲法」がある。これは憲法に抵触するのではないか、集団的自衛権にあたるのではないか、といった腫れ物に触るがごとく議論が横行するのも、現行憲法を盲目的、教条的に信奉している輩が多いからだ。現行憲法は半世紀以上も前にアメリカによって押し付けられたもので、時代に相応していない。どこの国でも時代に応じて憲法は見直されているにもかかわらず、わが国だけはいまだにそれを金科玉条に奉り、その検証すら許されない雰囲気がある。憲法見直しもようやく緒に就いたばかりだが、楽観は許されない状態に今もある。その憲法が禁じている集団的自衛権もおかしな話である。味方がやられているのにそれを助けてはならない、などという制約は、常識的に誰がどう見たっておかしい。恋人や友人が、自分の見ている前で暴漢に襲われているのに、助けてはならない、傍観していろというのである。理由は自分もその被害(巻き添え)にあうから‥‥だと。 こんな愚かな制約など一刻も早く撤廃し、真に世界から尊敬される憲法、真に国際平和をめざす憲法に作り変えるべきだ。それが無用な議論を呼んだり、亡国の危機にわが国を追いやらないですむ唯一の方策である。 |
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2006年11月22日
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