北朝鮮問題

硬軟、落差の激しい不思議なブログ

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

DMZ南北の絵葉書

DMZ南北の絵葉書

左側は韓国、右側は北朝鮮で発売されている
イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

     板門店の売店で購入した「文鎮」
イメージ 14

 この絵葉書は両方とも10葉1セットです。写真では分かりづらいかもしれませんが、韓国のほうがケースといい印刷といい、しっかりとしています。併せてこちらの記事「思い出の『板門店』訪問記」もよろしかったらご一読ください。


           ホームページ http://www.geocities.jp/shiraty5027/index.html/


 

お笑い「板門店」思い出の訪問記

イメージ 1 私はこれまでに3回“板門店”を韓国側から訪れたことがある。本当は4回になるはずだったのだが、1回は1996年9月に起きた「北朝鮮潜水艦座礁事件」がその訪問を遮った。韓国江陵市沖で座礁した北朝鮮の潜水艦乗組員が上陸して、韓国軍との銃撃戦により26名が射殺されたというあの事件である。韓国へ着いて、いよいよ明日“板門店”というときに、あの事件で射殺された北朝鮮兵士の遺体を、板門店経由で送還するというのである。事件が起きたのは9月であり、私の訪問は12月であった。まさかよりによってその日に遺体の送還があるなどと誰が予想できただろうか。確かに旅行社のパンフレットには「国連軍の都合により突然中止になる場合もある」と明記されている。文句は言えない。韓国へ来た目的が“板門店訪問”だけにあっただけに、その突然の中止は非常にショックであった。

 それはともかくとして、3回の“板門店訪問”はいずれも忘れることが出来ない貴重な経験であった。まず、当日の朝は指定の集合場所に集合し、板門店ツアーを希望している他の人たちと合流する。板門店ツアーは個人で参加する場合と、他のツアーから分かれてオプションで参加する人たちがいる。韓国人の参加は特別の許可がない限りダメで、もっぱら外国人だけ。ガイドさんは日本語が出来る韓国の女性であった。

 いよいよ出発。目的地である“板門店”に向けてバスは統一路という道をひた走る。途中“フィリピン参戦記念碑”のあるところで一旦休憩。ソウルを出発して第一関門である“自由の橋”へ行くまでは車中のあちこちで笑い声やおしゃべりが聞こえたが、いよいよ非武装地帯(DMZ)の入り口である“自由の橋”の検問所に到着し、国連軍の兵士がバスに乗り込んできて一人一人のパスポートをチェックするあたりから、車内は緊張感がみなぎりはじめた。普段我々が目にすることのない拳銃を吊り下げた兵士が、目の前で眉間にしわを寄せ、一人一人のパスポートをチェックする。緊張感が走らないわけがない。目的地の“板門店”に行き着くまでに、確か3回ほど国連兵がバスに乗り込んで来てパスポートの提示を求めてきたが、そのうちの一回、バスの入り口付近で国連兵が姿勢を正し我々に向かって敬礼をしようとしたとき、誤って傍に設置されていたテレビに頭をゴチンとぶつけた。状況が状況であったなら、車内は大爆笑になっていたところだが、もはやツアー客にそんな余裕はない。顔をこわばらせたまま、じっとその様子を見つめて入る。

 “キャンプ・ボニファス”という国連軍最前線基地に到着した。ここで非武装地帯(DMZ)に入るためのブリーフィングを受けるのである。基地の一角にある教室のような場所に移動し、簡単な朝鮮戦争の経緯や非武装地帯の説明を受けた。その後、国連軍側が用意した誓約書に署名しなければならないのであるが、その誓約書というのがすごい。「この非武装地帯(DMZ)内で(自分の身に)何があっても、国連軍および韓国政府、日本政府には一切責任はありません」というのに署名しなければならないのだ。「何があっても」というのは平たく言えば「死ぬようなことがあっても」ということだ。それにしてもなぜ日本政府なのか。国連軍と韓国政府というのは分かるが、日本政府に対し誓約しなければならないのはおかしい。ふだん犬猿の仲の日韓政府が、こんなときだけ結託しやがって‥‥、という複雑な思いを抱きながらエンピツで署名した(鉛筆での署名というのもおかしな話だが)。

イメージ 2 その後、基地内の食堂に移動しビュッフェ形式の昼食をとったが、これが実に美味かった。ローストチキンにマッシュポテト、サラダにキムチといろいろあったが、とりわけローストチキンが美味かった。大袈裟かもしれないが、今までの人生の中でこれほど美味いと思って食べた食事はない。たぶん心のどこかで「これが最後の食事になるかもしれない」という意識がはたらいていたのかもしれない。

 食事が終わって少し休憩したところで、いよいよ非武装地帯へ出発。国連軍の用意した別のバスに乗り換えての出発である。バスを先導するのは、国連旗を翻した米軍軍用車“ハマー(HUMVEE)”。これがまた何ともカッコイイ。バスに乗車して待っていると、同乗する国連軍の兵士が外で、携帯する自分の拳銃の試射を行なっている。試射用の筒のようなものに向けてバーン、バーン、バーンと試し撃ちをしているのである。本物の拳銃を発射するのを間近で見るのは初めてだ。いやがうえにも緊張する。その兵士に感心したことは、バスに同乗してからというもの一切腰の拳銃に手を触れなかったことだ。バスの先端に立ったこの兵士は、頭に手をやったり腕組みはしたりするものの、意識的にか腰の拳銃には一切手を近づけない。ツアー客が一般人であることを意識し、過剰に恐怖心を与えない配慮が何とも憎らしかった。

 バスが休戦会議場に近づいたときガイドさんが、突然

「あれ、今日はどうして北朝鮮の兵士があんな所にいるのでしょう。いつもはいないのに‥‥。何かあるのでしょうか‥‥」

 と言う。車外を見ると、確かに2名の北朝鮮兵が談笑しながらこちらの方を見ている。もちろん境界線の向こう側ではあったが、初めて銃を肩にかけた北朝鮮の兵士を間近で見る我々にとって、そのガイドさんの言葉は恐怖以外のなにものでもなかった。3回板門店を訪れて分かったことだが、そんな光景はよくあることで、ガイドの悪ふざけであったことが後で分かった。チクショー、あのガイド、馬鹿にしやがって!

イメージ 3 休戦会議場に入った。この会議場の中だけは、限られた時間内に限って境界線を越えて北側に入れる唯一の空間なのである。真ん中にテーブルが置かれ、マイクとコードで境界線が仕切られている。北側に面した出入り口には国連兵が不動の姿勢で立ち、見学者が北側へ出るのを防いでいる。ガイドさんが

「では皆さん、3分間だけ境界線を越えて北側に行ってもいいですよ。ただしこの部屋の中だけ」

という合図で、我われ参加者は境界線を越えて北側に入る。窓の外からは北朝鮮の兵士が部屋の中の様子を覗いている。窓ガラスに顔をくっつけるようにして中を覗き込んでいる者もいれば、腰にさげた軍用拳銃に手をかけてニヤニヤ不敵な笑みを浮かべながら覗いている者もいる。戦慄を覚える。

イメージ 4 部屋の中に目をやると、テーブルの上に飾られているはずの国連旗がない。確か何かの写真で見た記憶があるが、どうしてないのだろうかと考えていると、ふと思い出した。以前はテーブルの南側に国連旗が飾ってあったのだが、北朝鮮の兵士がその旗で自分のクツを拭くので国連軍側が撤去したのだ。今は額縁に入れて北朝鮮兵士に触れさせないようにしてある。すると、またもやガイドの甲高い声

「皆さん!3分経ちました、急いでこちら側に戻って来てください!!じゃないと‥‥」

と。その声にツアー客は驚き、われがちに南側の空間へ戻ろうとする。前を行く人間の腕をつかみ、周りの人間を蹴散らし、なりふりかまわず必死にわれ先にと‥‥。後で分かったことだが、これもガイドの悪ふざけで、見学者の慌てる様子を見て楽しんでいるらしい。ウルトラマンじゃあるまいし、厳密に3分だけ北側に入ることが許されているなんて、冷静に考えてみればどう考えたっておかしい。チクショー、あのガイドの野郎、人の心をもてあそびあがって!

イメージ 5 休戦会議場の見学を終えた我われは、再びバスに乗って車窓見学である。“帰らざる橋”“ポプラ事件記念碑”などをガイドのヘタクソな日本語の説明を聞きながら観てまわる。軍事境界線(DMZ)内にある第5哨舎(CP5)で一旦バスを降り、北側を展望するのであるが、これがまたすごい。北朝鮮の“宣伝村”が一望できるのである。“宣伝村”というのは文字どおり北朝鮮が南側に向けて「われわれはこんな立派な家で豊かな暮らしをしていますよ」と宣伝用に作られた村なのだが、どうみても人が住んでいるようには見えない。関係者の話によると、ひと月以上も同じ布団が同じ状態で干してあるという。韓国と競って建てられたという、世界一高くて大きな北朝鮮国旗がへんぽんと翻っている。

 景色に見飽きたので、バスに戻って窓を開け外を眺めていると、突然国連兵が走り寄って来て私に何か大声で話しかけてくる。身振り手振りがやたら大げさであるとは思ったが、日本語でないのでさっぱり分からない。するとくだんのガイドがやって来て

「あなた、はやく窓を閉めなさい!」

とわめいている。

「なんで?俺はただ窓を開けてあっち(北側)を見ているだけだ」

と北側を指さしながら説明したのがさらにまずかった。バスの窓を開けるのは、ここでは禁止されているというのだ。つまりどういうわけか、北朝鮮側を挑発しているということになるらしい。まして指を指すことなどもってのほか。バスの中から銃を構えて北を狙っているように誤解される恐れがあるというのだ。それを口実に北側から銃撃を受けるかもしれないという。そういえばブリーフィングのとき、たくさんの禁止事項を言われたっけ。Gパン、Tシャツ、運動服、半ズボン、サンダル、ミリタリースタイル、ミニスカート、露出の多い女性服、男性の長髪、整髪されていないヘアスタイル等々は禁止。つまり北側にプロパガンダとして利用されたり、もしものとき迅速な行動がとれないというのが理由だ。今生の思い出として、好きな酒を浴びるほど飲んだ昨夜が恨めしい。そのやりとりを見ていたバスの同乗者から、一斉に罵声を浴びせられたことは言うまでもない。

 かくして一行は再び“キャンプ・ボニファス”まで戻り、休憩した後ソウルに戻ったのであった。

 東西冷戦時代が終わり、その対立図式が形骸化しているとはいえ、世界でただこの“板門店”だけがその痕跡をいまだに残している。軍事対立を直接肌で感じ、その現実を実感するには“板門店見学”が何よりである。機会があれば、またぜひこのツアーに参加してみたい。ツアーの所要時間は約7時間。費用は昼食代込みで約8,000円。ぜひお勧めします。

shiraty5027

全1ページ

[1]


.
shiraty5027
shiraty5027
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

検索 検索

標準グループ

過去の記事一覧

友だち(12)
  • 疾風 !!
  • 中学校の同窓生さんお元気ですか?
  • みるく
  • aud*e*hyu
  • karin _jam
  • MASATO
友だち一覧
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事