「昭和維新の歌」その解釈と鑑賞
この歌の作詞・作曲は五・一五事件の首謀者の一人、三上卓海軍中尉(明治38年〜昭和46年)で、昭和5年5月、24歳の時佐世保でこの歌を発表した。以来、昭和7年の五・一五事件、昭和11年の二・二六事件に連座した青年将校などに歌い継がれた。しかし二・二六事件以後、この歌は「反乱をあおる危険な歌」とされ、以後、歌唱が厳重に禁止されたのである。歌自体の完成度の高さもあって、当時から現代まで愛唱されている名軍歌・革命歌の一つでもある。
この詩は「七五調」で表されており、「五七調」とは対照的に優しく優雅な感じになる特徴をもっている。主に古今和歌集にみられるが、明治時代の文明開化以降に作られた唱歌や寮歌、軍歌を中心にみられ、現在でも校歌に「七五調」を採用する学校は多い。
この歌は一番から十番まであるが、五番、七番、八番、十番は唄われないことが多い。しかし今回、「『昭和維新の歌』その解釈と鑑賞」と大言壮語し、無知蒙昧、非力を承知のうえ、十回にわたりその解釈と鑑賞に挑戦したいと思う。もし、解釈・鑑賞上間違いがあれば、是非ご教示、ご指摘願いたいと思う。
昭和維新の歌(一番)
泪羅(べきら)の淵(ふち)に波騒(なみさわ)ぎ 巫山(ふざん)の雲(くも)は乱(みだ)れ飛(と)ぶ
混濁(こんだく)の世(よ)に我(われ)立(た)てば 義憤(ぎふん)に燃(も)えて血潮(ちしお)湧(わ)く
文 法
泪羅(名) の(助詞) 淵(名) に(助詞) 波(名) 騒ぎ(動・ガ四・用)
巫山(名) の(助詞) 雲(名) は(助詞) 乱れ飛ぶ(複動・バ四・終)
混濁(名) の(助詞) 世(名) に(助詞) 我(名) 立て(動・タ四・已) ば(接助詞・順接確定条件)
義憤(名) に(助詞) 燃え(動・ヤ下二・用) て(助詞) 血潮(名) 湧く(動・カ四・終)
※ 活用形は文語文法による。尚、主要な助詞には「種類」を付した。
語 句
泪羅の淵
紀元前3〜4世紀頃、中国は戦国時代にあった。当時揚子江流域一体を領土としていた楚に、屈原という人物がいた。詩人であり政治家でもあった屈原は、王への進言をことごとく側近に邪魔され、遂には失脚させられて追放される。しかし屈原は他の国に仕えることをせず、祖国の滅亡の危機を憂いながら洞庭湖畔汨羅の川に身を投げた。楚はやがて秦に滅ぼされ、以来屈原は「不運の愛国者」の代名詞となった。
愛国者屈原が入水した川の波が騒いでいるというとは、時代を憂うる屈原が世の中に対する警鐘を発しているとも解釈できるが、やはり時代を嘆き、屈原と同じように自殺者が急増していると解釈すべきであろう。
巫山の雲
中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。
巫山の雲は普段悠然と穏やかであるが、その雲が乱れているということから、天が世の中に警鐘を鳴らしているとも解釈できるが、やはりここは男女の乱れ、公序良俗が乱れていると解釈したい。
混濁の世
世の中が乱れること。
義憤
道義に外れたこと、不公正なことに対するいきどおり。
解 釈
屈原が国を憂いて入水した泪羅の川のように、今は多くの人が時代を嘆き自殺している。公序良俗は乱
れに乱れ、世の中は混沌としている。そんな乱れ濁った世の中に直面している私は、国を憂える気持ちか
ら怒りがこみ上げてきて、この世の中の乱れを何とか正さなければならないという情熱が、心の底から湧
き上がってくるのである。
鑑 賞
三上卓が世の中を憂えた時代と今日とは、時代背景は違えども多くの点において共通するのではないだろうか。政治家は国家国民を顧みず党利党略に奔走し、官僚は私利私欲のために跋扈する。若い財界人は「金を儲けることが何が悪い」と開き直り、茶髪に染めた若者は「そんなの関係ねえ」と嘯く。石油の高騰から物価は軒並み上がり、政府は国民生活の疲弊をよそに消費税値上げを目論んでいる‥‥。年金問題、医療問題、防衛問題、拉致問題等々、我が国に課せられた問題は山積しているのに、その改善や打開策は遅々として進まない。これから先我々国民はどうなってしまうのであろうか‥‥。暗澹たる世の中、まさに「昭和維新の歌」はそれを表している。 つづく
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