「昭和維新の歌」その解釈と鑑賞(十) [最終回]
昭和維新の歌(十番)
やめよ離騒(りそう)の一悲曲(いちひきょく) 悲歌(ひか)慷慨(こうがい)の日(ひ)は去(さ)りぬ
われらが剣(つるぎ)今(いま)こそは 廓清(かくせい)の血(ち)に躍(おど)るかな
文 法
やめよ(動・マ下二・命) 離騒(名) の(助詞) 一(名) 悲曲(名)
悲歌(名) 慷慨(名) の(助詞) 日(名) は(助詞) 去り(動・ラ四・用) ぬ(助動・完・終)
われら(名) が(格助) 剣(名) 今(名) こそ(係助詞・強意) は(係助詞)
廓清(名) の(助詞) 血(名) に(助詞) 躍る(動ラ四・体) かな(終助詞・詠嘆)
※ 活用形は文語文法による。尚、主要な助詞には「種類」を付した。
語 句
離騒
「離」は遭う・罹(かか)る、「騒」は憂いの意。したがって、憂えに遭(あ)う意。楚の屈原の作った辞賦(じふ:詩のようなもの)。生い立ちから始まり、讒言によって楚の朝廷から逐われ、失意の果て汨羅(べきら)に投水する決意をするまでの、無限の憂愁を述べた自伝的長編叙事詩。楚辞の代表作。
悲曲
悲しい音調の曲。悲しい曲。悲しい音楽。
悲歌慷慨
「史記」項羽本紀から》悲しい歌をうたい、いきどおり嘆くこと。
廓清
悪いものをすっかり取り除くこと。
解 釈
もう(屈原が味わったような)悲しい世の中は終わりにしよう。悲しい歌をうたい憤り嘆く日々は(今日
で)終わるのだ。我らの正義の剣は今こそ、世の悪を駆逐する正義の血汐となって舞い踊るの
だ‥‥。
鑑 賞
「汨羅の淵に波騒ぎ」と、不運の愛国者、屈原が入水した汨羅の川で始まるこの歌は、終章において「やめよ離騒の一悲曲」とやはり屈原の『楚辞‐離騒』を引用して、その懊悩を繰り返してはならない決意で閉じている。一章一章が深遠な教理に満ちていて、そのすべてが一大絵巻、一大抒情詩となっている。
この詩が歌唱として歌われるとき、五番、七番、八番、十番、が歌われないことが多いと書いた。しかしそれは、物語の途中を省略して聴くようなもので、全章を貫く力強い熱情、ときに悲壮であり、ときに勇壮である物語性が、大きく損なわれているような気がしてならない。この歌は全章を聴いてこそ、初めて完結する一大抒情詩なのである。作者三上卓は、おそらく巷で歌われる省略された自分の歌に、さぞ不満であったことだろう。
ともかくこの歌は、時代を超えて現代にも大いに通ずる歌であり、その苦悩や憤りはなお色褪せることはない。惜しむらくは、この歌が一日でも早く過去の産物として、また、余裕をもって忌まわしい過去を懐かしめる時代の歌として、聴けるようになる時代が来ることをただ希うのみである。 おわり
昭和維新の歌 (視聴)
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