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大きな活字でご覧になるにはこちらをクリックしてください。 仏の顔も三度まで それによると、晴れた日には釜山から眺望できる対馬は、韓国人の子供なら一度は泳いで行ってみたいと思う憧れの地だそうである。また、韓国の大都市にはみられない自然がそのまま残っているのも、対馬の魅力だという。 対馬には韓国人観光客を当て込んで、道路標識にハングルが併記され、飲食店や宿泊施設、商店の看板にもハングルが目立つという。経済効果を期待する対馬の人たちの涙ぐましい(?)努力が垣間見える。しかしそれは対馬の人たちの商魂のたくましさだけではない。日本人の優しさ、思いやり、美徳がそこにはあるのである。言葉が分からないであろう相手を気遣う気持ち、親切心がそこにはある。 それに比べて韓国の不親切は対極にある。韓国に行って何が不便なのかといえば、案内表示に日本語はおろか英語すら併記されていないところが多いのである。特に地方都市(釜山や慶州など)などは私が知る限り皆無といっていい。おそらく歴史的に外国勢力に痛めつけられ、その反動というかヒステリーからハングル中心主義を唱え、外国語を国内から駆逐してしまった名残というか伝統からなのであろう。外国人の我々からすると、何と不親切で尊大な民族なのかと思ってしまう。 『Sankei Wwb』の記事は続ける。韓国人のマナーの悪さは国際的に定着しているが、この対馬においてもご多分に漏れずそのマナーの悪さが際立っているという。公共の場所で車座になって酒を飲み、人の迷惑などお構いなく、大声で話し奇声を上げる。商店での値切り、韓国人釣り客が海岸に散らすまき餌やおがくずによる汚染も地元で評判が悪という。 確かに「商店での値切り」に関しては、日本人の方が国際基準に沿っていないのかも知れない。日本以外の多くの国では、ある意味「値切り」が常識である。言い値で買うのがお人よしというか、馬鹿をみることが多い。私は韓国の南大門市場で、日本円で2万円もする皮ジャンを1500円にまで値切ったことがある。そのとき私は「値切りの○○(本名)」と仲間うちから異名をとり、英雄?扱いされていたことがある。それほど韓国では「値切り」が常識なのであるが、それはそれ。日本に来た以上、日本の慣習(値切りはみっともないこと)に従うべきである。 外国旅行をするということは、その国の文化に接し、その国の文化を体験することだと言っても過言ではない。私が修学旅行で女生徒を引率し韓国の“礼智院”という花嫁修業学校で生徒に韓国文化を体験させたときのことである。生徒はみな韓国の民族衣装チマチョゴリを着て韓国の習慣を体験する。日本では坐るとき“正座”をするのが礼儀として常識なのだが、チマ(スカート)を着た韓国の女性の場合はチマの中であぐらをかくのである。あぐらをかいて、右の膝だけを垂直に立てる。つまりチマチョゴリを着た女性が坐った場合、正面から見てチマが富士山のようになるのが正式な美しい坐り方なのである。 食事のとき、食器を手に持って食べてはいけない。また、箸はおかずを口に運ぶときにだけ用い、ご飯とスープはスプーンで食べる‥‥、といったマナーは韓国特有であり、日本とは違う。しかし、そのマナーに従うことが異文化を体験することなのであり、外国を旅行する意味なのだと思う。 『Sankei Web』の記事は最後に、「対馬は韓国の領土」と主張する韓国人のことを紹介している。島根県が「竹島の日」を制定したことへの単なる反発感、対抗意識だとこの記事は分析しているが、なになに、意外に冗談の中に本音が混じっているのと同じように、韓国人の「反日感情」「恨(ハン)」が滲み出ている。 韓国人は日本を攻撃するとき、決まって「文禄(1592年)・慶長(1597年)の役」、言うまでもないが秀吉の朝鮮出兵の話を持ち出しその恨みを披瀝するが、おいおい、黙っていりゃいい気になりやがって‥‥。ならば元寇(1274年)のときモンゴルの手先となって対馬・壱岐を占領し、九州北部・博多湾に上陸して来た侵略者はどこだったのか。また再度元寇(1281年)として日本の侵略を試みたモンゴルの属国はどこだったのか(ちなみに韓国ではこのことを「日本征伐」というらしい)。さらに1300年後半から1400年前半にかけて、幾度となく“倭寇征伐”と称して対馬に攻め入った国はどこだったのか。1500年初めには、朝鮮の港に定住していた日本人を弾圧したのはどこの国の人間だったのか‥‥。「文禄・慶長の役」以前に、朝鮮人によってこうした蛮行が繰り返されていた事実をどう考えるのか。そう考えれば「文禄・慶長の役」など、かわいらしい報復ではないか。黙っていりゃ、いい気になりやがって‥‥。 もとい、少々興奮してしまいました。とにかく対馬をわがもの顔で歩き、傍若無人に振舞う韓国人を思うと、ついそんなことまで考えてしまうのである。対馬でハングル併記をやめ、韓国人に親切にするな、といっても、日本人の優しさ、真心がそれを許さない。日本人は何と寛大で慈愛にみちた美徳の持ち主なのだろう。悲しいかな、それが日本人なのである。だから韓国人に言いたい。こら、あんまり調子に乗るなよ‥‥仏の顔も三度までだぞ! |
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2007年07月11日
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