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大きな活字でご覧になるにはこちらをクリックしてください。 二人の死に思う 宮本顕治は共産党のカリスマ的存在で、長い間党の書記長に君臨していた。今でも思い出すのが1988年2月6日、衆院予算委員会で質疑に立った日本共産党正森成二議員に、予算委員長であった浜田幸一(ハマコー)氏が「我が党は旧来より、終戦直後より、殺人者である宮本顕治君を国政の中に参加せしめるような状況をつくり出したときから、日本共産党に対しては最大の懸念を持ち、最大の闘争理念を持ってまいりました」と言い放ったのである。 さらにハマコー氏は「昭和八年十二月二十四日、宮本顕治ほか数名により、当時の財政部長小畑達夫を股間に……針金で絞め、リンチで殺した。このことだけは的確に申し上げておきますからね」「私が言っているのは、ミヤザワケンジ君(“宮本顕治”の言い違い)が人を殺したと言っただけじゃないですか」と発言。物議をかもしたのである。 正森議員はその後TVのインタビューで「やーさん(ヤクザ)が何を言うか!」と憤懣をぶつけていたが、これは「目くそ鼻くそ事件」として面白かった。宮本顕治が戦前、党員であった小畑達夫氏をリンチ殺害したことをハマコー氏が持ち出し、正森氏がハマコー氏のかつてのヤクザとしての経歴(現稲川会系の組織に所属していた)を持ち出すという泥仕合を演じたのである。まっ、ハマコー氏は“リンチ殺人”していないだけマシか‥‥。結局、ハマコー氏は予算委員長を辞任した。 それにしても戦後ドサクサの中で、宮本顕治は無期懲役という判決を受けたにもかかわらず、GHQの占領政策(政治犯の釈放)で釈放された。その後、その事件の真相はうやむやになってしまった。‥‥、解せん! さて、19日にはもと文化庁長官、わが国のユング研究の第一人者、尊敬する河合隼雄氏(79歳)が亡くなられた。氏の話の中で特に記憶に残っているのは「反抗期における子供の接し方」という講義である。 子供は反抗期を向かえ、家庭内で突然の暴言や暴力行為を働くことがある。それまでよい子だったのにどうしたことかと親はうろたえ河合氏に「先生、子供がどうしてこんな顔に産んだ!と暴力を振るってきます。これは隔世遺伝でしょうか、それとも劣性遺伝でしょうか」と聞いてくるというのである。そんな時河合氏は「何をおっしゃるんですか。子供は愛情に飢えているんです。そんなときはしっかりと子供を抱きしめてあげて『何を言うの、お前は家(うち)の大事な掛け替えのない宝じゃないか』と頭の一つもなでてやればよいのです」とおっしゃった。 うん、なるほど‥‥。私は教員時代この話に感動して、あるときこの話を父兄の前でしたことがある。私の予想どおり、多くの父兄はその話に、頭をウンウンと揺らしながら納得した様子であった。だが、ただ一人その中にいたPTA会長だけが違った。 「先生、そうはおっしゃるが最近の子供は身体が大きくて、抱こうにも抱けますまい、あっはっはっはっは‥‥」 チクショ〜、その頭の悪いPTA会長に、私の、この河合隼雄先生受け売りの“ありがたい話”はいっぺんに茶化されたのでありました。くそ〜あのPTA会長の野郎、人の話の真意も理解しないで茶化しやがって‥‥。今でも河合隼雄先生の講話を思い出すたびに、この忌まわしい出来事が思い出されるのです。あのPTA会長、今度道であったら目に物見せてやろう‥‥。その恨みは今も私の心の中に生きているのです‥‥。 |
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2007年07月20日
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大きな活字でご覧になるにはこちらをクリックしてください。 慰安婦:米国よ、マクマリーの教訓に学べ!慰安婦決議案 「日米に害及ぼす」 加藤駐米大使が警告 駐米日本大使が米国議会下院の枢要メンバーに対し、下院が慰安婦問題で日本を非難する決議案を採択すれば、日米関係に長期の有害な影響を与えるだろうという趣旨の書簡を送ったことが18日、米側マスコミにより報道された。なお同決議案の採決は日本の参院選の後になる見通しだという。
ワシントン・ポスト18日付は「日本が第二次大戦の性的奴隷に関する下院決議案に対して警告を発する」という見出しの記事で、加藤良三駐米大使が下院のナンシー・ペロシ議長ら議員数人に対し慰安婦決議案への反対を改めて訴え、もし下院本会議で採択されれば「ほぼ間違いなく日米両国間の深い友好、緊密な信頼、そして広範囲の協力に長期の有害な効果を及ぼす」と警告した、と報道した。 ワシントン・ポストは6月22日付の同書簡のコピーを入手したと報じ、加藤大使が「日米間の協力の具体例」としてイラクの安定化や復興をめぐる日本の米国への協力を指摘したことから、同決議案が採択されれば、日本は米国のイラク政策への協力も再考するだろう、という観測も伝えた。 ロイター通信も同大使の書簡を入手したとして、同様の趣旨を18日、報道した。在米日本大使館ではこういう大使書簡が下院の枢要な議員に送られたことを認めながらも、内容については論評できないとしている。 この報道に対し同決議案の提案者のマイク・ホンダ議員は「日米関係には影響はないと思う」と語る一方、同決議案の下院本会議での採決は日本への儀礼として29日の参議院選挙の後にする、と述べた。同議員は30日に採決される見通しが強いとも述べたが、下院民主党の院内総務ステニー・ホイヤー議員の補佐官は「上程の日程自体がまだ決まっていない」と語った。 慰安婦決議案に対しその採択が日米関係に悪影響を及ぼすという警告は米側ではダニエル・イノウエ上院議員が再三、発してきたが、それ以外にそうした懸念が表明されることはほとんどなく、米側マスコミの報道では今回が初めてとなった。 ( 『Sankei Web』 7/20 ) 日本政府の対応は、遅きに失している感は否めないが、それでもようやく及第点はつけられるだろう。 この記事を読んで、田久保忠衛杏林大学客員教授が平成17年6月号『諸君』に掲載された論文を思い出した。その論文を以下に引用する。 1935年、当時、中国のアメリカ大使館で公使を務めていたジョン・A・マクマリーが『マクマリー・メモランダム』という報告書を本国に上げています。これは戦後日本でも翻訳・出版され、『平和はいかに失われたか』(原書房)という名著として知られています。 当時の東アジアの国際情勢は、22年のワシントン会議で確立されたワシントン体制下にあり、徐々に日本を封じ込める過程にありました。しかしながら中国にいたマクマリーは日中両国の指導者、国民性向などを徹底的に分析したうえで「日本は侵略主義国家であるとは考え難い。アジア全体で永続的に信頼できる国家は日本である。そんな優れた日本をなぜアメリカは中国と組んで圧してゆくのだ。アメリカは日本とくむべきである」と主張したのです。 このマクマリーの主張を評価したのは、戦前の親日派だったグルー駐日大使、それにアメリカ外交の奉斗であり先日亡くなったジョージ・ケナンでした。それほど立派なメモだったわけです。ところが当時の国務省極東部長のホーンベックがマクマリーとライバル関係にあり、結果として『マクマリー・メモランダム』は握り潰されてしまった。そもそもルーズベルト大統領は親中・反日的考えの持ち主だった。 イノウエ上院議員をマクマリーに、ホンダ上院議員をホーンベックに置き換えたらよく分かる。もちろん両者の置かれた立場は異なるが、これに民主党選出の大統領でも誕生した暁にはこの構図はより近似してくる。「ソ連の台頭」を「中国の台頭」に置き換えるだけで、見事にそれを予言しているではないか。すでに「中国の台頭」は始まっている。 歴史は繰り返すというが、なぜこうもアメリカは歴史に学ぼうとしないのであろうか。アメリカは“慰安婦問題”について、日本軍による軍の強制連行があったと一方的に決め付け、聞く耳を持たず冷静に歴史の検証をしようとしない。確かにその姿勢には問題がある。しかしそれ以前に、そもそも「歴史を学ぼうとしない」アメリカの伝統的姿勢にこそ、問題があるのではないだろうか。いうまでもなく、歴史の教訓を無視した北朝鮮に対する度重なる失策もそうである。 今回の“慰安婦問題”の背景には、ホンダ議員の金銭にまつわる思惑が大きく影を落とし、また利権に絡んだ親中派議員の暗躍が背後にある。だからといって歴史を歪めてはならない。桜井よし子氏が『慰安婦問題の意図的歪曲に沈黙は禁物 事実をもって反論する勇気が必要』と題したブログの中で「いかに壁が厚くとも、反論する知的努力を惜しんではならず、時には孤立に耐える勁(つよ)さと勇気を持たなければならない」と述べられているが、まさにその通りである。 今回の駐米日本大使が発したメッセージは、遅きに失しているとはいえ日本の立場を公式に表明したものである。そういった意味ではようやく緒に就いたばかりである。今後ともこうした姿勢を貫いてもらいたい。 |
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