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大きな活字でご覧になるにはこちらをクリックしてください。 「竹島問題」解決の妙案?日本の防衛白書に政府が遺憾表明、是正を要求 日本政府が独島を「わが国固有の領土」と記述した防衛白書を閣議で了承し一般に公開したことを受け、韓国政府は遺憾を示すとともに是正を求めた。
日本は2005年と昨年の防衛白書でも独島は日本固有の領土だと記述しており、韓国政府は厳重な抗議と関連内容削除の要請を行ったが、今年も同様の内容が記載された。 これに関連し国防部は6日、金炳基(キム・ビョンギ)国際協力次長が、在韓防衛駐在官の上ノ谷寛1佐に強い抗議の意を伝えるとともに、すみやかに訂正するよう求めたと明らかにした。 また政府は、日本の独島領有権の主張が過去の侵略行為を正当化し韓日関係の発展を妨げる行為であることを日本政府が深く認識するよう重ねて求めるとともに、強い抗議の意志を伝えた。 ( 『聯合ニュース』 7/6 ) 韓国(朝鮮)は朝貢国としての習性が抜けない。身についてしまった中華秩序が抜けないのである。いうまでもないが中華秩序というのは、朝貢国が定期的に使者や貢物を宗主国の皇帝に送り“臣従の礼”をとることによって、皇帝から王の称号を授かる。つまり、他国の権威に認められて、はじめて臣下(王)として安心できるのである。 3年連続で『防衛白書』に竹島が日本固有の領土と明記されたことは、韓国人としてはとても落ち着かない。いくら実効支配しているとはいえ、朝貢国としての習性から、他国(日本)が竹島を韓国の領土と認めてくれない限り、韓国人の心はわれわれが想像する以上に安寧ではないのである。そういった意味では、この「チクリ戦法」は効果的である。 しかし問題は、この韓国の実効支配という現実が、歴史の中で「既成事実化」してしまうことである。韓国が日本の「チクリ戦法」で尻がむずがゆく落ち着かないのはいい気味なのだが、このままでは埒があかないどころか、時間の経過とともにわが国の立場が不利になっていく。 そこで歴史を振り返ってみる。日本は5世紀ころ一時中国の南朝(宋)に朝貢していた。あえて朝貢国になったのは、宋の力を借りて高句麗を牽制する意味があったのである。しかしその後は、聖徳太子が隋に送った国書でも明らかなように、中華秩序から完全に脱し主権国家としての道を歩んできた。ところが韓国(朝鮮)は、その後も一貫して中国の朝貢国でありつづけたのである。むしろそれを誇りにしてきたのである。あはははは、もとい。 そこで面白い事実がある。6世紀後半になると、それまで中華秩序の下にあった東アジア一帯の諸国に新しい事態が生じてきたのである。高句麗が突然、日本(大和朝廷)に接近し、ひきつづいて新羅と百済が日本に「朝貢」し始めたのである。朝鮮の三国(高句麗・新羅・百済)が互いに牽制しあっていた結果である。また、589年、隋が中国の統一を果たしたため、それが新たな脅威となって、三国はより日本に「(日本の)朝貢国」として接近してきたのである。 ここに一つのヒントがあるのではないか。つまり現在の中朝を隋に見立て、韓国国内の伝統的な地域間差別を三国時代に見立てれば、その確執を何らかの形で日本が煽れば、竹島問題は日本の領土として決着がつくのではないか。韓国は今でも朝貢を当たり前なこととして“血”として持っている。つまり、奴隷根性が身についてしまっている国なのである。地政学的な確執と、その馬鹿げた習性をうまく利用できないものであろうか‥‥。歴史から学ぶということは、そういうことをいうのではないか。 「竹島問題」解決を、正攻法という偏狭な観念にとらわれず、大胆に発想の転換をすることによって、解決することができる‥‥。かの国の歴史から、ふとそんな妙案(?)が浮かんだ。 |
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