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大きな活字でご覧になるにはこちらをクリックしてください。 嫌韓ブログ:韓国人の弱点を見た! 例えば「韓国人」を「朝鮮人」と呼ぶことがなぜ侮辱したことになるのか。自分たちは自ら「朝鮮日報」とか「朝鮮ホテル」といい「朝鮮」という言葉を冠した言葉を使っていながら、日本人が「朝鮮」という言葉を使うと、それは差別だ、侮辱だと言いがかりをつけてくる。たぶんハングルのように「チョソン」と言わずに「チョーセン」と発音することが気に入らないらしい。 記事がいう嫌韓ブログの記述を見ても「金九(キム・グ)はウサマ・ビンラディンよりも世界に認められたテロリスト」、李完用(イ・ワンヨン)については「情けない朝鮮人から抜け出した偉大な人物」と書いてあるそうだが、別に間違ってはいないではないか。 ちなみに金九というのは、いわゆる“閔妃暗殺事件”の逆恨みから腹いせに事件に関係のない日本人を殺害(死刑判決を受けたがその後特赦により減刑、脱獄)したことを皮切りに、天皇暗殺未遂事件や白川義則陸軍大将暗殺事件などを指導した大悪党である。ブログは「(ビンラディンと)同じくテロリストの主犯だが、自分だけが逃げておいて若者に爆弾を投げさせるろくでもない存在」と書いているそうだが、どこが間違っているというのか。 李完用は、朝鮮のために李王朝の売国的行為を阻もうとした。ロシアの不当な要求をはねつけ、国内においては参政権の確立や義務教育の確立、文芸復興の奨励に尽力を尽くした。日本との併合条約も朝鮮の未来を考えての英断であった。朝鮮の自主独立と近代化を推進してきたこの偉大な指導者を“乙巳(ウルサ)五賊”と称し、逆賊扱いしている方がおかしいのではないか。ブログでは李完用について「朝鮮を教化しようとしたのであり、国を売ったわけではない」、「未開で自虐しか知らない民族に悟りを与えるため、偉大な(帝国)の臣民となった人物を売国奴として没落させた朝鮮人は反省しろ」と書かれてあるらしいが、そのどこに間違いがあるのか、さっぱり分からない。 この記事は最後に、この件に関する書き込みをいくつか紹介している。この“嫌韓ブロガー”は「精神病に過ぎない」「(書き手は)性格障害と精神分裂を起こしかねない。危険だ」と批判的な書き込みを紹介している一方で、「過激な表現はあるが、内容の90%以上は事実を基にしているようだ。表現の自由があるので、無理にやめさせたくはない。誤りがあれば認め、修整する態度も必要だと思う」と、どういうわけか正論も併せて載せている。 これは『朝鮮日報』が、冷静に客観的に異なる意見を併記したというより、その衝撃にたじろいでいるといった方が正しいのではないだろうか。つまり、日頃あれほど日本バッシングに精を出し、正論を受け付けないでいる韓国のマスコミが、この予期しなかった“嫌韓ブロガー”の勢いに押され、いつもの乱痴気が治まっているのである。日韓懸案問題でも、日本人が大人しく反論をしないから、韓国人は図に乗り勢い日本を心いくまで攻撃してくるが、実は韓国人は自らの威勢とは裏腹に、意外に相手の声の大きさによって、もろくも屈服してしまうのではないだろうか。 韓国には「ポルジャンモリ」という言葉がある。これは親が子供に「このバカたれが」というような感じで、きわめて俗っぽく、かつ“どやしつけ"るような意味合いとして使われるが、韓国人はひょっとしたら叱られることに飢えているのかも知れない。叱らずに甘やかしてばかりいるので、増長するだけで世の中のことが分からない。これからは、遠慮することなく勢いよく“どやしつけ”てやって、彼らを躾けてやろうではないか。 韓国人は、こちらが大人しくしていればつけあがる。しかし、彼らよりもより大きな声で正論をぶつけていけば、彼らは怖気づくということが今回はじめて分かった。怖気づくというよりも、意外に「われに返る」「冷静になる」といってやった方が、より大人の言い回しとして適切であるかも知れない。竹島問題、日本海呼称問題、歴史認識問題、靖国問題、慰安婦問題‥‥、これからは「大人気ない」などと妙な遠慮をし恰好をつけていないで、どしどし彼らよりも大きな声で、“どやしつけ”てやろうではないか。彼らのレベルに身を落としてこそ、いや、目線を同じくして叱ってやることこそ、彼らを屈服、いや、彼らを正しい道に導くことができる唯一の方法なのではないか‥‥。今、酒を飲みつつこの記事を書いていて、そう確信した。 それにしてもこの“嫌韓ブロガー”氏、半日でアクセス件数が1000件を超えるという。しかもその土俵が敵地韓国で、である‥‥。恐れ入りました。“嫌韓ブロガー”氏に◎!!! |
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2007年08月10日
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大きな活字でご覧になるにはこちらをクリックしてください。 盧大統領の陸路訪朝はあり得ない南北首脳会談、韓国大統領は陸路訪朝か 韓国政府は今月末に平壌で開催予定の南北首脳会談の際、盧武鉉大統領が鉄道の京義線を利用し南北軍事境界線を越えるという案を13日、開城で開かれる第1回実務協議で北朝鮮に提案する。李在禎(イ・ジェジョン)統一相が9日の記者会見で明らかにした。
陸路での訪朝が実現すれば盧大統領はソウルから開城まで列車で移動、開城で列車か車に乗り換え平壌入りとなる。韓国側は金総書記が開城で盧大統領を出迎え、2人で開城工業団地を視察するという「歴史的イベント」を期待している。実現すれば、盧政権の対北政策成功をアピールできるからだ。‐ 以下省略 ‐ (『Sankei Web』 8/10 ) 理由は3つある。一つ目は、今年5月7日に分断後初めて列車の試験運転を行なった京義線の使用を、北朝鮮が認めるはずがないということである。試運転にこぎつけるまでにも「安全が保障できない」等々の理由をつけて、北当局はそれを渋ってきた。試運転当日も、韓国側は祝祭ムード一色だったのに対し、北は淡々と事務的にこの行事をこなしていた。つまり、この試運転が韓国主導で行なわれたことに、北朝鮮はいたく自尊心を傷つけれられていたのである。この試運転によって、多額な見返りを受けていたにも関わらずである。 この試運転に関して北朝鮮国内では、当然、金正日の功績として宣伝された。その鉄道を使って盧大統領が北朝鮮入りを果たせば、いやがうえにも盧大統領を引き立たせることになる。金正日は2000年に金大中と交わしたソウル訪問という答礼訪問をいまだに果たしていない。今後もそれを実行に移すことはないだろうが、万が一そのときにはおそらく陸路、京義線を使って華々しく韓国入りするつもりでいるのであろう。そのためにも、この鉄道は残しておきたい。つまり、そのときは二番煎じではいけない。誰も乗ったことのない新車で凱旋する必要があるのである。下世話な言い方をすれば「最初に処女を奪うのはオレ(金正日)」でなければならないのだ。 二つ目は「北朝鮮の貧しい生活実態を見られたくない」という気持ちからである。北京から鉄道を使って平壌入りするときも「軍事施設が目に触れる」という理由で、列車の車窓のカーテンを下ろさせるそうである。私の教え子が旅行で北朝鮮を訪れ、平壌から板門店に向かう際も、移動中バスの中から車外を撮影することを厳しく禁じられたという。それほど外国人には国内の景色を隠しておきたい。ましてや、韓国の大統領である。当然多くのスタッフや取材陣も随行するはずである。ことさら北の惨状を隠しておきたいことは想像に難くない。 かつて北朝鮮の高官がソウルを訪れた際、ソウルの車の多さに驚き「どうやってこれだけの車を地方から集めてきたのか?」と訊いたという。行事があると何かと人員やら物量を動員し、虚勢を張ろうとする北朝鮮人高官の目には、思わずそんな疑問が自然と湧いてきたのであろう。すると、それに応対していた韓国の高官が「わっはっは、もともとソウルは車が多いのです。じゃ、このソウルにある高層ビル群も(今日のために)地方からわざわざ集めてきたとでも?」と言ったそうである。この会話には双方ともに、朝鮮人の“見栄っ張り”なところがよく出ている。 かつて朝鮮戦争のとき、国連軍最高司令官マッカーサー将軍と、米トルーマン大統領がウェイク島で会談を持ったことがある。そのとき島に到着したマッカーサーはなかなか飛行機のタラップを降りようとしなかった。彼は、大統領が先にタラップの下にいて自分を迎えるべきだと考えていた。トルーマンはトルーマンで、マッカーサーが先にタラップを降りてきて自分に謁見するべきだ、と考えていた。数多くの戦功を自負する将軍と、仮にも一国の大統領であるという両者のプライドのぶつかり合いである。結局、マッカーサーが折れて先にタラップを降りたのだが、それと同じ構図の駆け引きがそこにはある。 当然、金正日としては盧大統領がはせ参じ、それを余裕を持って迎える図がほしい。陸路では列車にしろ車にしろ、絵としてその構図は難しく、演出を重んじる金正日としては承服できない。 以上3つの理由から、まず盧大統領の陸路での北朝鮮入りはないと考えるのである。さてさて、どうなることやら‥‥。まっ、そんなこと、どっちだっていいことだが‥‥。 |
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