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大きな活字でご覧になるにはこちらをクリックしてください。 パール判事を持ち出す愚かで恥知らずな韓国人 記事は、パール判事の「(戦争犯罪に対する裁判は)見かけ上は法にのっとったものとなっているが、本質的には報復のためのもの」と主張したことを申し訳程度に紹介してはいるものの、後は安倍首相と戦犯(?)との関わりや、首相の戦争観、節操がなく、主張や態度がころころと変わる言動、といった独自の妄言に終始している。 記事の中に「ドイツの首相が事あるごとに、やり過ぎではないかと思うほどナチスの戦犯らを強く非難するのとはまったく正反対の行動だ」というくだりがある。日本とドイツとでは、国の成り立ちや文化、その戦争に至るまでの経緯や形態、目的がまったく違っているのに、それを一緒くたに論じているところが無知というか、ご愛嬌である。 どうも韓国(朝鮮)人たちは、日本とナチスを同列に置いて論じようとしたいのだろうが、少し論じればその無理・無茶・強弁はいっぺんに瓦解する。たとえば、韓国の教科書では「日帝は韓国人を日本人にしようとした」というが、ナチスはユダヤ人をドイツ人にしようとしたのであろうか‥‥。「日帝は日鮮同祖論まで動員した」というが、ナチスはユダヤ人とドイツ人(アーリヤ人)と祖先が同じだといって「ドイツ・ユダヤ同祖論」を主張したのであろうか‥‥。これだけでも、その薄っぺらな“同列論”は吹っ飛んでしまうのである。 韓国(朝鮮)人がなぜこれほどまでに過去にこだわり、史実を捻じ曲げてまでも日本非難を繰り返すのか。その背景には一つの動かしがたい事実がある。 以前このブログで韓国人を悩ませる“日本人サイバー義士団”の風刺漫画を紹介した。その中に「併合中は日本兵」「日本敗戦後、勝手に戦勝国気取り」という場面がある。まさに韓国人が歩んできた歴史を端的に表しているのであるが、そのことが韓国人の心の負担、消してしまいたい重い事実として、彼らの中に渦巻いているのである。大東亜戦争が終結し、連合軍が韓国を連合国に加えず戦勝国として認定しなかった背景には、韓国人の圧倒的多くが日本人と一体となり、日本将兵として連合軍と戦ったという紛れもない事実がある。そのことが苦痛として重く心にのしかかり、韓国人の“恨”(ハン)の一翼を形づくっているのである。 今回の『朝鮮日報』の社説のように、安倍首相がパール判事の遺族と会うことをことさら取り上げるのも、実は連合国が強行した不当裁判を自らのものとして、パール判事を日本の理解者・協力者、つまり悪者に仕立て上げることによって自らの過去を打ち消し、誰も認知してくれない戦勝国としての立場を暗に誇示して見せることにある。 日韓の歴史的不幸は、日本の善意の支配によって韓国人が日本人になってしまうほど「協力」が進んだことにある。したがって、突然日本の支配が終わり、新生韓国としてスタートしなければならなくなった韓国人は大いにうろたえ困り果ててしまった。その結果、日本人化した韓国人が考え出したのが、過去をすべて否定し、日本をすべて悪とし、日本への協力の歴史を排除して抵抗史観に基づく徹底した反日教育を断行することであった。したがって、韓国の“反日感情”“反日情緒”は、日本支配への「協力」と「日本人化」という痛切な事実のために、解放後にむしろ強調され、より強化されたのである。 こうして考えてみると、韓国の捻じ曲がったものの見方や考え方が胎動するきっかけとなったのは、我々日本人にもその責任の一端があると考えられる。つまり、見方によっては、日本が先の大戦に敗れたがために、こうした馬鹿げた国家をすぐ傍につくることになってしまったとも考えられるのである。 今回の『朝鮮日報』の記事は、「法律を後から作って裁くのは不当である」「憎しみと仕返しの裁判は不当である」と法の基本原則を唱えたパール判事を間接的に批判することで、事実無根、戦勝国を気取る韓国の恥知らずな愚かさ加減、無知蒙昧さを図らずも露呈している。いまだに過去に遡って“親日派”の財産を没収するような無法国家の連中に、また、法の何たるかを解する能力もない無知無能な連中に、少なくとも良心の判事、パール判事の話を持ち出してほしくはない。 参 照 |
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2007年08月17日
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