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大きな活字でご覧になるにはこちらをクリックしてください。 韓国学歴詐称社会:その心は「科挙と両班」学歴詐称社会? 学歴詐称問題が韓国社会を揺るがしている。国際美術展「光州ビエンナーレ」の責任者である女性教授が米国留学の学歴を詐称していたことが発覚したのが発端で、その後、タレントや漫画作家、映画監督など有名人が学歴を暴露されたり「実は私もウソをいっていました」と告白したりして、話題が広がっている。
新しいところでは演劇界のトップ女優・尹石花が「梨花女子大やニューヨーク大修了の経歴はウソでした。すみません」と頭を下げ活動中止を発表した。英語ブームでラジオの人気英会話を担当していた女性タレントも「大卒はウソで高卒だけでした」と謝って番組を降りている。多くの場合、高卒の学歴が恥ずかしくて(?)大卒や海外留学を詐称していたというのだが、背景には韓国社会の極端な学歴、肩書き重視という現実がある。ちなみに韓国では高卒の国会議員はひとりもいない。 高卒でも実力と名声があればいいではないかと思うが、名声を得ると逆に学歴が欲しくなるようだ。そして韓国ではお互い肩書きで呼び合うことが多い。大臣をやると最後まで大臣と呼ばれる。教授はお互い「教授サマ」と呼び合っている。筆者は街では言いやすくかつユーモア含みで通称「ク・パクサ(博士)」になっているが、学歴詐称で告発されるかも? ( 『ソウルからヨボセヨ』 8/18 黒田勝弘 ) 受験生が大学の入学試験に遅れそうになると、すぐさまその受験生は警察へ連絡するという。するとその遅刻しそうになった受験生を、受験に間に合うように警察官が試験会場にまで誘導してくれるというのである。つまり、パトカーがその受験生の乗った車を先導し、受験会場に急行してくれるという話を聞いたことがある。「受験」イコール「厳かなもの」、従ってそれを受ける学生は神聖にして不可侵、社会の宝であるとでも言わんばかりに、手厚く処遇・優遇されるのである。そのことは受験生ばかりでなく、学生全般にいえることなのではないだろうか。まさに学歴社会が生んだ滑稽な社会現象である。 余談であるが、今から7年ほど前に、修学旅行の生徒を韓国へ引率して行ったとき、帰りの空港で、ある一人の生徒がパスポートを失くしたと言い出した。帰りの空港は、金浦国際空港(当時)はいっぱいで利用できず、ソウルの近郊にある清州空港を利用した。この空港は建物は国際空港らしく立派なのだが、人が全くといっていいくらいいないのである。これが本当に空港なのかと思うほど、殺風景なところであった。両替所も我々が到着してからしばらくして、やっとで胡散臭そうな係員が一人やって来て、しかめっ面でシャッターを開ける始末。無論売店もあったが、シャッターが下りっぱなしで、普段営業している形跡がまったく見られない。それほど寂れた空港であった。 後で調べて分かったのだが、この空港の国際線利用客は何と年間わずか500名という最悪の国際空港。つまり、我々の修学旅行団が300名であったから、年間のこの空港の利用客の60パーセントを、すでに我々がこのときカウントしたことになる。まさにゴースト空港であった。多分この空港は、わが国の自治体がよくしでかす「箱物投資事業失敗作」の一つであったのではないだろうか。 我々を帰りの空港まで運んで来てくれたバスはすでにソウル方面に向かっている。生徒はそのバスの中にパスポートを置き忘れたという。空港にいるのは我々修学旅行団と、数名の空港係員だけであった。そのとき我々の面倒を見てくれていた現地のガイドさんが機転を利かせて、警察に携帯電話で連絡をとってくれたのである。普通ならそのバス会社に連絡をとるのであろうが、ここがわが国とは違うのである。バス会社にではなく警察に、なのである。搭乗までにほとんど時間がない。間に合うだろうか‥‥。その生徒と、一名の引率教員を現場に残して帰る算段をしていたそのときである。一台の白バイが間一髪、その生徒のパスポートを届けてくれたのである。あのときは本当に現地の警察に感謝した。我々が外国人であったこともあるのだろうが、「学生は無条件に尊ばなければならない国の宝」という、この国ならではの妙な信仰が功を奏したのではなかったのか、といまでも思っている。 それはともかく、なぜこれほどまでに韓国では学生を大切にし、崇める(?)のだろうか。それが今日の学歴偏重社会を形成しているベースにあるのだが、まさにそれは「両班(ヤンバン)崇拝」から脱却できないでいるこの国の国民性を表しているのではないか。「両班」イコール「偉い人」、それになるために「科挙」イコール「入学試験」を受ける人は「逆らえないほど尊い人」という馬鹿げた考えが、今日でも脈々とこの国には生きているように思えてならないのである。 「両班政治」というのは、乱暴な言い方をすれば文班政治・文治政治をいうのであり、武治政治を否定し武人を馬鹿にした政治である。この「武蔑視」の風潮は高麗時代から始まったといわれる。李氏朝鮮でもその半ば、秀吉が朝鮮半島に出兵したとき、日本軍を大いに悩ませた(?)とされる水軍の李舜臣も、讒言にあって簡単に一兵卒に落とされ、代わった大将では勝てないと見たら、また簡単に復帰させるというような武人を人と思わないご都合主義があった。文官、武官をあわせて「両班」と呼ぶのだが、当然文官の方が上位にあり、武官を見下していた。警官が「両班の卵」である学生に「ヘイコラ」するのも、こうしてみてみるとよく理解できるのである。 今日「自分は両班の子孫である」と称する韓国人が国民全体の48パーセントにものぼるといわれるが、こうした愚かな両班に対する羨望が今でも脈々と朝鮮人たちのステータスとして引き継がれているといっていい。まさに今日の学歴詐称に相通ずるものがあるではないか‥‥。 わが国にも記事と似た学歴詐称事件があった。民主党の古賀潤一郎(元衆議院議員)が衆議院総選挙に出馬した際にアメリカ合衆国のペパーダイン大学卒業と虚偽経歴を公表した事件は記憶に新しいところだが、古いところでいえば劇画原作者梶原一騎やタレントの新間正次なども、同じように学歴を詐称して問題になった。 |
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2007年08月23日
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