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「ねえ、おまえ。ぼくと結婚するまでに、何人の男性と愛し合ったんだい?」 妻は唇を引き結んで返事をしない。 そして双方黙り込んだままで20分ほど時間がたった。 ぶしつけな質問を後悔した夫、たまりかねていった。 「さっきはごめんね。失礼なことを訊いて悪かったよ。さあ、機嫌をなおしておくれ」 「わたし、怒ってなんかいないわよ。ただ、まだ数え終わらないの‥‥」 「きみのいちばん長いモノを、奥さんのいちばん毛深いところに入れればいいんだよ」 と医者は説明した。 それから3ヶ月たったある日、病院に現れたゴンザレスに医者が尋ねた。 「どう、うまくいっているかい?」 「はい、毎晩励んでいます。ぼくの鼻を女房のわきの下に入れて‥‥でも、残念ながらまだ何のきざしもありません」 新郎はバスルームから自信たっぷりの表情で出てくると、片手を突き出し、指をひろげた。 それを見た新妻は、びっくりして、でもうれしそうに 「なんですって、5回も !? 」 86歳の新郎は、しかしあわてず 「いや、どれでもあんたの好きな指を選んでおくれ」
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大きな活字でご覧になるにはこちらをクリックしてください。 秋葉市長に見る反核運動の皮肉広島平和宣言 なぜ北の核には触れない 広島が62回目の原爆の日を迎えた。秋葉忠利市長は平和宣言で、「日本国政府は世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきり『ノー』と言うべきです」と訴えた。だが、今年も昨年と同様、北朝鮮の核には言及がなかった。
北朝鮮は昨年7月、計7発の弾道ミサイル発射実験を行い、10月には核実験まで強行した。日本にとって当面の最大の核脅威は北朝鮮であろう。秋葉市長の平和宣言はなぜ、北朝鮮の核の脅威には言及しないのだろうか。 ‐ 以下省略 ‐ (『イザ!』 8/7 ) これはブログ『海洋戦略研究』hiromichit1013氏の「広島原爆忌」(8/6)からの抜粋である。そもそも、わが国における反核運動の歴史は、核そのものの是非というよりは、イデオロギーの対立であった。 1955年、被爆者をもととする国民運動が中心となり「原水協」(原水爆禁止日本協議会)が発足した。そのときの原水協の方針は「あらゆる国のあらゆる核に反対する」というただ一点での結集であった。 ところが1961年、当時ソ連の核実験に対し、日本共産党(アカハタ=当時は赤旗ではなかった)は「綺麗な核実験だ」と主張しソ連を擁護した。アメリカの核は“悪”で、社会主義国の核は“善”とする、明らかに偏見に満ちたイデオロギーの介入である。一方、社会党(現社民党)を始めとする諸団体は「核実験は国によって汚い、綺麗はない」と反発し、内部論争が深化したのである。共産党系の人間の中には、ソ連の核の灰なら喜んで浴びてもいいといった大馬鹿者までいた。 ところが1963年に米英ソで結ばれた「部分的核実験禁止条約」(PTBT)の評価をめぐって、両者は決定的なイデオロギー対立を演ずるのである。PTBTとは、地上の核実験だけを禁止し地下核実験などは容認するといった核先進国の米ソに有利な条約であり、核後進国であるフランスや中国には不利な条約であった。そのとき、当時ソ連に批判的であった日本共産党は“反対”、ソ連寄りだった社会党は“賛成”するという、明らかに党派的対立が顕在化するのである。 1965年、ついに共産党系の原水協(原水爆禁止日本協議会)と社会党系の原水禁(原水爆禁止日本国民会議)、またその他のセクトが分裂し今日に至っているのである。反核運動がいかに本来目指した運動から離れ、それぞれの党派が主張する捻じ曲がったイデオロギーの道具に利用されてきたかが、こうした経緯から分かるというものである。 秋葉忠利市長というのは、もともと社会党の衆議院議員であった。民主党が結党時、多くの議員が社会党を去った後も社会党に残留した、数少ない筋金入りのマルキストである。北朝鮮労働党と友党関係にあって、日本人拉致も北朝鮮の仕業ではないと最後まで言い張った、社会党(現社民党)の血を引く筋金入りの売国奴である。 社民党が主催する原水禁も「いかなる国の核実験にも反対」といいながらも、秋葉発言からも分かるように、実は社会主義国や独裁国家の核は擁護しているのである。われわれ日本人が一番問題にしなければならないのは中国の核であり、北朝鮮の核である。その開発には目を伏せて、アメリカの核だけを標的にするとは、言語道断、断じて看過できない態度なのである。 冒頭引用したブログ『海洋戦略研究』hiromichit氏は指摘される。「原爆反対運動を党派的運動として小さくした人々にこそ問題があった」「一方的核非難を米国に投げつけるだけで、世界から共感を得ることができなかった」さらに「被爆の原点を考え、核の恐怖のみならず、核兵器保有を禁止するのであれば、総ての国が公正に廃棄すべきことを訴えるべきである。それができなければ誰も広島の核廃絶を党派的主張としかみない」と。まさにそのとおりである。 秋葉忠利のような売国市長が、このような馬鹿げたな主張を繰り返す限り、核兵器をこの世の中から廃絶しようというわれわれの真の願いは、世界の人々に共感をもって理解されないであろう。核廃絶運動を一番妨害しているのは、実は他ならぬ秋葉忠利市長のような「容共売国奴」であることを、われわれは認識しておく必要がある。“核廃絶”などという概念は所詮ユートピアに過ぎないが、そのユートピアは、実は皮肉にもユートピアンによって妨害されているというパラドックスを、われわれは知っておく必要がある。 |
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