麻生総理「大東亜戦争」発言:どこが問題?
麻生首相、「大東亜戦争」と表現 戦争観問われ
麻生首相は30日、首相官邸で記者団から過去の戦争観を問われ、「日清、日露(戦争)と、いわゆる大東亜戦争、第2次世界大戦とは少し種類が違うと思う」と語った。首相は「明治憲法以来約120年。時代を振り返って、日本の歴史として誇れる歴史もあれば、誇れない歴史もある」との考えを示した。
「大東亜戦争」は当時の政府が決めた正式呼称だが、戦後、GHQ(連合国軍総司令部)が公文書での使用を禁止。教科書では「太平洋戦争」「第2次世界大戦」の呼び名が一般的になっている。
河村官房長官は30日の記者会見で「首相は吉田茂元総理の薫陶を子どものころから受けており、教育勅語をそらんじることができる我々同じ世代の唯一の国会議員だ。第2次世界大戦を当時の大人たちが大東亜戦争と表現していた。そういうことかなと思う」と語った。
( 『 朝日新聞 』 2008年10月1日2時21分 )
なぜ「大東亜戦争」という言葉が問題になるのか‥‥。朝日はすぐにこうした言葉を聞くと、ありもしなかった従軍慰安婦や南京大虐殺、侵略戦争という言葉に結び付けたがる。あるいは聖戦、八紘一宇、大東亜共栄圏といった、疾(と)うの昔に誤用済みになった戦争標語を想起させ、あの無謀な戦争に対する反省が足りない、右傾化だ、タカ派だなどと、どこの国の新聞だか分からないようなことを言い出す。誰がいまさらあの無謀な戦争を再現しようと思っているのか‥‥。常識的に考えたらすぐに分かることである。やはり朝日は現実からズレている。
では、なぜ「大東亜戦争」と言う呼称が問題ではないのか。戦後の日本人は、アメリカの立場からの「太平洋戦争史観」、ソ連の立場からの「帝国主義戦争史観」、中共の立場からの「抗日戦争史観」を学ばされてきた。確かにあの戦争は、アメリカに従えば、デモクラシーのファシズムに対する勝利であり、ソ連に従えば、米英帝国主義対日独帝国主義の衝突であり、中共に従えば、日本帝国主義の中国侵略のみじめな挫折である。つまり、我々が学ばされてきた歴史は、いずれも日本を戦争犯罪の国として呪った、ウソと偏見で塗り潰されてしまった歴史観なのである。我々日本人自身が体験した、自らの視点から見た歴史観ではない。
繰り返すが、マッカーサーの占領政策は日本人に“伝統と伝説と神話”を憎悪するように仕向け、その方向に日本の歴史を統制した。日本人を精神的にもアメリカ陣営に隷属させる意図があったのである。また、マルクス主義者たちは、夢中になって日本の歴史を醜く無価値に書き上げた。不正と横暴の歴史として宣伝することが、社会主義革命に役立つと考えたからである。
アメリカ流にせよ、マルクス主義流にせよ、それらの歴史書は日本を侵略主義国として描いた。戦争犯罪の国として呪った。今でも我々が学ばせられている歴史教科書は、基本的には変わっていない。小中学校では、幕末以後の歴史を「日本という後進的な封建国家が、明治維新の文明開化このかた、不合理性を内包したまま約80年間、海外へ侵略戦争を必要に応じて挑み、西欧諸国の権益と常に衝突した。ついに、西洋諸国の連合軍が太平洋戦争で日本の天皇制ファシズムを打ち破った。日本は目覚めて、理性的な近代国家になるため、社会主義や民主主義の長所を採り入れ、平和を維持しながら、今日、進歩繁栄しつつある」と‥‥。
要するに、“日本人の日本人による日本人のための歴史”ではないものを、依然、我々は強要され、学ばされているということなのである。そこには日本が歩んできた日本人としての史実、視点が欠落している。「太平洋戦争」「帝国主義戦争」「抗日戦争」と、さまざまな立場や思惑によってその呼称は違う。だが、そこには日本人として日本に立脚した歴史観はない。戦後ももはや半世紀以上が経過した。いい加減、その日本人としての視点を排除した、ウソの歴史の呪縛から脱したらどうなのか。
大東亜戦争‥‥。麻生総理がどういう意図で述べた言葉だか分からないが、その言葉の意味するところは大きい。日本人が日本人の歩んできた歴史を自らが問い直す、あるいは、戦後形成されてきた価値観を自らが問い直す。そういった意味で、この日本人の視点に立つ「大東亜戦争」という呼称は、たいへん意味深い。我々は「太平洋戦争」などではなく「大東亜戦争」とむしろ積極的に呼ぶべきなのである。
shiraty5027
|