北朝鮮問題

硬軟、落差の激しい不思議なブログ

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韓国SBS:さっそく「なかったこと」に‥‥

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           国会玄関 忠武公は 「中国の鎧(よろい)を着た日本の武士」?

 忠武公李舜臣将軍が 「中国鎧(よろい)」を着て「日本武士」のように刀を持って立っていたらどうでしょう? こんな姿の忠武公銅像が、国民の代表機関である国会議事堂玄関に30年以上立っています。
 ナム・スングモ記者です。
 【記者】
 国会議事堂玄関に立ち入れば、すぐ左側には世宗大王銅像が、右側には忠武公李舜臣将軍の銅像が立っています。李舜臣将軍が左手に握っている刀を見れば刃が裏側、みねが先方を向いています。いわゆる「本」(?)と呼ばれる日本剣法で刀を取る方式のようです。「朝鮮税法」(?)のような私たち伝統剣法によれば、刃が先方や、下側を向けるように握らなければなりません。
 李舜臣将軍が倭賊の総帥のように刀を逆に握っているという話です。
                     ― 中略 ―
 鎧(よろい)も問題です。
 歴史的な考証を経って製作された忠南牙山市の忠武公銅像と比べて見ました。朝鮮時代の鎧は、ツルマキのように全体が一着につながっています。ところが、議事堂の銅像は肩、胴、下体別でそれぞれ分けられている鎧を着ています。典型的な中国の鎧です。
                     ― 中略 ―
 この銅像が建立されたことは去る1973年。幾多の外交使節たちが出入りする国会議事堂玄関で、韓国を代表する象徴である忠武公銅像は、中国鎧を着て日本武士のように刀を握ったまま30年以上立っています。

                           ※ (?)は筆者意味不明  ( 『 SBS 』 2008-10-25 20:41 )

 この記事を書いている途中、問題の銅像の写真をアップしておこうと思い、SBSにアクセスするけれどもつながらない。何度やってもつながらないので、“2ちゃんねる”でもきっとこのニュースが取り上げられているだろうと思い、その“2ちゃんねる”へ行ってみた。すると、あったあった。『【韓国】 国会玄関の忠武公李舜臣像は「中国のヨロイ着た日本武士」?[10/25]』。だが、ここにあるソース元(SBS)にアクセスしても、やはりつながらないのだ。

 思うに、韓国では最近、日本の“2ちゃんねる”に対して監視が厳しいという。少しでも自国に不利なことが書かれてあると、何らかの対応策を講じているらしいのだ。多分、韓国側はこの記事を見て、アクセス拒否の措置をとったのだろう。それにしても、実際の写真をお見せできないのは、とても悔しい。

 確かに国会議事堂玄関にある李瞬臣の銅像は、中国式の鎧を着て、日本刀を持つように、刃を手前にして峰が外を向くようにして持っていた。朝鮮は長い間、中国の属国(ひよっとして今も?)だったから、当然、中国式の鎧を着ているのは頷ける。また、35年間も日本の庇護を受け、近代化に成功したのだから、当然日本に対する憧れがあって、無意識のうちに刀を日本式に持つイメージが働いたことも頷ける。

 このSBSの報道は、結果的に韓国人の自尊心を著しく傷つけることになった。がははははは。国会議事堂玄関に30年間もの間堂々と据えられていた、韓国人の誇りを象徴する忠武公の銅像を“まじまじ”と眺めたら、その嘘が“まじまじ”と見えたというお話である。「抵抗と栄光の歴史」が、もろくも瓦解していく瞬間であった。やはり、嘘で嘘を塗り固めた韓国の歴史は、その化けの皮が剥がれるのもはやい。

 おそらくSBSの記者は、スクープとしてこのニュースを国内向けに取り上げたのだろう。ところがあっという間に日本のネットに取り上げられ、笑いのネタにされた。「いや、そもそも中国の鎧も日本の刀も、韓国が起源なのだ」という、いつもの“ウリナラ起源説”を持ち出す時間的な余裕がなかった。そこで、慌ててこのニュースのアクセスを遮断し、そもそもこのニュースは“なかったこと”ととして処理した。史実を捏造・歪曲し、それでもダメなら、その史実を隠蔽し“なかったこと”にてしまう。いかにも韓国らしいではないか。がはははははは。

多分つながらないと思うけど
      ↓
ソースSBS
http://news.sbs.co.kr/section_news/news_read.jsp?news_id=N1000491339

追  伸
 ブログのご意見番、masato氏から、それは単に回線の混み具合が問題なのではないか、とのご指摘がありました。確かにそうなのかも知れません(masato氏はこの分野のエキスパート)。現にmasato氏から送られてきた写真を、遅れてこのブログの記事のトップに掲載しました。でも、話としては「韓国側が日本からのアクセスを遮断した」という方が面白いし、実際それが可能なら韓国人ならやりかねないことだと思います。いずれにしても、韓国人がこのニュースで墓穴を掘ったことは確かで、韓国人の国民性を知る上ではあまり問題がないご指摘なのではないかと思います。いや、そう思いたい‥‥。韓国人を知る上で大局に変化なし、と判断したうえで、あえて記事を手直ししません。明日も上記サイトにつながらなかったら、どうしてくれます? masato先生!

お詫びと言い訳
 たった今(10/26.18:49)、上記サイトにアクセスしたところ、SBSニュースにつながりました。画像はどういうわけか動きませんが、ニューそのものを隠蔽しようととしていたのではなかったことが判明いたしました。ごめんなさい。しかし、そのことによって韓国人の欺瞞が一切解消されたわけではありません。依然、歴史を捏造・歪曲している姿勢は変わりませんし、それを訂正する姿勢があるわけでもありません。従って、「日本からのアクセスを遮断した」というのは誤認でありましたが、韓国人の歪んだ国民性はいささかも変わっていません。むしろ、問題はこのニュースそのものにあるわけです。以上、筆者よりお詫びと言い訳をこめて。

検証写真

イメージ 2


イメージ 3

           確かに李舜臣の刀は、刃が手前に、峰の部分が外に向いている。


イメージ 4

       朝鮮古来の鎧はワンピースなのに、右側の李瞬臣のものは三つに分かれている。


shiraty5027

安達二十三中将 (四)

イメージ 1 九月二十二日、第五十一師団はサラワケット山に分け入った。白いあごひげにおおわれ、乃木将軍に酷似した中野中将は、一本の杖にすがって身を運んだ。

「今から考えても身の毛がよだつほどの“死の行進”であった」と、中野中将は回想するが、すでに弱りきっている第五十一師団将兵にとって行軍は負担が多すぎた。サラワケット山の急斜面にかかるまでに、約二百人が倒れた。

 食料は乏しく、しかも連日豪雨に襲われた。疲れ果てた将兵の中には、踏みしめる足の力も衰え、あるいは生きる気力を失って小銃、手榴弾で自決する者、岩角から声もなく断崖を落下するものも少なくなかった。おまけに、寒い。熱帯地方とはいえ、高山の夜は零下二十度にも冷え込み、夏服一枚でマラリアを病む兵は、五人、十人とひとかたまりに凍死した。

 サラワケット越えで、どれほどの将兵が倒れたかは不明である。約千人とも、約二千人ともいう。

   すでに乏しきわが糧に
      木の芽草の根補いつ
   友にすすむる一夜は
      「サラワケット」の月寒し

 この第五十一師団の軍歌「サラワケット越え」の一節に、当時の悲境がうかがえる。

 安達中将は、第五十一師団の先頭がサラワケット山を越えてキアリ部落に達した、と聞くと、直ちにキアリに司令部を進め、毎日、よろよろと密林からあらわれる将兵を、泣きながら出迎えた。

 ガダルカナル島の戦いは、飢えと病魔の二重苦の戦いだといわれる。ニューギニアの第十八軍はさらに長行軍を加えて三重苦と戦ったのである。が、その三重苦の戦いは、サラワケット越えで終わらず、第十八軍は米・オーストラリア軍に追われて転進を重ねながら、昭和十九年四月下旬には、ウェワク付近で孤立した。西方のアイタベ、ホーランジアに米軍が上陸して退路を遮断されたからである。

 安達中将は、アイタベ攻略を決意した。そのままでは、海軍部隊を含めて約五万四千人に減少していた第十八軍も、十月末には全軍飢え死にと判定されたからである。しかし「猛号」作戦と名づけられ、七月十日から開始された攻撃も、八月四日には中止せざるをえなかった。損害約一万人を数えた。

 安達中将は、自活による持久を指令した。「それから約四ヶ月間の安達中将は、食糧技術者であり、医者であり、宗教家であり、行政家であった」と、参謀の一人田中兼五郎少佐が回想しているが、中将はそれまでの教養のすべてを絞り出して、各部隊の生活指導に当たった。

 安達中将の体重は十三貫(48.75kg)に減り、持病になっていた脱腸は悪化し、歯はほとんど抜け落ちていた。しかし、中将は、自身のことはいささかも顧みることなく、密林をこえ、川を渡って、どんな遠い小部隊も訪ねて、激励した。

 サゴ椰子の実からとる澱粉が、主食であった。その採取法、また病人運搬法と永住農園の開拓計画など、生活の基本設計はすべて安達中将の考案であった。原住民に対しても、自ら杖をついて酋長に面会して、協力を求めた。

 田中少佐は「あの困苦の戦場で、第十八軍にただ一人の抗命者も出なかったのは、安達中将の“無私無雑”の指揮のおかげであった」と強調するが、安達中将の真面目な姿勢は、原住民にも感動を与えた。

 原住民たちはすすんで自分たちの食糧を日本軍に提供し、そのための餓死者も発生するほどであった。

(五)[最終回]につづく。


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