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2008年10月31日
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中国の嫌韓状況:中間報告 「イエス・キリストは韓国人」で、中国の掲示板が“炎上”
中国でインターネットの掲示板(BBS)に「イエスも韓国人にさせられる運命から逃げられなかった」とのタイトルで一連の写真が掲載されたことで(画像)、中国のインターネット・ユーザーが反発している。 写真の投稿者は、「捏造(ねつぞう)ではない。韓国内の神学校で生命の危険を冒して撮影してきた」と説明。掲載されているのは、聖書にあるイエス・キリストの生涯の有名なシーンを題材にした一連の絵画だが、人々の服装はすべて韓国の民族服。風景や家屋も、すべて韓国のものだ。 同投稿への感想では「厚顔無恥」、「宇宙一の想像力」、「哀れな人々」、「宇宙創造のビッグ・バンも、韓国人が実施した」など、非難や揶揄(やゆ)の書き込みが相次いでいる。韓国人を指す差別用語を使っているケースもみられる。 ただし、「中国でも聖母マリアを中華風にしたことがある。現地化の一例にすぎない」、「絵画化しただけ。韓国人と直接言っているわけではない」との冷静な意見もある。 中国では、韓国や韓国人を嫌う感情が高まっているとされる。ビジネスや留学で韓国人と接触する機会が増えた結果、「はっきりした理由もなく、自国や自民族の優位性を強調する人が目立つ」(30代中国人・男性)との声が聞かれる。 なお、上記中国人によると、「日本人も同様の発言をする場合があり、反感を覚えることがあるが、日本人は根拠を示そうと努める傾向が比較的強いように思う」という。 韓国については、同国の研究者が「漢字を作り出したのは韓国」、「孔子は韓国人の血筋だった」との説を発表したことが中国でも報道されたことも「反韓感情」を強めた。2005年に韓国の「江陵端午祭」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことでも、「端午節という中国の文化を横取りした」との反発が強まった。 さらに、韓国のテレビ局SBSが8月8日の北京五輪開会式のリハーサルを秘かに撮影して事前に放送したことでは、中国メディアを含め、猛烈な非難の声が上がった。 中国では、韓国メディアの朝鮮日報の報道として、ソウル大学の教授が「大量の史料を調べた結果、イエス・キリストは韓国の血筋を引いていたことが判明した」と発表したと伝えられたことがある。 ( 『 searchina news 』 2008/10/30 12:37 )
shiraty5027 |
在日朝鮮人4世に思う 「“きれいなお姉さん”捜す韓国観光客に驚いたんです」
「韓国観光客は、タシュケントにだけ留まってゴルフをして帰る方々が多いです」 「こんな事を言ってよいか分かりませんけど‥‥」と韓国人観光客ガイド体験を打ち明けた。「韓国男性の方々は、ゴルフをした後、100人なら100人みんな、夜にお嬢さんがいる居酒屋への案内を要求します。それから、悪口を言います。「ウズベクはホテルも良くないし、食べ物も良くない。見るところもない。お嬢さんぐらいきれいじゃなきゃならない。韓国のタレント似ている美人というのがこれか」と怒ります。 彼女は初めは驚いたが、同じ事が何回も繰り返されて慣れたという。韓国は一回だけ、一週間の訪問をしたという彼女は「それが元々韓国文化ではないんですか」と聞き返した。タシュケント市内にできたカラオケはほとんど韓国人観光客のためで、1次・2次・3次会まで行ってお酒を飲む文化はなかったが、すでにタシュケントで普遍化されていると言う。 タシュケント近郊にあるゴルフ場はウズベキスタン唯一のゴルフ場だ。韓国人が運営して、主な顧客も韓国人だ。「ヨーロッパ人の場合、サマルカンドやブハラの1ヶ所だけ3〜4日ずつ泊まって集中的に遺跡を見て回ります。サマルカンドレギスタン・スクエア広場に何時間も座って寺院建築を鑑賞する人々をたくさん見ました。ところが、韓国の方々は“またティム−ル帝国の話か。もうあきた”と大声を出します」 イ・マリーナさんは大変でも収入が良いガイドの仕事をしばらく続ける予定だ。一般会社の月収が300〜400ドルであるのに比べてガイドの仕事をなら600〜800ドルを儲けることができるからだ。「付き合っているボーイフレンドと結婚するまではガイドの仕事をするつもりです。いつになるかわからないけれど」 ( 『 ハンギョレ新聞 』 2008-10-29 08:26:12 ) 60年代の「農協ツアー」、つい近年まで盛んだった「キーセン・ツアー」(筆者には無縁)を髣髴とさせる。まぁ不潔! それにしても、恥さらしもいいとこだ。このお笑いタレント“ダウン・タウン”の浜田の奥さん(小川菜摘)似のガイドさんのように、海外で生まれ育った朝鮮人4世ともなると、遠い母国から来るツーリストたちの醜さがよく分かるのだろう。 さて、昨日自分の記事のことで、慶応大学教授・渡辺吉鎔(キルヨン)先生の若いときの写真をネットで検索していたら、総合講座の授業『総合政策と言語』のビデオ(註2)がたまたま目にとまった。そこで、後半の渡辺先生と学生たちとの質疑応答を見ていたら、2名の在日の学生が「在日差別の現状をどう思うか」、「日本は歴史を正しく学んでいないから、他のアジア諸国と共存できない。その点をどう考えるか」といった、相変わらず馬鹿な質問をしていた。おそらくこの在日学生たちは、すでに3世か4世である。つまり、記事にあるウズベキスタンのガイドさんと同じくらいの年恰好なのである。 なぜこうも、ものの見方や考え方に開きがあるのだろうか。片やガイドさんは遠い母国を冷静に客観的に捉えている。つまり常識的な観点という意味で、グローバルな視点で事象を捉えているのに対し、片や在日の学生たちは、相変わらず偏狭なものの見方や考え方でしか事象を捉えられていない。それは対象となる問題が違うからというのではなく、やはり本質的には同じところに根ざす問題なのではないか。 その在日学生同士の立場にも違いがあった。一人の在日学生はおそらく韓国系の在日で、ひたすら在日に対する差別をネガティブに捉え、その現状を訴えようとしていた。まさにやり場のない恨(ハン)の発露の場として、この質疑応答に臨んでいた。一方の在日学生は、自ら朝鮮学校出身だと胸を張り、前者の在日学生に対し「お前は祖国に誇りがないのか」と非難していた。両者の質疑を見ていて、南北朝鮮人たちの縮図を見ているようであった。 要するにこれは、彼らが育ってきた「環境」と「教育」に問題があるのではないか。朝鮮学校出身者は言うまでもなく、彼らは閉鎖的な在日社会の中にあって、ひたすら日本や日本人に対する憎悪と馬鹿げた民族のプライドだけを擦り込まれてきた。自由な日本の社会にあって、なお閉鎖的な環境と教育が、彼らをそうした呪縛から解き放たないでいるのである。外国(日本)に居ながら強固な精神的ムラ社会を形成し、独特なコミュニティを形成する在日たち。それを許している日本の社会にも問題はあるが、やはり彼らの日本に対する「甘え」、日本人に対する「甘え」にこそ、その一番の問題があるのではないか。 あくまでも馬鹿げた「自民族の優位性」を誇り、ありもしなかった「抵抗と栄光の歴史」を信奉し、日本を、あるいは日本人を蔑むのなら、さっさと祖国へ帰るがいい。そうでなかったら、日本に生まれ育ったことに感謝し、はやく国籍をとって日本に帰化し、日本人として誇りを持って生きるべきである(本当は帰ってもらうのが一番なのだが)。在日にとっての選択肢はそのいずれかである。日本に居ながらにして、いつまでも、ねちねち、うだうだ、不平不満、文句ばかり言っていてもらっては、はなはだ迷惑なのである。 ウクライナのガイドさんの記事を読んで、ふとそんなことを思った。 註1:強制移住高麗人 戦前のソ連時代に、スターリンによってシベリアや朝鮮の国境沿いに住んでいた朝鮮人が十把一絡げで、強制的に中央アジア各国(当時はソ連領)に移住させられた。朝鮮人ばかりではなく、ウクライナに住んでいた少数民族などの強制移住も行われ、多くの悲劇を生んだ。 shiraty5027
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ナゾの反転:栗田健男中将 (四)一方、キンケイド中将は、サンベルナルジノ海峡の出口は、ハルゼー大将の守備範囲だと考えていた。第三十四機動部隊が栗田艦隊を迎撃するもの、と信じていた。西村、志摩両艦隊との交戦で、キンケイド艦隊の徹甲弾(註1)は極度に不足している。まずはハルゼー艦隊の働きに期待する状況でもあった。 かくて、ハルゼー、キンケイド両提督は、互いに相手が仕事をするものと思い込み、おかげで、サンベルナルジノ海峡の出口はおろか、レイテ湾に至る“花道”まで、栗田艦隊に開放する結果になったが、被害を受けたのは、栗田艦隊に発見されたC・スプレイグ少将の第七十七・四・三部隊である。 第七十七・四・三部隊は、第七十七・四機動隊の一部で(他に第七十七・四・一、第七十七・四・二部隊)、商船または油槽船を改造した特設空母6隻、駆逐艦3隻、護衛駆逐艦4隻から成っていた。空母とはいえ、戦闘機、雷撃機をそれぞれ12〜28機積み、装甲の厚みも0.5インチ、速力も18ノットでれば機関長が祝杯を上げるといった程度で、前夜、西村・志摩艦隊との戦いに邪魔にならぬよう、キンケイド中将の命令でレイテ湾北方に退避していた。 むろん、スプレイグ少将も栗田艦隊の接近は知っていたが、とっくにサンベルナルジノ海峡付近でハルゼー艦隊に撃滅されているものと想像していた。 それだけに、午後6時45分ごろ、レーダー室から突然「目標あり、北方、正体不明‥‥」という報告を受けたとき、旗艦・空母「ファンショウベイ」の艦橋にいたスプレイグ少将は、それはハルゼー艦隊だと思った。 ところが、哨戒機は「敵水上部隊発見」と告げ、よく確かめろ、という少将の指示にかぶせるように、パイロットの上ずった声が艦橋ラジオに響いた。 「間違いねェ、パゴダ・マストだ」 日本軍艦のマストを、米海軍はビルマ、インドのパゴダ(仏塔)に見立てている。 「どうしたんだッ」 ― と、スプレイグ少将は仰天して双眼鏡を覗くと、水平線に点々とまぎれもない日本戦艦のマストが浮かび上がり始めた。 「針路90度、全速、全機発艦、全艦煙幕をはれ」 戦艦と特設空母では、戦車にワイシャツ姿で立ち向かうにひとしい。スプレイグ少将は、悪寒が背筋を走りすぎるのを感じながら、あわてて退却を命じたが、とたんに空中に急行列車のような怪音が響いたと思うと、まわりに砲弾の水柱が林立した。 「大和」の初弾斉射であるが、続いてほかの艦の周囲にも、日本艦隊が撃ち出す砲弾が水柱を吹き上げた。弾着位置を知るための着色弾らしく、水柱は緑、黄、紫、赤などに染まっている。演習なら美しいとも思うが、実戦となれば美しい色彩も不気味に見える。スプレイグ少将の耳に、一人の水兵の叫びが聞こえた。「ヤツらは“テクニカラー”(天然色)で攻めてきたァ」 戦いは、一方的に見えた。スプレイグ部隊にできることは、3隻の駆逐艦、4隻の護衛駆逐艦に反撃させ、そのすきに逃げるだけである。7隻の駆逐艦にしても、戦艦、重巡をそろえた栗田艦隊に何ほどの抵抗ができるとも、思えなかったからである。 だが、戦闘は意外に長引いた。ひとつには、栗田艦隊は文字通りの「不意遭遇戦」であったので、陣形が不整のまま突撃した。各個戦闘の形になり、集中射の威力を発揮できず、また、スプレイグ部隊の母艦機の攻撃、駆逐艦の雷撃回避で手間取り、なかなか追いつけなかったことなどが、原因である。 おまけに、空母には次々に命中弾が認められるが、沈まない。徹甲弾なので、薄い艦体を突き抜けてしまうのである。それでも、午前9時ごろには、空母1隻、駆逐艦2隻、護衛駆逐艦1隻が撃沈され、ほかの艦も傷つき、スプレイグ少将は、最期の接近を覚悟した。 (五)につづく。 註1:徹甲弾 装甲に穴をあけるために設計された砲弾。 参 考 『 指揮官 』 ( 児島譲著:文芸春秋 1971年 ) 『 Wikipedia 』 shiraty5027
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