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2008年11月03日
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ナゾの反転:栗田健男中将 (七)小柳参謀長によれば、レイテ沖の戦いが始まるまでに判明していた敵情は、出撃前に偵察機が見たものと、10月24日朝、西村部隊重巡「最上」水偵機がレイテ湾上を飛んだときのものだけである。他には、ない。 これらの情報によると、敵機動部隊は『ルソン島沖』『サンベルナルジノ海峡沖』『レイテ沖』の山群がいる。そして、レイテ湾内には「輸送船80隻」、また湾外に「戦艦4隻、巡洋艦2隻」がいる、という。 栗田艦隊が遭遇したのは、三群の機動部隊のうち、最南端の『レイテ沖』部隊であり、南西方面艦隊がいうのは中央の『サンベルナルジノ海峡』部隊であろう。 小柳参謀長は、もうひとつ、敵信班が伝えた敵の電話情報を重いだした。敵はレイテ島のタクロバン飛行場を使用している、という。 もし栗田艦隊がこのままレイテ湾に突入すれば、運動し難い狭い湾内で、湾内の敵艦、背後の機動部隊のほかに、陸上基地の航空機の攻撃も受け、三方から袋叩きにされる可能性がある。 一方、味方の情況はどうか‥‥? 西村部隊からの連絡はない。撃滅されたことは明らかであろう。小沢部隊からも、24日夜、機密第二四一七一五(24日17時15分の意味)として、その前衛部隊がルソン島東方海面の“残敵撃滅”に向かう旨を知らせてきただけである。機動部隊とはいえ、ほとんどハダカの空母だけの小沢部隊である。“つぶれた”のではないか。 まず、栗田艦隊は“孤立無援”状態になっているとみるのが、自然である。むろん、これは覚悟の前であるが、栗田艦隊は戦艦4隻、重巡2隻、軽巡2隻、駆逐艦7隻に減少したうえ、ほとんどの艦は被害を受けている。 将兵も疲れている。23日からほぼ不眠不休の配置であり、戦闘の連続である。緊張しているおかげで、夢中で戦っているようだが、疲労のために倒れたという報告も耳に入っている。 小柳参謀長自身も、「愛宕」沈没の際、海中に入るときに舷側の金具で大腿部をうち、痛みのために杖にすがり、艦橋に座り込んでいた。水筒の水を飲み乾パンをかじることもあるが、ほぼ“飲まず食わず”の状態ですごしてきた。別に疲れたという感じはないが、疲労は身体の奥深くによどんでいるに違いない。艦隊将兵の全員が同じだろう。 事実、栗田艦隊将兵はきわめて疲労してた。たとえば戦艦「金剛」は戦闘中に弾庫員数人が熱射病で倒れたが、その主因は弾庫内の温度上昇(摂氏30〜32.5度)と空腹にある、と指摘している。また、戦艦「榛名」の戦闘詳報によれば ― 、 「今次の如き長期連続的空襲では、兵員の体力、精神力の消耗大にして‥‥緊張の連続の結果、食欲不振に陥りたる者多数あり‥‥戦闘配置長時間のため飲料水不足し‥‥一人当たり十リットルは必要‥‥見張員の疲労極度に達したるを以って、その中間に『コーヒー』『紅茶』『特殊栄養食』『果実酒』等を与えたるところ、見張員活気を呈し、良く奮闘せるを認めたり‥‥」 そこで、小柳参謀長は、考える。 ― 栗田艦隊にとって、レイテ湾に進むのも“死”、北転して新敵機動部隊に向かうのも“死”、いずれにしても眼前に用意されているのは“死の道”であろう。なぜなら、栗田艦隊には、おそらく、あと一回は戦う力はあっても、二度の余力は残っていないからである。では、サンベルナルジノ海峡沖か‥‥。 その裁断は、参謀長ではなく、司令長官の権限である。小柳参謀長は、足を引きずりながら、タラップをのぼり、栗田中将を作戦室に招じ入れた。 (八)につづく。 参 考 『 指揮官 』 ( 児島譲著:文芸春秋 1971年 ) 『 Wikipedia 』 shiraty5027
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