南京大虐殺記念館:虚しい日本政府VS田母神手記
南京虐殺記念館に1年で500万人=新華社
【上海26日時事】 26日の新華社電は、昨年12月に再オープンした中国・南京市の南京大虐殺記念館の参観者が1年足らずで500万人に達したと伝えた。外国人は日韓などアジア諸国を中心とした44万人。1985年の開館以来、参観者の累計は1897万人になったという。
朱成山館長は「実証性が際立つ資料展示が参観者を引き寄せた」と強調。ただ、日本政府は事前説明とずれがあるとして、展示内容の見直しを申し入れている。
( 『 時事通信 』 2008/11/26-23:32 )
2007年12月13日にリニューアル・オープンした『南京大虐殺記念館』。オープン当初、日本総領事館の隈丸優次総領事は「事実関係に疑義がある展示がある」と南京市幹部らに見直しを求める申し入れを行っていた。「隈丸総領事はこのほど南京市幹部や記念館の朱成山館長らと会談、日本政府の“問題意識”を伝達した。この中で総領事は(1)残虐性が強調されており、(日本への)恨みを引き起こすという懸念がある。(2)国交正常化以降の日中関係の進展などについての展示が不十分−などと指摘、福田康夫首相の訪中など日中間の“良い雰囲気”が反映されていないとの見方を伝えた」(新潟日報・2007.1.16)。ところが今回の記事でも明らかなように、中国側は日本政府の意向などどこ吹く風。着々とありもしない「南京大虐殺」を、これでもかというほど捏造し、依然として反日洗脳教育として利用している。
昨日発売された『Will』 ― 田母神前空幕長独占手記50枚 ― を読んでいたら、丁度、田母神氏が中国で中国の軍幹部と歴史討論をしたときの話が載っていた。これは、今後の対中外交を考える上で非常に示唆的なものを含んでいるので、その部分を紹介したい。
中国軍幹部と歴史討論 ( 『Will』 田母神前空幕長独占手記より )
平成十六年(2004)、私は中国を訪問した。統合幕僚学校四十三期一般過程学生を引率しての海外研修だった。私にとっては初めての中国訪問で、総参謀部の建物は防衛省の建物を凌駕する豪華な造りで圧倒されてしまうほどだった。
私は参加した学生たちとともに総参謀部ナンバー2の範長龍(ハンチャンロン)参謀長助理と面談した。
面談で範中将は歴史認識についてとうとうと語り始めた。
彼は中国の瀋陽軍管区、すなわち旧満州の生まれで、子供のころから両親や親族から日本軍の残虐行為を繰り返し聞かされ、その話は彼の体に沁みついており到底忘れることができないと切り出してきたのである。彼の目つきは険しく表敬訪問を受ける顔つきではなかった。
私は彼が歴史認識を持ち出してくることを予期していた。前日の国防大学での教官との面談で私は、先方が持ち出した意見に対し、「日本軍は中国に対して悪いことばかりしたとは思っていない。また、中国は些細なことでも外交問題にするが、日本は中国人の犯罪でも外交問題にすることはしない。まして靖国参拝は日本の内政問題である。日中関係の前進のためには中国が反日教育をやめることが重要だ」などと話していた。
当然、範中将にはそのことが伝えられていると考えたからだ。
範中将の話が終わる様子がないので、私は手を挙げて話を遮って次のように発言した。
「私の歴史認識は範中将とはまったく異なる。私は端的に言って、日本軍が中国に対して悪いことをしたとは思っていない。日本は諸外国との比較で言えば、極めて穏健な中国統治をしたと思っている。日本人の中には範中将と同じ見解をもつものもいるが少数派である。平和な時代にも暴行はあるし殺人もある。
それだけを取り上げて残虐行為が頻繁に行なわれたという中国側の歴史認識にはまったく同意できない。日本軍が実質、満州を統治するようになってから満州の人口はどんどん増加している。それは満州が豊かで治安が良かった証拠である。残虐行為が行なわれる場所に人が集まるわけがない。
私は中国が日本に謝れというならば、イギリスにたいしてはその五倍、十倍謝れと言ってやっとバランスが取れると思っている。それでも中国が日本に対してだけ残虐行為を吹聴するのは何か目的があるからに違いない。
日本はアメリカから原子爆弾を投下され、東京大空襲も受けた。今日で言うところの民間人に対する無差別テロである。しかし、日本はもはや日米会談の度にアメリカに謝罪要求することはしない。そんなことを言っていては日米関係が未来志向の関係にならないからである。
しかし中国は日中会談のつどそれをやっている。そのことが日中関係を阻害していると思うし、ぜひ中国における反日教育をやめてもらいたい。また江沢民氏が訪日し、日本の方々で歴史認識を言って回ったが、日本人の多くが大反発した。彼は日本人に大変嫌われている」
私が話し終えたあと範中将はややびっくりしたような表情に見えたが、「歴史認識の違いが日中軍事交流の妨げにならないようにしたい」との趣旨を語った。その場はそれで終わったのだが、私は私の発言に対するリアクションを心配した。何しろ相手は中国である。
案の定、中国を出国するにあたって私が開いた答礼の宴に中国側からは誰も将官が出席しなかった。
私たちの中国訪問は六月の初めだった。そして中国国防大学の統幕学校訪問が七月の初めに予定されていた。
帰国後まもなく中国側から中国国防大学研修団の統幕学校訪問を取りやめると連絡してきた。中国がよくやる手口だ。私はもともと、国益を損なってまで中国と交流する必要はないと思っていたから、来てもらわなくても結構だから心配するなと統幕学校のスタッフには伝えていた。
しかし、どういう風の吹き回しか七月の訪問予定の直前になって再び訪問を申し入れてきた。私は歓迎すると答えて研修団を受け入れることにしたのである。
※ 太字はshiraty
日本政府が、いくらありもしなかった「南京大虐殺」の展示物の見直しを中国側に要求しても、そんなことを中国側が聞き入れるはずがない。自分たちの目的、すなわち、歴代中共政府が人民の求心力を得るために捏造利用してきた『抗日戦争史観』、日本軍による不正と横暴、虐殺といった荒唐無稽な歴史観を改めるわけがない。むしろ、残虐であればあるほど、中国政府にとっては都合がいい。
政府の弱腰な対応と比べ、何と田母神氏は真に日本国を代表するような、毅然とした立派な態度であることか。言うべきことははっきりと言う。手記によれば、そのことで相手の将官は「歴史認識の違いが日中軍事交流の妨げにならないようにしたい」と怯(ひる)むのである。その後、田母神校長が主催する答礼の宴に中国軍高官が欠席したり、統幕学校への訪問をキャンセルしたりと嫌がらせをするが、結局は再び統幕学校訪問を申し入れてくるのである。つまり、相手が誰であろうと、はっきり国益を念頭において自国の主張を堂々と明確にすることが、いかに大切であることかが分かる。
それに田母神校長の「(中国国防大学に)来てもらわなくても結構だから心配するな」という部下に対する指示も心強い。外交儀礼上、答礼訪問は国際的な慣例である。政府の面子を心配し、中国の顔色を窺う統幕学校のスタッフたちにとって、田母神校長の泰然自若とした明確な指示はありがたかったに違いない。これが信頼される上官のあるべき姿であり、上官と部下との揺るぎない信頼関係を育む基本なのである。上官を政府に、部下を国民に置き換えても同じことが言える。国民に信頼される政府‥‥。やはり、政府は田母神氏のチンコの垢でも煎じて飲むべきである。
shiraty5027
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