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2008年11月04日
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田母神前空幕長:全会見内容 (2/2)
shiraty5027 |
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栗田中将は黙思した。 小柳、大谷両幕僚の判断の根拠が薄弱であることは明白である。戦場における状況判断は、およそ推理や希望的観測を介入させず、偵察と信頼できる情報という“事実”を基礎にしなければならない。が、両幕僚の主張と指摘はほとんどが推測である。 たとえば、レイテ湾に敵船団はいないだろう、という。しかし、それは偵察の結果ではなく、敵の電話と水平線に見えた敵艦マストによる推理である。 マストはすぐ消えた。誤認ではないのか。かりに間違いないとしても、退避中かそれとも迎撃準備中かは、決めかねるはずである。まして、敵の電話は、はたして百パーセント信用できるだろうか? 戦艦「榛名」の戦闘詳報は「敵は全面的に妨害電波を実施し、その効果大なるものを認む。我方としても積極的に通信攻撃を行うべきなり」と述べている。妨害電波だけでなく、偽電も考えられる。 志摩艦隊ではスリガオ海峡後退後、25日朝、米護送母機の追尾空襲を受けたが、重巡「那智」の敵信班・亀田重雄大尉(ハワイ生まれ二世、明大卒)は敵電話の波長にあわせて「わが母艦に敵襲、直ちに攻撃をやめて帰投せよ」と英語で放送し、まんまと敵機を追いかえした実例がある。 そして、実際にも、栗田艦隊が聞いた電話は、偽電であった。第七艦隊通信参謀R・クルーゼン大佐の演出である。 ちょうど、栗田艦隊がまっしぐらにスプレイグ空母隊に突進しているところである。レイテ湾を守るキンケイド第七艦隊司令官は、ハルゼー艦隊に救援を求めて躍起になっていた。しかし、ハルゼー大将はこれまた小沢部隊に眼を奪われ、度重なるキンケイド中将の依頼にも、うるさそうに「了解」を繰り返すだけであった。 やっと、処置をとったのは、ウルシー泊地に帰還中の第三十八・一機動隊に対する反転命令だが、第三十八・一機動隊の位置は北緯十五度、東経百三十度付近。遥かに北東方であり、栗田艦隊に対する攻撃隊発艦地点をその北東三百三十五マイルとすれば、そこまでたっするのは、全速で走っても午前10時半以前にはならない、と計算された。 「10時半‥‥そのころには、われわれは海の底だ」 「提案がございます。閣下」 がっくりと顔青ざめるキンケイド中将に、クルーゼン大佐が答えた。この際どんな手でも打つべきだが、ニセ電話というのはどうだろう。日本艦隊はこちらの通信を傍受しているに違いない。わざと平文の英語で味方大部隊の来援近しと放送すれば、敵は本気にしないだろうか。 クルーゼン大佐は、幸い、スプレイグ部隊はじめ味方がしきりに平文でやりとりしている。その中にまぎれ込めば真実性を増すはずだ、といった。 「どうやるのかね?」 「まず、敵の位置は貴隊に近い、すぐ攻撃されたしとやり、ついでにすぐ行くという返事もこちらで放送するのです」 「日本人は賢明な民族だ。そんな単純な手口が通用するとは思えんが‥‥」 しかし、他により良い方策があるかといえば、何もない。クルーゼン大佐は、ひとりの通信兵曹を呼び、ニセ放送の要領を指示した。救援依頼は大佐がおこなう。返事役は兵曹。距離感をもたせるために、大佐はじかにしゃべるが、兵曹はハンカチでマイクを覆う。 「いいか、上品にやれ。できればハルゼー大将になったつもりで‥‥いや、大将は特に優雅な会話はしなかったな。そうだ、カーニー参謀長になったと思うんだ」 「全力を尽くしますです、参謀どの」 そこでおこなわれたのが「2時間後救援」会話であったわけだが、もちろん、栗田中将にその事情は分からない。 (九)につづく。 参 考 『 指揮官 』 ( 児島譲著:文芸春秋 1971年 ) 『 Wikipedia 』 shiraty5027
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