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2008年09月27日
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韓国:そこまでやるか〜?韓国の「パクリ」は今さら言うまでもないが、それにしてもその“徹底ぶり”と“とぼけぶり”は、もはや怒りを通り越して“芸術的”ですらあると感じられる。もちろん似非芸術だが‥‥。少々古いニュースだが、今日(9/27)の『enjoy Korea』に「朝鮮半島コピー商品」と題して、daikurouさんという方の記事が載っていたので、以下に引用し、加筆してみた。 この『西日本新聞』(2008年7月16日)に掲載された記事は、以下のとおりである。 福岡や東京の土産用菓子として有名な「ひよ子」にそっくりの商品が韓国内で売られていることが分かった。中身以外に容器などの図柄もロゴをハングルに変えただけで、ほぼ同じ。ひよ子の製造・販売元の「ひよ子」(福岡市南区)側は「技術や販売などの提携は一切していない」として、韓国の製造元に対し「何らかの対応」を取る構え。
韓国で「ひよ子」に似た製品を作っているのは、ソウル近郊に本社がある菓子メーカー。同社によると今年3月から製造を始め、現在月500〜600ケース(11個入り)を製造。主に全国の高速道路休憩所やゴルフ場、免税店などで販売しているという。1ケース9500ウオン(約千円)で日本の商品とほぼ同様の価格設定。 味については「日本のものより皮の部分が少し硬いが、ほとんど同じ」との評価も。商品紹介のしおりには日本のひよ子を意識してか、「90余年間変わらずお客さまの愛顧を受けている、伝統そのままのものです」とハングルで書かれている。 それでも「真似などしていない」としらを切る韓国人。逆に日本が真似をしたのだと言い張る韓国人‥‥。やはり、この民族は地球上からいなくなるのが望ましい。 参 照 僕らはみんな真似をする〜♪ ←必見、ぜひ一緒に歌ってください! shiraty5027
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米原子力空母―平和の要塞となれるか
横須賀を事実上の母港とする空母は1973年に配備されたミッドウェー以来4代目だが、これは初めての原子力推進艦である。 日本の被爆体験への配慮もあって、これまではすべて通常推進型だったが、前任のキティホークの退役で米海軍の空母がすべて原子力化されるのに伴い、今回の配備となった。 この配備は、新旧空母の単なる入れ替わりを超えた意味を持つ。 世界に展開する米海軍だが、外国にある空母の母港は横須賀だけだ。太平洋からアラビア海までをにらむ好条件や、日本政府による手厚い支援があってのことで、横須賀は日米同盟の象徴的な存在でもある。 横須賀を拠点とする米艦は湾岸戦争やイラク戦争でミサイル攻撃の主役を担うなど、活動の領域は日本周辺をはるかに超える。「テロとの戦い」で米軍再編が進むさなか、一段と展開能力を高めた空母がやってきたわけだ。 シーファー駐日米大使が歓迎式典で「米国は日米同盟より重要な同盟を持っていない」と述べたのも、そうした文脈でに違いない。 さらに、原子力空母の配備には、外洋海軍力の建設を図る中国への牽制(けんせい)という意味もある。 米軍に基地を提供し、米軍の抑止力で日本を守る。それが日米安保の考え方だ。新空母の配備で紛争抑止力が高まることは、日本の安全に寄与する。 あの極左売国新聞“朝日”が、とうとう目覚めてくれたのか‥‥。自国を誹謗・中傷し、土下座外交を推進してきたあの“朝日”が、とうとう立ち直ってくれたのか‥‥。長年、友人や知人から「お前あんな売国新聞を購読しているのか」(購読歴22年)と非難され蔑まれてきた私(筆者)。ときには悔しさに涙し、嗚咽をこらえながら“朝日”を読み続けてきた私ではあったが、みんなが嫌う“朝日”を読み続けることによってその不当性から目を放さないという姿勢。いわば、人の嫌がる最前線に一兵士として立ち続けてきたという自負心がある私には、ある種特別な感慨のようなものが込み上げてきた。丁度、みんなが見放した“悪ガキ”を、ときには厳しく、ときには生暖かく見守ってきた教師のような心境である。さて、続きを読もう‥‥。 だがそれと裏腹で、軍事力の展開が逆に緊張を高めることもある。中台関係が緊張した96年、2隻の米空母が台湾近海で示威行動をしたことは記憶になお鮮やかだ。米中関係も朝鮮半島問題も、外交と抑止力がうまくかみ合ってこそ平和につながる。 また、横須賀をはじめ日本を拠点とする米軍の活動について、日本政府はもっと情報提供を受けるべきであり、納税者もそれを踏まえて同盟の運用を議論することが必要だ。 そして、何より大事なことがある。原子力艦の安全対策だ。 この空母に搭載された原子炉の熱出力は商業炉1基に相当する。米軍は過去に原子力艦の大事故はなかったと説明するが、日本に寄港した原潜が微量の放射能漏れを起こしていたことが発覚したばかりだ。事故があっても、機密を理由に情報が開示されない恐れもある。横須賀や佐世保の人々が強い不安を覚えるのは当然である。 そうした事態が現実になれば、基地の安定的な提供などおぼつかない。検査態勢や情報提供の仕組みづくり、いざというときに備えた訓練の実施など、米海軍の最大限の協力を取り付けるのは日本政府の義務である。 なんだ。ちっとも変わっていないじゃないか! やっぱり“朝日”は“アカ匪”だ。 褒めて損した‥‥。 shiraty5027
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在日朝鮮人考これは今日(9/27)の“enjoy Korea”に載っていたzaq123氏の投稿記事である。おそらくこの記事は数年前に掲示板に掲載されたものなのであろうが、在日朝鮮人たちの心理を考える上で、大変示唆に富むものであると思われる。そのまま取り上げてみた。 ある在日朝鮮女性の悩み
ちょっと親しくしている在日韓国人がいる。彼女は海外旅行が好きで、1年以上も日本を離れることも多く、いろんな体験を話してくれた。そのなかで、彼女が在日韓国人であるが故のエピソードがあり、それを紹介したい。 フランスの田舎町で滞在中の出来事。ちょっと油断したすきにカバンを盗まれてしまった。中にはパスポートが入っている。お金や品物はどうにかなるが、パスポートだけはどうしようもない。こういう場合はパリの在仏韓国大使館に行くことになるが、パリまで遠いし、また行っても韓国語を知らないのでチンプンカンプンだろうからと、警察の盗難証明書とともに英語で事情を説明した文書を郵送で大使館に送った。しばらくして大使館から返事が来た。 何とその手紙には漢字が全くないハングルばかりで書かれてある。彼女は一瞬目の前が暗くなった。それを見たフランスの友人たちがどうしたのかと心配してくれて、事情を説明すると、「お前はコリアンなのに自分の国の字が読めないのか。なぜジャパニーズでないのか。なぜジャパニーズにならないのか。」と問われて答えに窮した次第。 結局は韓国語と英語のできる韓国人(在日ではなく本国生まれの韓国人、当然日本語はできない)を探しだして、翻訳してもらって事なきを得た。彼女は英語ができるので通訳は一人ですんだのであるが、英語も韓国語もできないのが大部分の在日の場合は通訳が二人必要で、訳を重ねることになる。 自分の国の大使館とコミュニケーションするのに通訳が必要だということは、考えてみればおかしな話である。 行く先々の国で、自分は日本で生まれ育った在日コリアンで、国籍は韓国だが韓国語は全く分からない、韓国のことは何も知らない、と言ってもなかなか理解してくれない。韓国に行ったことのある人に出会うと、韓国について次々と聞いてくる。特に88年のソウル五輪以降は急に多くなった。しかし韓国の歴史・文化・地理・政治経済状況等を聞かれてもさっぱり分からない。日本なら答えられる。 ついに彼女はパスポートを見せる時以外は、「私はジャパニーズです。」と言うようになった。 彼女はまた1年間ほどの海外旅行を計画した。彼女は若い時にマリファナの体験があったらしく、今度もそれをやってみようかなと言った。私はびっくりして、もしそれをやって逮捕でもされたら、強制送還先は韓国になる。日本はたとえ永住権をもった在日でも、麻薬常習者の入国を拒否するだろう。興味本位であってもそんなことはしてはならない、と注意した。彼女はそうだねえ、もう若くないんだし、タバコも長いこと止めてるし、近づかないようにするわ、と答えてくれた。 10年ほど前になるが、彼女は中南米のある国の人と親しくなって、その人の家を訪問しようとした時のこと。大阪にある領事館に行ってビザを取ろうすると、東京の大使館に本人が直接出向かなくてはビザがおりないと言う。なぜなのかと問うと、わが国は世界中の国をA・B・C・Dの四ランクに分けている、日本はAランクなのでこの領事館で簡単にビザを出せるが、韓国はBランクになるので大使館に来てもらって審査する必要があるということであった。 彼女は、韓国がBランクなら北朝鮮は最低のDランクだろう、北朝鮮の国籍を持っていたら、たとえ在日でも何と海外旅行しにくいことだろうね、と語った。 ほかにもいろんな面白い話があるが、これ位にしておく。 在日朝鮮じんは、日本国内だけで活動する分には何ら支障はない。しかし海外に出て世界的に活動しようとすると、その国籍が支障になってくる場合が出てくる。特に北朝鮮国籍の場合は、「テロ支援国家」と国際的に位置づけられているため、その支障は大きいものがある。 また自国の言葉のできない在日は、海外で事件・事故の遭遇や病気などの万一の事態になったとき、言葉の通じない自国の大使館に行くことは躊躇することになるだろう。 あるいは1989年の天安門事件の際、北京大学に留学していた北朝鮮国籍の在日朝鮮じんが日本人の学友とともに日本大使館に避難した、という事実がある。この人は日本では一貫して朝鮮学校に通って民族教育を十分受けてきたが、それでも大事件に遭遇すると本国である北朝鮮ではなく、日本に保護を求める行動をとった。つまりは本国が北朝鮮であることは頭の中での理解でしかなかった、ということになろう。 在日朝鮮じんが海外に出てみると、自分の民族・国家・国籍・言葉などについて、日本国内では見えなかったことが見えてくるのではないかと思う。 (追記)
掲示板で、「兎」さんという在日の方から拙論に関して次のような感想を頂きました。(2005年9月 3日(土)00時22分付け) (11)「第32題在日朝鮮じんが海外旅行すると‥」を読ませて頂いて、少し辛いと申しましょうか、悲しくなったというのが素直な感想です。 以下、「第32題在日朝鮮じんが海外旅行すると‥」からの引用 >、「お前はコリアンなのに自分の国の字が読めないのか。なぜジャパニーズでないのか。なぜジャパニーズにならないのか。」と問われて答えに窮した次第。 > 自分の国の大使館とコミュニケーションするのに通訳が必要だということは、考えてみればおかしな話である。 > しかし韓国の歴史・文化・地理・政治経済状況等を聞かれてもさっぱり分からない。日本なら答えられる。 > ついに彼女はパスポートを見せる時以外は、「私はジャパニーズです。」と言うようになった。 >、 日本はAランクなのでこの領事館で簡単にビザを出せるが、韓国はBランクになるので大使館に来てもらって審査する必要があるということであった。 (12)私は、心が引き裂かれるほどに、彼女の辛い気持ちが分かります。私も同類の経験をしてきました。しかし、辻本さんは以上を次のような言葉で結んでいます。 > ほかにもいろんな面白い話があるが、これ位にしておく。 (13)大変失礼ですが・・・・何が面白いのでしょうか? 日本では朝鮮じんと言われ、韓国に行けば「ハンチョッパリ」と言われ、日本人なのか?朝鮮じんなのか?自分は一体何者なのか?自己の存在証明を見出す事が出来ないでもがいている彼女のあり様が、辻本さんには「面白い」のでしょうか? (14)更に、「在日朝鮮じんは、日本国内だけで活動する分には何ら支障はない。」と辻本さんは言われますが、本当にそう思われているのなら、真に残念ながら辻本さんの「在日」に対する事実認識は無きに等しいと言わざるを得ません。 「第32題在日朝鮮じんが海外旅行すると‥」からの引用 > 在日朝鮮じんが海外に出てみると、自分の民族・国家・国籍・言葉などについて、日本国内では見えなかったことが見えてくるのではないかと思う。 (15)これは、「在日」に限らず、日本人、いいえ全ての人に言えることです。海外に出て見ると、誰もが、自分の民族・国家・国籍・言葉について改めて考えさせられるのです。 > 諸外国では、韓国人でもなく日本人でもない「在日」という存在は認知されていません。 (16)認知して頂かなくて結構です。 > 自分のことが分かってもらえないという苛立ちのお気持ちは分かります。 (17)以上(論考第32題)から、辻本さんの「お気持ちは分かります」という言葉は残念ながら信じるに足りません。 在日は韓国人でありながら、中身は全くの日本人であるという存在です。そのことを在日自身がどう感じているかについて、私たちはそういうものなのだからとそのまま受け入れて悩まない人がおれば、この「兎」さんのようにアイデンティティ(自己の存在証明)に悩む人がおられます。そんな悩みを聞かされても、本人がアイデンティティを見出すことのできない人生を自ら選択したのですから、周囲はそういうお気持ちなんですねと聞き置くしかないものです。 ところで「兎」さんは私の知人の在日女性のことを「私は、心が引き裂かれるほどに、彼女の辛い気持ちが分かります」と書いておられます。しかし彼は彼女と一度も会ったことがなく、私の聞いたエピソードを読んだだけですので、彼女の「気持ちが分かる」わけがありません。その思い込みは一体何だろうかと考えます。在日は等しく自分と同じ感情・感覚を有しているはずだ、というものではないかと想像します。 (2006年2月9日記) (追記)
「天安門事件の際、北京大学に留学していた北朝鮮国籍の在日朝鮮じんが日本人の学友とともに日本大使館に避難した、という事実がある」 拙稿のこの部分について本当かどうか疑問を持つ人がおられるようです。これは金賛汀『在日という感動』(三五館 1994年9月)の次の記述に拠るものです。以下引用します。 「民主化を求める中国の多くの青年・学生が中国人民解放軍の戦車に蹴散らされるのをテレビ放送で見ながら、はらはらして連れ合いと娘の身を案じていた。‥‥ 外国から大使館関係の車両が大学に押し寄せ、自国の留学生を連れて帰った。‥‥日本大使館からはバスで留学生を迎えに来た。‥ 京慧(娘)は避難行動は日本人留学生たちと一緒にという気持ちで行動したという。もし、日本大使館より先に北朝鮮大使館から迎えの車が来たらそちらに乗ったかと私が聞くと、「行かなかった」と答えた。‥ 京慧は日本大使館のバスで避難所に当てられた京倫飯店に入り、日本行きの臨時最終便が出る日まで数人の日本人の学友とともに、日本大使館の要請で北京在住の日本人家庭に電話をかけまくり、退避要請と安全確認の作業を続けた。その自分の行動に何の違和感も感じなかったという。」(34〜36頁) (2007年3月10日記) 私の感想 だが、なぜ自分たちが生まれ育ったわけでもない、しかも朝鮮語も喋ることが出来るわけでもない(朝鮮語で物事を考えられない)二世や三世の朝鮮人たちが、同じように祖国(?)に固執するのであろうか。現実として、日本で生まれ育ち、日本語を喋り、日本の風土しか知らない連中が、なぜそこまで朝鮮にこだわり続けなければならないのか。 やはり偏屈な朝鮮人の「血」としてのプライドとしか考えられない。そこまで朝鮮を想うのなら、母国語である朝鮮語をしっかりと学び、さっさと“祖国”朝鮮に帰るがいい。自分たちの都合によって、ときに朝鮮人を誇り、ときに日本人を騙る。世の常識では“二枚舌”はもっとも忌み嫌われるものである。「本国が北(南)朝鮮であることは頭の中での理解でしかなかった」では通用しない。 shiraty5027
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