北朝鮮問題

硬軟、落差の激しい不思議なブログ

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オリンピック女子柔道功労者に思う

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わしゃ〜、女子柔道のこたぁ よ〜分かりませんがの〜。

オリンピックでカラーの柔道着が採用されるようになったとか〜

ルールが欧米人に有利になっているとか〜

本来の柔道の精神が失われつつあるとか〜

日本人は色々カバチ(不平)ば〜かりゆうちょりますがの〜。

女子柔道をグローバルなものにしようと尽力したのは誰な?

女子柔道をオリンピックの正式種目にしようと尽力したのは誰な?

このラスティ・カノコギさんみたいな人じゃないんか‥‥。

女・姿三四郎(山口香)とか、やわらちゃん(谷亮子)とかいった派手な連中がチヤホヤされ、

日本柔道の妙な面子ば〜っかり気にし、カバチば〜っかりたれちょるが

日本柔道界にゃ、他にもっとせにゃならん大事なことがあるんじゃないかいの〜

わしゃ、いつもそが〜な風に思うちょるんじゃがの〜。

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shiraty5027

言葉が重くて軽い国?

言葉が重くて軽い国?

            【外信コラム】 ソウルからヨボセヨ 共産党は嫌いだ!

 ソウルの北東に位置する江原道は山が多く渓流釣りにいいのでよく出かける。そのポイントの1つである五台山の麓の「珍富(チンブ)」に、田舎には珍しい立派な公園があり「李承福記念館」と看板が出ている。駐車場まで完備しているのにいつも人はほとんどいない。実に寂しい公園だ。

 「李承福記念館」は約40年前、韓国に侵攻してきた北朝鮮の武装ゲリラに襲われ惨殺された李承福少年(当時、小学2年生)の記念館だ。北朝鮮のゲリラ部隊120人が東海岸から韓国に侵入してきたいわゆる「蔚珍・三陟事件」だが、韓国軍に追われたゲリラが逃走中に山間部の李少年の家に侵入し、一家4人を殺害した。

 重傷を負って唯一、生き残った長男(中学生)の証言から、李承福少年はゲリラに「お前は北と南とどちらが好きか?」と聞かれて「ぼくは共産党は嫌いだ!」と言ったため殺されたと分かった。当時の韓国の社会的雰囲気や学校教育そのままに答えたわけだが、これがニュースで広く伝えられ李少年は英雄になり銅像や記念館もできた。

 ところが90年代以降、民主化によって韓国社会に親北・左翼思想が広がったため李少年は忘れられた。しかも左派勢力は「李少年の発言はマスコミのデッチ上げだった」とするキャンペーンまで展開し裁判沙汰(さた)になっていた。その最高裁の判決が今週あって「デッチ上げではなかった」とケリがついた。親北・左翼の退潮を象徴しているようだ。
                                  ( 『 産経ニュース 』 黒田勝弘 2009.2.14 03:16 )

 先日、当ブログで取り上げた金賢姫についても同じことがいえる。彼女は北の「大韓航空機爆破事件」実行犯であるが、盧武鉉政権時代国情院から、あの事件は北が引き起こしたのではなく、韓国の自作自演であったと証言するよう強要されていたことが明るみになった。左派政権による不当な圧力である。李明博政権になって、ようやく金賢姫自身がその事実を公にすることが出来た。

 1950年、韓国で「国民保導連盟事件」というのがあった。自分が共産党員であったと正直に告白し“国民保導連盟”という組織に加盟すれば、その過去の罪を問わないばかりか、国が支援・救済するというものであった。ところが朝鮮戦争が勃発すると、それらの人たちに対する不信感から、保導連盟に所属する人たちを皆殺しにする(子供を含め20万人以上とも)という悲惨な事件であった。

 「口は災いのもと」という諺があるが、まさにこの国では自分の吐く言葉が、自分の命取りになる危険性が高い。「言葉が重いが故に、逆に軽くなってしまった」というと分かりにくいかも知れないが、李朝時代以来、朝鮮人たちはメモを残すことを極端に嫌うようになった。つまり、メモなどを残すとそれが将来、自分たちに不利な証拠となって、自らの首を絞めることになりかねないと考えるからである。息を吐くようにウソをつく、あるいは自分のついたウソを自分で信じてしまうという朝鮮人ならではの性癖も、実はそんなところに起因している。

 韓国(朝鮮)で生きていくために重要なことは「面従腹背」。かつて朝鮮戦争のとき、ソウルに朝鮮人民軍が侵攻してきた際、ソウル市内には多くの人共旗(インゴンギ:北朝鮮の国旗)が一夜のうちに翻ったという。また、国連軍が仁川上陸作戦を経て平壌に入城した際、今度は逆に平壌に太極旗(テグッギ:韓国の旗)が林立するがごとく翻ったのである。これは旗を揚げた相手に心から服従しているわけではなく、腹の中では何を考えているのか分からない、まさに「面従腹背」なのである。

 政権が替われば、政権を握った側の勢力が強くなる。要領のいい韓国(朝鮮)人たちは、風見鶏のごとく権力の行方を注意深く見守っている。Aが政権を取ればAの旗を、Bが政権を取ればBの旗を振るのである。そういうしたたかな習性が身についてしまっている。基本的に韓国(朝鮮)人たちの考え方はそうなのである。政権交代という短いスパンを見ていても分かるが、もっと長いスパンで見ても、この公式が見事に当てはまるのである。

 長らく中国の属国であったことからも容易に分かることなのだが、かつて大東亜戦争のとき、朝鮮人たちは日本の勝利が伝えられるたびに、日本人以上に歓喜していた。ところが日本が戦争に敗れると、今度は手のひらを返したように被害者の立場を主張し、連合国でもないのに連合国を気取っていた。つまり強いものには徹底的に弱く、弱いものには徹底的に強く出るという醜い習性がよく表れているのである。

 韓国(朝鮮)人たちには「言葉」は要らない。ただ妥協を許さない圧倒的な「力」を示すことのみが有効であり肝要なのである。彼らの習性をしっかり学び、対韓・対朝外交に臨んでもらいたい。


shiraty5027

本日天気晴朗ナレドモ波高シ

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 気分がすぐれないときや、イヤなことがあって落ち込んでいるとき、自分に元気を取り戻す秘訣は、「日露戦争・日本海海戦」のパーフェクト・ゲームを振り返ることである。「皇国ノ興廃此ノ一戦二アリ、各員一層奮励努力セヨ!」キャ〜〜〜〜ッ! あの奇跡の勝利を振り返ると、日本に生まれてよかったとしみじみ思う。もしあのとき、ロスケに負けていたら今ごろどうなっていたことであろうか‥‥。オオ〜〜〜怖エ〜〜〜!

 というわけで、私(筆者)のライフワークである「朝鮮いじめ」の傍ら、ここ数回、不定期シリーズというかたちで「日本海海戦」について取り上げてみたいと思う。今回はこれ ↓  

                    「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

 百年前の明治38年(1905)5月28日。東郷平八郎率いる連合艦隊の主力は、挑戦南岸の鎖海(ちんかい)湾でバルチック艦隊の出現を今や遅しと待っていた。未明、霧の中に哨戒艦信濃丸は敵らしき灯火を発見した。

 「敵艦見ゆ」の報はただちに四方に発せられた。時に午前4時45分。「敵艦隊、203地点」。この報に「三笠」の秋山真之首席参謀、加藤友三郎参謀長、東郷平八郎司令長官は一様に喜色を浮かべた。敵が津軽海峡ではなく対馬海峡に来ることが勝利の鍵だったからである。

 「錨をあげ出港せよ」。ただちに全艦隊に下命された。全艦隊は滑るように出港していく。  

 飯田参謀が、大本営へ打電する電文案を、秋山のところへ持ってきた。              

 「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動、これを撃滅せんとす」

 とあった。秋山はこれに、

 「本日天気晴朗なれども波高し」

 と書き入れた。この一句には実に重大な意味が含まれていた。「天気晴朗」は視界が良くきいて敵を取り逃さないことであり、「波高し」は、この海戦の勝因をあらわしていた。敵艦に大穴をあけた場合、高い波のために海水がどっと入って艦を沈める。また高い波は艦を揺るがせ、無防備の赤い艦腹を見せることがあり、そこへ砲弾が当たれば艦は沈む。旅順艦隊と戦った黄海海戦では、日本は敵艦を使い物にならないほど撃破したが、一隻も沈めることはできなかった。それは波が静かで、高波の海水が穴のあいた艦を襲わなかったからである。甲板を洗う高波こそ、戦果を確実にして敵艦を沈める決め手となる。無論、高波は両軍に同じようにあたるが、猛訓練によって腕を上げた日本側のほうに、有利に働く。しかもロシアの新鋭戦艦ボロジノ型には、高波に対して重大な欠陥があった。上部構造が大きく重心が高いので、被害が生じて傾くと、傾斜を復元する力が弱いため海水が浸入して、容易に転覆するおそれがあったのである。ただし高波の下では、日本側の小さい水雷艇は活動が制約されることになる。

 「天気晴朗なれども波高し」は単なる美文ではなかった。しかもこの一句は、情景躍動する見事な報告文である。この電文が日本人に広く愛読されたのは、国民的危機のなかで愛国心に燃えた、将兵たちの心の躍動を、そのまま伝えているからである。晴れわたった 祖霊まします対馬の沖で、士気は絶頂に達し、祖国のために勇躍する将兵の心境を晴朗なる天気はあらわしている。海上に荒れる怒涛(どとう)は、これから決戦場へ向かう将兵たちの武者ぶるいを伝えているようである。この短い電文は、律動が調子よく、明るく響く。俳句や和歌と同じような象徴性がある。これが発表されると、五千万国民の胸に感激の渦が巻き起こり、国民文学の名作となった。「本日天気晴朗なれども波高し」この変哲もない短い文句は、歴史に残る世界的名文句である。
( 『歴史街道』05.6 ― 距離8千、取り舵一杯!統合平八郎の決断がもたらしたもの ― より 神川武利 )


カァ〜〜〜〜〜〜〜ッ!

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