米大統領就任式を見て(忘れられた明治の心)
ついさっきまで、米大統領の就任式を見ていた。1時に床に就いてテレビのスイッチを入れたら、たまたまそのライブをやっていたので、ついつい見てしまったというわけである。おかげで、目が冴えてしまった。
歴史の一部をこの目に焼き付けようと、就任式につめかけた観衆は200万人(250万とも)。熱狂と緊迫の中、新大統領就任演説が始まると、その一言一句を聞き漏らすまいと、水を打ったような静寂。オバマ新大統領は国民の結束と責任を呼びかけた。そこには民主党もなければ共和党もない。もちろん貧富の確執もなければ人種の反目もない。皆、自分が米国人であることに誇りを感じ自信に溢れているようであり、みんなで力を合わせて国を良くして行こうという気概さえ感じられた。
筆者の大好きな韓国も、その点ではアメリカに共通するものがあると思う。つまり、「国家の大事」には国民が一丸となって結束するという点。問題はその「中身」だが、その肝心な「中身」を問題にしなければ、韓国も国家・国民のあり方としては真っ当だといるのではないか。「国家の大事」の前には与党も野党もない。まして韓国人の十八番(おはこ)である地域差別が妨げになるわけでもなく、国民が一丸となって事に当たろうとする‥‥。ふだん腐してやまない韓国だが、馬鹿げた「中身」を別にすれば、よほどわが国よりも“まともな国”だといえるのではないか。
わが国の場合、「国の大事」であろうとなかろうと、国民が意を一つにしなければならないときに、それを妨害しようとする輩が五万といる。「大事」であればあるほど、その結束を邪魔することに生き甲斐を感じ、張り切る輩がアマタいるのである。これも日本が戦争に敗れ、戦勝国によって占領政策を押し付けられ、国体を骨抜きにされた敗戦国民の惨めな成れの果てと言ってしまえばそれまでだが、それをいったらおしまい。かつての日本には、日本人としての立派な誇りと結束があったのである。ここに一つのエピソードを紹介したい。
艦隊来航を伝えた無名の人々 ( 『 歴史街道 』 2005.6 )
1904年12月、バルチック艦隊はアフリカの東岸、フランス軍政下のマダガスカル島に寄航した。その様子を見ていた一人の日本人がいた。同年1月にこの島にやってきていた赤碕伝三郎、熊本県天草出身の32歳の男である。家業に失敗して借金を抱えていた赤崎は、日本を飛び出し、諸国を転々として、マダガスカルでバーを開いていたのである。
赤崎は、日本の民間人として、バルチック艦隊を目撃した最初の人間となった。彼は慌ててインドのボンベイ日本領事館に、バルチック艦隊がマダガスカルに到着したという電報を打った。
バルチック艦隊はマダガスカルに2ヶ月以上逗留している。島は活況を呈し、ロシア兵たちは日本人が経営する店と知ってか知らずか、赤崎のバーにも押し寄せた。彼はしたたかに、この間に千五百円の利益をあげ、故郷天草に送金している。
三井物産社員津田弘視は、軍の密命を帯びて薬種商人に身をやつし、バルチック艦隊の航路をつかむべくスマトラ島にいた。当時、三井物産は、天津、上海、香港、台北、マニラ、シンガポール、ボンベイに支店を持ち、日本製の石炭販売を行っており、軍はその情報網を利用したのだ。1905年4月5日、津田はスマトラ島沖を通過するバルチック艦隊を発見し、早速日本海軍に打電している。
その3日後の4月8日、バルチック艦隊はシンガポール沖に姿を現した。シンガポールで医院を開業していた西村竹四郎は、その日の様子をこう記している。
「四十三艘舳艫(そうじくろ)千里の壮観には、いまさら怖気(おそけ)をふるはざるを得なかった。『見ねばよかった! 知らぬ方がましだ!』と、一時間あまりを費やしてこの港を過ぎ行く敵艦を恨めしく見送ったのであった」
その後、バルチック艦隊の行方は、一時分からなくなっていた。しかし、5月25日朝、沖縄の宮古島の島民がバルチック艦隊に遭遇。5人の漁師が選ばれ、サバニという刳船(くりふね)で、電信局のある170キロ南の石垣島へと漕ぎ出していった。漁師たちが石垣島から海軍部宛てに電報を打った時間は5月28日午前10時。日本海海戦が始まってから20時間が過ぎていた。
世界各地から、敵艦隊の情報を伝えた民間人たち。当時の日本人がバルチック艦隊来航に一丸となって備え、自発的に行動しようとしていた雰囲気が感じとれる、一連のエピソードであるといえよう。
田母神元空幕長が「日本はいい国だった」と正論を言うと、与党も野党もメディアも一部の国民も寄ってたかって非難する。明治時代の日本では軍人だけでなく、国民もまた「自分が国のために何ができるか」を考えていた。当時ロシアのレーニンでさえ、若くて健康な日本と誉めていた。今は死に絶えている観があるが、明治の頃には自分たちの創った国家を育てていくという気概、あるいは使命感があったのである。そういう意志が、今の日本人には希薄である‥‥。
shiraty5027
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