言葉が重くて軽い国?
【外信コラム】 ソウルからヨボセヨ 共産党は嫌いだ!
ソウルの北東に位置する江原道は山が多く渓流釣りにいいのでよく出かける。そのポイントの1つである五台山の麓の「珍富(チンブ)」に、田舎には珍しい立派な公園があり「李承福記念館」と看板が出ている。駐車場まで完備しているのにいつも人はほとんどいない。実に寂しい公園だ。
「李承福記念館」は約40年前、韓国に侵攻してきた北朝鮮の武装ゲリラに襲われ惨殺された李承福少年(当時、小学2年生)の記念館だ。北朝鮮のゲリラ部隊120人が東海岸から韓国に侵入してきたいわゆる「蔚珍・三陟事件」だが、韓国軍に追われたゲリラが逃走中に山間部の李少年の家に侵入し、一家4人を殺害した。
重傷を負って唯一、生き残った長男(中学生)の証言から、李承福少年はゲリラに「お前は北と南とどちらが好きか?」と聞かれて「ぼくは共産党は嫌いだ!」と言ったため殺されたと分かった。当時の韓国の社会的雰囲気や学校教育そのままに答えたわけだが、これがニュースで広く伝えられ李少年は英雄になり銅像や記念館もできた。
ところが90年代以降、民主化によって韓国社会に親北・左翼思想が広がったため李少年は忘れられた。しかも左派勢力は「李少年の発言はマスコミのデッチ上げだった」とするキャンペーンまで展開し裁判沙汰(さた)になっていた。その最高裁の判決が今週あって「デッチ上げではなかった」とケリがついた。親北・左翼の退潮を象徴しているようだ。
( 『 産経ニュース 』 黒田勝弘 2009.2.14 03:16 )
先日、当ブログで取り上げた金賢姫についても同じことがいえる。彼女は北の「大韓航空機爆破事件」実行犯であるが、盧武鉉政権時代国情院から、あの事件は北が引き起こしたのではなく、韓国の自作自演であったと証言するよう強要されていたことが明るみになった。左派政権による不当な圧力である。李明博政権になって、ようやく金賢姫自身がその事実を公にすることが出来た。
1950年、韓国で「国民保導連盟事件」というのがあった。自分が共産党員であったと正直に告白し“国民保導連盟”という組織に加盟すれば、その過去の罪を問わないばかりか、国が支援・救済するというものであった。ところが朝鮮戦争が勃発すると、それらの人たちに対する不信感から、保導連盟に所属する人たちを皆殺しにする(子供を含め20万人以上とも)という悲惨な事件であった。
「口は災いのもと」という諺があるが、まさにこの国では自分の吐く言葉が、自分の命取りになる危険性が高い。「言葉が重いが故に、逆に軽くなってしまった」というと分かりにくいかも知れないが、李朝時代以来、朝鮮人たちはメモを残すことを極端に嫌うようになった。つまり、メモなどを残すとそれが将来、自分たちに不利な証拠となって、自らの首を絞めることになりかねないと考えるからである。息を吐くようにウソをつく、あるいは自分のついたウソを自分で信じてしまうという朝鮮人ならではの性癖も、実はそんなところに起因している。
韓国(朝鮮)で生きていくために重要なことは「面従腹背」。かつて朝鮮戦争のとき、ソウルに朝鮮人民軍が侵攻してきた際、ソウル市内には多くの人共旗(インゴンギ:北朝鮮の国旗)が一夜のうちに翻ったという。また、国連軍が仁川上陸作戦を経て平壌に入城した際、今度は逆に平壌に太極旗(テグッギ:韓国の旗)が林立するがごとく翻ったのである。これは旗を揚げた相手に心から服従しているわけではなく、腹の中では何を考えているのか分からない、まさに「面従腹背」なのである。
政権が替われば、政権を握った側の勢力が強くなる。要領のいい韓国(朝鮮)人たちは、風見鶏のごとく権力の行方を注意深く見守っている。Aが政権を取ればAの旗を、Bが政権を取ればBの旗を振るのである。そういうしたたかな習性が身についてしまっている。基本的に韓国(朝鮮)人たちの考え方はそうなのである。政権交代という短いスパンを見ていても分かるが、もっと長いスパンで見ても、この公式が見事に当てはまるのである。
長らく中国の属国であったことからも容易に分かることなのだが、かつて大東亜戦争のとき、朝鮮人たちは日本の勝利が伝えられるたびに、日本人以上に歓喜していた。ところが日本が戦争に敗れると、今度は手のひらを返したように被害者の立場を主張し、連合国でもないのに連合国を気取っていた。つまり強いものには徹底的に弱く、弱いものには徹底的に強く出るという醜い習性がよく表れているのである。
韓国(朝鮮)人たちには「言葉」は要らない。ただ妥協を許さない圧倒的な「力」を示すことのみが有効であり肝要なのである。彼らの習性をしっかり学び、対韓・対朝外交に臨んでもらいたい。
shiraty5027
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