★「金賢姫・元死刑囚」という呼び方に違和感あり!
昨日、飯塚繁雄さん・耕一郎さん(拉致被害者家族)と金賢姫さんとの悲願の会見が釜山であった。新聞・テレビといったメディアは、はたして金賢姫さんをどう伝えたか。
新聞社・通信社
・ 金賢姫元死刑囚 ‥‥ 読売 朝日 毎日 (日) 朝鮮 中央 (韓) AFP (仏)
・ 金賢姫元工作員 ‥‥ 産経 (日) 東亜 聯合 (韓) ロイター (英)
・ 元北朝鮮工作員 ‥‥ 共同 時事 (日)
テレビ局
・ 金賢姫元死刑囚 ‥‥ NHK 日本テレビ フジテレビ TBS (日) KBS (韓)
・ 金賢姫元工作員 ‥‥ テレビ朝日 (日)
系列会社に多少のねじれはあるが、はっきりと「元死刑囚」と「元工作員」とに分かれている。この“呼び方”にこそ、その報道各社の人権に対する姿勢(本音)が表れているのではないだろうか。
ご存知のように、『大韓航空機爆破事件』の実行犯である金賢姫さんは、一旦は死刑が確定したが、1990年に韓国政府によって特赦になっている。“特赦”というのは、有罪の言渡しを受けた特定の者について、その効力を失わせるものであり、“死刑”という判決が「無かったことになる」というものである。
「元死刑囚」という“呼び方”は、たとえば再審になった死刑囚に対してすら、その人権に配慮して使わずに「さん付けにする」(メディア用語統一)という。また実際に死刑になった人についても、当然、死後は「さん付けにする」という。日本では「死ねば仏」といって、死者に鞭打つようなことは慎むべきだという、尊い倫理観が文化としてあるのである。
まして金賢姫さんの場合、特赦によって罪が放免になっている以上、明らかに今は罪人ではなく、いつまでもこの「元死刑囚」という“呼び方”で呼ぶのは、道義的にもおかしな話なのではないか。彼女をそう呼ぶメディア、なかんずく日本の多くのメディアは「一旦死刑の判決を受けた者の人権は考慮には及ばない」、また「死して尚、罪の償いは終わっていない」とする悪しき支那文化(死者に鞭打ち、墓を暴く)の影響を受け、それを当然だと思い込んでいるとしか思えない。たとえその“呼び方”が、まだ生存されている『大韓航空機爆破事件』の被害者家族を意識し配慮した“呼び方”であったとしても、あまりにも金賢姫さん自身の人権には配慮がない、不謹慎な“呼び方”なのではないだろうか。その理屈でいうなら、全斗煥や金大中も「元韓国大統領」などと呼ばずに「全斗煥・元死刑囚」「金大中・元死刑囚」、「盧泰愚・元囚人」と呼ぶべきでなのである。
金賢姫さんは、言うまでもなく好きであの事件を起こしたのではない。彼女が自らの意志によって、あの痛ましい事件を引き起こしたのではないのである。金正日が君臨する独裁国家、自由のない異常なテロ国家に生を受け、北朝鮮国民として真面目に生きてきたがために、あのような事件の実行犯として図らずも主役に躍り出てしまったのである。いわば彼女も事件の犠牲者。北朝鮮のテロによる被害者なのである。
日本の多くのメディアは、天皇陛下に関する記事に敬語を遣わなかったり、やたら言葉遣いを知らないことが目に付くが、この金賢姫さんの“呼び方”の問題もその一つである。言葉を扱うメディアが、誰よりもそのことに敏感になり、気配りをし、改め、正していかなければ、ただでさえ信頼のない日本のメディアは、ますます国民から見放されていくだろう。
shiraty5027
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