日本は国家にあらず
米海軍、人質のコンテナ船長を救出 海賊3人は射殺
アフリカ東部ソマリア沖の海上で、コンテナ船の米国人船長が海賊の人質となっていた事件で、米海軍は現地時間の12日夕(日本時間13日未明)、「人質の危険が迫った」として救出作戦を強行し、船長を無事救出した。海賊3人はその場で射殺され、残る1人は米海軍に身柄を拘束された。
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※ 12日、無事救出され米海軍当局者と握手するフィリップス船長(右)‐AP‐
( 『 産経ニュース 』 2009.4.13 08:07 )
アメリカは、かつて「イラン米大使館人質事件」(1979年)のとき、軍事力による人質の奪還を試みた(イーグルクロー作戦)。結果としてそれは、ヘリの故障や接触事故などで失敗に終わったが、国家としては当然の行為であった。
アメリカ映画に『ブラックホーク・ダウン』(2001)というのがある。これはソマリアの内戦に、国連平和維持軍として政治介入をしたアメリカ軍が、戦闘ヘリ・ブラックホークを民兵に撃墜され、その搭乗員をレンジャー部隊が救出に向かう作戦を描いたものであった。また、『プライベート・ライアン』(1998)という映画は、すでに3人が死亡した4人兄弟の末の弟を戦地から連れ戻す作戦を実行するため、仲間に犠牲を出しながらも、最前線の敵陣深く潜入する部隊を描いた作品であった。
たった数人の同胞を救うために、数量的にはそれ以上の犠牲を出すかも知れない覚悟と決断。民間人ならなおのこと、同胞の救出に犠牲も厭わぬ政府の構えなくして、なにが国家だ。国家というものは、名誉・威信・尊厳・共同体の信頼といった、国民の生命と財産を超える「価値」が提示されているはずなのである。
「たった数人」でも、国家は死力を尽くしてその早期救出を試みるものである。現在、北朝鮮に拉致されている日本人は500名近いといわれている。況や日本政府をや‥‥。まったく国家としての体を成していない。政府が国家としての「尊厳」を知り、「使命」を自覚し、真に「やる気」と「覚悟」がない以上、絶対に拉致問題など解決しない。
今回のテポドン騒動で、アメリカはハワイに北のミサイルが届かない以上静観する構えを見せ、結果的にその姿勢を貫いた。だがアメリカは、もしそのミサイルがハワイへ到達する、あるいはその上空を飛び越える可能性があったら、それこそ間違いなく、完膚なきまでに北のミサイル発射基地を叩いていたに違いない(サージカル・ストライク)。国家とはそういうものなのである。
河村建夫官房長官は13日午前の記者会見で、愚にもつかない安保理の“議長声明”を「北を強く非難する内容になっている」と高く評価したという。バカか‥‥。やはり日本は国家としての体を成していない。
※ へらへらと笑いながら記者団の質問に答える河村建夫官房長官の顔を見ていると、無性に殴りたくなるのは筆者だけであろうか‥‥?
shiraty5027
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