北朝鮮問題

硬軟、落差の激しい不思議なブログ

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

ふざけるな!「日本政府“バターン死の行進”公式謝罪」

             バターン死の行進、元米兵捕虜に公式謝罪 日本政府

 第二次世界大戦中にフィリピンを占領した旧日本軍が捕虜を数日間歩かせ、多数が死亡したとされる「バターン死の行進」を巡り、日本政府が駐米大使を通じ、元米兵捕虜の団体に謝罪していたことが9日、分かった。行進の現場「バターン半島」に日本が言及して謝罪したのは初めて。同団体の会長は「これまで長かったが、公式な政府の謝罪が得られてうれしい」と歓迎している。

 この団体は「全米バターン・コレヒドール防衛兵の会」で、会長はアリゾナ州立大名誉教授のレスター・テニーさん(88)。メンバーの高齢化で今月末に解散する。
                                         ( 『 日経ネット 』 2009.05.10 07:00 )

ふざけるな! ありもしなかった事に政府が公式謝罪するとは何たる愚行! 

それを「土下座外交」といわずなんと言う。

史実を捻じ曲げて何がうれしいのか? 

歴史を捏造・歪曲・改竄することに手を貸して平気なのか? 

ご先祖様に申しわけなくはないのか! 

ご先祖様に恥ずかしくはないのか!

政府は何を考えているのか‥‥。

これは後世に間違いなく禍根を残すであろう。

事実はこうなのである。以前アップした記事をご紹介したい。 

生贄にされた将軍:本間雅晴中将

イメージ 1 戦時中に米国人の捕虜が、日本軍から食事として提供された“ごぼう”を「木の枝を食べさせられた。虐待だった」と戦後訴えたという逸話がある。明らかに「善意」を「悪意」として歪曲したエピソードである。“バターン死の行進”と米軍によって喧伝されたフィリピン、バターン半島の捕虜後送の一件も、実はそんな事件であった。

 本間雅晴中将率いる第十四軍が、死者130名、負傷者6800名を出して、米比軍が守備するバターン半島を占領したのは、1942年4月9日のことであった。当初4万人たらずと見込んでいた敵兵力は、何と米兵1万2千人、フィリピン兵6万4千人、計7万6千人もいたうえに、難民2万6千人がいた。バターン戦の後には、米比軍が篭城するコレヒドール島(要塞)攻略戦がひかえている。コレヒドール島攻略には、バターン半島が基地になる。おまけに半島は名だたるマラリア蚊の巣窟であり、米比軍にマラリアやデング熱、赤痢が蔓延しており、その患者は多い。本間中将は直ちに捕虜の後送を命じた。

 トラックがないので、捕虜は徒歩行軍した。4月5月はフィリッピンの盛夏である。弱った捕虜、特にマラリア患者の米兵は次々に倒れ、その数は2千3百人と記録された。この日本軍によるバターンの捕虜の後送は、米軍によって“残虐行為”として喧伝された。しかし、もし後送されなければ、すでに弱りきっている捕虜は、あるいは全滅状態になっていたかも知れない。いや、おそらく全滅していたことであろう。その意味で本間中将の処置は正しかった。“死の行進”というより、事実はむしろ“生の行進”だったのである。

 中将は終戦後“バターン死の行進”の責任者ということで、マニラの軍事法廷で戦争犯罪人として裁かれた。“死の行進”が誇張であり、中将の人格がそのような非違を許さぬ高潔なものであることが立証されたが、判決は死刑であった。ただ刑が、他の戦犯者の多くが軍人として屈辱的な一般犯罪者なみの“絞首刑”であったのに対し、軍人としての名誉の“銃殺刑”だったのは、さすがに法廷も判決の無理を自覚していたとみられる。

 本間中将は1947年4月3日、丁度バターン第二次攻撃日の5周年“記念日”に、処刑された。執行前、本間中将はビールとサンドイッチ、さらにビフテキ、食後のコーヒーまで所望して平らげた。柱に固縛され、銃殺隊長の「用意」の声が響くと、中将は大声に叫んだ。

 「 さあ、来いッ ! 」

 胸部を貫いた命中弾は6発。中将の身体は、絶命後もなおその流血の胸をはったまま、動かなかった。

■ 辞世の句 (五首あるうちの一首)

          甦る 皇御國(すめらみくに)の 祭壇に 生贄として 命捧げむ

                           合 掌

追 記

イメージ 2 本間中将の夫人、富士子夫人が軍事法廷に証人として出廷した際、

 「わたしは今なお本間の妻たることを誇りにしています。わたしは夫、本間に感謝しています。娘も本間のような男に嫁がせたいと思っています。息子には、日本の忠臣であるお父さんのような人になれと教えます。わたしが、本間に関して証言することは、ただそれだけです‥‥」

 と陳述、その毅然とした姿に裁判官も検事も感動の涙を流したといわれる。                                    ( Wikipedia )
参 照
本間雅晴
『 指揮官 』 ( 児島襄:文芸春秋 )

shiraty52027

ぼくとサングラス

ぼくとサングラス

イメージ 1

 最近コラージュに凝っていて、自分の顔写真を記事に載せている。おそらく皆さんは、素顔を知られたくないためにサングラスをかけているのだろうと思われているのだろうが、実はそうではなく、もともとサングラスが好きなのである。自分のアルバムなどを見ると、ほとんどといっていいくらいサングラスをかけている。

 昔から近眼で(最近老眼も混じってきている)やや乱視気味なのだが、本来メガネが嫌いで普段はかけていない。だがサングラスは別だ。車を運転するときはもちろん、外出するときには必ずかける。ぼくの必須アイテムなのである。昔はコンタクトをしていたので、市販のサングラスを自由に選んでかけることが出来たが、今では老眼も混じってきていて眼に合わず、そううまくは行かない。

 自由に選ぶといっても、レイバンの「クラシックメタル・ティアドロップ型」のみ。これ以外のサングラスには昔から興味がない。同じ型の物しか持っていないのである。写真には写っていないが、大切にしていたやはり同型のサングラスは、スキー場へかけていって壊してしまった(涙)。同じ型のレイバンでも、年代によって少しずつ微妙に形が違い、味わいがちがうのである。

 ぼくは影響されやすい人間である。このサングラスの影響はもちろん菅原文太さんの映画。中でも『山口組外伝・九州侵攻作戦』(1974年)の影響が強い。菅原文太さんは渋くてカッコいい。家が近くなので、一度伺ってお話をしたことがあるが(もちろん記念撮影込み)すごく優しくていい人であった。

イメージ 2

 以前、山城新伍が何かの番組で菅原文太さんのことを「ヤクザを演ずる俳優さんの中で、この人ほど背筋が凍るくらい、底恐ろしい雰囲気をかもし出す役者さんはいない」と評していたが、そんな感じ。ヤクザを演じる役者さんで恐そうな人は沢山いるが、眼に表れる優しさは隠しようがなく、そうした隙(優しさ)が菅原文太さんにはないというのである。その文太さんが、隙のない眼をさらにサングラスで隠している‥‥。本当のオシャレは下着からというが、恐ろしい眼をさらにサングラスで隠しているのだから、文太さんの演じるヤクザの恐ろしさは尋常ではない。ちなみに本物のヤクザは、外見はそんなに恐くない人が多い。

 人の魅力はある種「落差」「意外性」ではないかと思う。外見はヤクザだが、中身は仏様のような立派で優しい人‥‥。岩石巌(がんせきいわお)のような顔をした人がヤクザだったら、当たり前すぎてつまらない。岩石巌さんが顔に似合わず、優しくて思いやりがあり親切な人だったら、見るからに真面目な顔立ちの人で、優しくて思いやりがあり親切な人よりも、すごく魅力的ではないだろうか‥‥。

 サングラスが似合う男になりたい‥‥♡

shiraty5027

全1ページ

[1]


.
shiraty5027
shiraty5027
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

検索 検索

標準グループ

過去の記事一覧

友だち(12)
  • 疾風 !!
  • karin _jam
  • 蒼龍志義!
  • みるく
  • MASATO
  • 中学校の同窓生さんお元気ですか?
友だち一覧
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事