北朝鮮問題

硬軟、落差の激しい不思議なブログ

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すばらしい法律!

すばらしい法律!

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           女性たちが「トップレスの権利」を主張して町を行進 米メイン州

 米メイン州最大の都市ポートランドで、およそ25人前後の女性がシャツを脱いで繁華街を行進し、人々の視線を引き付けた。彼女たちは「公共の場でトップレスになる権利の平等」を主張している。

 土曜日のデモを企画したタイ・マクドウェルさんは、女性が公共の場で上半身裸で歩き回っても、同じことをする男性以上の注目を集めずに済むようになればいい、と呼びかけるのが狙いだと語った。

 『ポートランド・プレス・ヘラルド』紙は、最終的に参加者、写真を撮影する男性、いやらしい目を向ける人、単に外で暖かい日射しを楽しむ人などが混ざった群衆およそ500人以上が集まった、と報じた。

 メイン州では女性が公共の場で上半身裸になることは違法ではない。また警察は、問題は起こらず、逮捕者も出なかった、と述べている。
                                                 ( 『 AP 』 2010.04.07 )

なんと寛大な法律‥‥。

だから大好きなんだ

オラはアメリカが! 

ところで上の写真の一番右端の人‥‥

前を向いているの?

それとも後ろ向き?

追 記

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このデモに男が参加しているって

どいこと?

多分、中央の子どもを抱いた男

ただ単に、刺青を自慢したいだけなんじゃ?

しかも、家紋みたいなww

shiraty5027

AP特派員、申化鳳(ビル・シン)の弁明

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 昨日の記事 情報管理:米国人の甘さ、朝鮮人の狡さ で、朝鮮系米国人でAP通信の特派員・申化鳳(シン・ファボン:米国名ビル・シン)は、世紀の大作戦「仁川上陸作戦」(1950年9月15日)の情報を不正に掴み、作戦決行前に世界に向けて配信した不届き者だ、と書いた。いくら新聞記者といえども、それは利敵行為にほかならないからである。

 その経緯を簡単に説明すると、朝鮮戦争初期に釜山橋頭堡にまで追いつめられていた米軍(国連軍)は、釜山の北西にある大邱(テグ)市付近で北朝鮮軍の進撃を阻止し、初の勝利を収めた。そのとき、その戦功を労うために米第八軍司令官のW・ウォーカー中将は大邱にあった韓国軍司令部を訪れ、40名の韓国軍幕僚を前に賛辞を贈った。その席上、ウォーカーはうっかり最高軍事機密であったマッカーサー元帥の「仁川上陸作戦」を喋ってしまったのである。ウォーカーはあわてて口外を禁じたが、後の祭り‥‥。

 その雰囲気を察知したAP特派員の申化鳳は、会合を終え本部から出てきた友人の幕僚・金根培(キム・グンペ)少佐を酒場へ連れ出し、散々飲ませた後、かまをかけて「仁川上陸作戦」の全容を探り出すのである。金少佐には記事にしないことを約束したがそれはまったくの嘘で、さっそく申は東京のAP通信支局にその情報を送るのである。それが9月13日、すなわち「仁川上陸作戦」2日前だったのである。

 このことは、あらゆる朝鮮戦争の記録や資料に明記されている。丁一権(チョン・イルゴン)参謀総長の回顧録『原爆か休戦か』(1989年)、『ザ・ファースト・カジュアルティ』(1975年)、『勝利なき朝鮮戦争』(1997年)、『韓国戦、改めて書くべきだ』(1990年)等々。

 だが、申化鳳は自著『38度線はいつ開く‐ビル・シンの朝鮮戦争』(1996年)の中で次のように弁明している。

・記事の配信は9月15日午後1時50分であった。仁川上陸作戦は同日午前6時30分頃開始され、午前8時には成功している。確かに米軍の公式発表はその日の夜であったが、私の配信は妥当なものであった。
・私は13日には釜山にいて、大邱にはいなかった。従って、金根培少佐を酒場へ誘い出せるはずがない。
・これらの誤りは、丁一権将軍の回顧録が元であり、丁将軍の思い違いによるものである。 
 彼は自著の中で次のように、彼なりの経緯を明かにしている。「仁川上陸作戦」については15日以前から知っていた。だが、利敵行為になるため作戦決行前にその記事を配信した事実はない。15日の午前、釜山で色々な取材から仁川上陸作戦が決行されたことを知った。それで釜山にあった韓国軍報道室の金根培大尉(まだ少佐ではなかった)を訪ね、「この成功を丁一権将軍の名で配信してもよいか」と打診した。

 金根培少佐から了承を得たため、そのことを他の特派員に知られないように、外国特派員が共同で使っていた米軍報道課(PIO)の電話は使わずに、韓国海軍参謀総長の部屋の電話を使うことにした。ところが参謀総長は不在で部屋に鍵がかかっていたため、参謀本部の了解を得て、参謀総長室の隣の部屋から参謀総長の部屋へ忍び込んで、AP東京支局へ「仁川上陸作戦成功」の電話を入れた。それが15日の午後1時50分だったというのである。

 その後、彼がマッカーサーの極東軍司令部から米軍電話の使用を禁止(韓国軍の電話も同じ)されたことについても、「他の特派員と違って、自分は極東軍司令部に記者として登録していなかったからだ」と弁解している。誤謬の元となった丁一権回顧録の誤りは、「丁一権将軍の名で今回の作戦成功の報道を許可した金根培少佐が、丁将軍の怒りを恐れたため、申が勝手にやったと物語をでっち上げ、丁将軍に嘘の報告をしたためではないか」と推論している。

 百歩譲って、彼の弁解が正しいとしても、米軍の公式発表を待たず金根培少佐に「これはマッカーサーの手柄ではなく、我が韓国軍の手柄なのだから丁将軍の名で仁川上陸作戦成功の発表をしても当然だ。問題はない。」とそそのかしたのは申記者であり、米軍による緘口令を無視して、米軍の公式発表の9時間も前に世界に向けて配信したのも事実である。

 丁一権回顧録によると

 机の電話がうるさく鳴った。ウォーカー中将だった。『丁将軍、いったいどういうことですか。どうしてAPに発表しましたか。責任を負わなければなりません』‥‥そのような事前報道で仁川上陸作戦が失敗に終わったとしたらどうなったろうか、考えただけでも今も冷や汗が出るほどだ。そのとき私が申記者に会ったとしたら拳銃を取り出したかもしれない。

 申化鳳記者が後でどう弁解しようが、いずれにしても彼のスクープ記事は自由主義陣営に対して背信行為であったことは間違いない。彼は自分のことを朝鮮人らしく「スクープ・シン」と自慢げに語るが、むしろ彼のとった行動は利敵行為そのものではなかったか。仁川上陸作戦決行のとき、すでに金日成はその情報を察知して中国に逃走を図っていた。少なくとも申のスクープ記事が、金日成の逃走の後押しをしたことだけは間違いない。人を陥れ、報道の自由を振りかざし、自陣の不利益を招くような情報を得意満面に配信し、他人に罪を着せ、自己弁護に終始する‥‥。申化鳳は、いかにも朝鮮人らしい卑怯者である。まっ、日本のメディアもそんなようなもんだが‥‥。

申化鳳記者にマッカーサー極東軍司令部から「米軍電話使用禁止令」が出されたことを報じる新聞

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※ 尚この記事は推敲前です。今日中にしっかりしたものにしたいと思います。あしからず。

shiraty5027

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