沖縄が中国になる日
昨日(4/25)NHKで、ETV特集『本土に問う・普天間移設問題の根底〜』というのをやっていた。「沖縄県知事として基地返還問題と向き合ってきた大田昌秀と元沖縄担当首相補佐官・岡本行夫氏、前沖縄県知事・稲嶺惠一氏との対話などを通じて、沖縄の基地問題を考えていく」というのが番組の趣旨と構成であったが、いうまでもなく明らかに偏向した内容であった。
わけの分からない沖縄出身の作家が出てきて「沖縄は本土から差別されてきた」といえば、大田はそれに大きく頷き、それを補強するような言辞を吐く。また、大田が授業参観する沖縄の中学校を取材し、中学生から本土の不当性発言を引き出すような怖ろしい教育現場の実態‥‥。北教組もひどいが、沖縄のこの手の教育もひどい。現在、沖縄の教育現場では生徒の自由な意見が許されないような、威圧的な洗脳教育が行われている。
岡本行夫氏と大田との対談の中で、岡本氏が「沖縄から米軍が引き揚げたら、中国が尖閣諸島はもちろん沖縄まで侵食してくる可能性がある」と言及すると、大田氏はそのことには触れず、話を逸らそうとしていた。私はそれを見ていて、日中国交回復当時のエピソードを思い出した。
1972年(昭和47年)、田中角栄首相(当時)は、日中国交回復を実現するために中国を訪れた。周恩来と会談を重ねた後、毛沢東主席が中南海の公邸に田中首相を招き「ケンカはすみましたか? ケンカしないとダメで、ケンカして初めて仲良くなれるのです」といったエピソードは広く知られている。そのとき毛は田中に『楚辞集注』(そじしっちゅう)全6巻を贈呈した。田中は大そう喜んで帰国した。
毛沢東の愛読書は『三国志』と『水滸伝』だといわれている。だが、それを含めた万巻の中国古書の中から、なぜ毛が『楚辞集注』を特に選んで贈呈したのか、ということについて言及したものは少ない。終戦の詔勅の起草者として名高い碩学、故・安岡正篤先生が唯一、その分析をされている。
春秋戦国時代に強国・秦と対抗するため、趙・魏・韓などと六ヶ国同盟を結んで「合従連衡」(がっしょうれんこう) [註1] の外交を展開した国の一つに楚があった。『楚辞』は、その国の武断派(合従)の宰相で、連衡(平和共存)に敗れて放逐され、汨羅(べきら)の淵で投身自殺をした政治家、屈原(くつげん)の書である。強国・斉を米国に見立て、中国を秦になぞらえて「斉(米国)と組んで秦に対抗して合従政策をとると、屈原になるぞ」と警告したのだ。
という分析である。安岡氏はまた、周恩来が色紙に書いて田中首相に献じた論語の一節「言必忠 行必果」(言ったことは真面目にやる)というのも非礼だとする。論語の中ではこの後に
硜硜然(こうこうぜん)トシテ卑ナルカナ(こせこせした小人也)
と続くからであるという。本来なら「千里ヲ使シテ君命ヲ辱メズ」の一句を選ぶべきなのだそうである。要するに、国交回復当初から我が国は支那に舐められ、あたかも宗主国が朝貢国に下賜するかのような無礼な古書を、わけも分からず恭しく賜ってきているのである。
見よ、それが今日の尖閣諸島の屈辱的な問題であり、支那艦隊の挑発につながっているのである。
このことを沖縄の人たちはどう考えているのか‥‥。それが昨日のNHKの売国番組を見ての感想である。
註1
合従連衡(がっしょうれんこう)
「合従」= 戦国七雄のうち、巨大な秦以外の六国が縦(たて、従)に連盟を組み、共同で秦を押さえ込もう、というのが合従説である。
「連衡」= 秦と結んで隣国を攻めるのが有利と説くのが連衡説である。(Wikipediaより)
【 昨日のクイズの答え 】
1=D、2=C、3=G、4=H、5=A、6=B、7=F、8=E でした。w
shiraty5027
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