もし哨戒艇撃沈が我が国で起こっていたら
韓国哨戒艇撃沈で、46名の韓国兵が亡くなった。当然「戦死者」扱いである。遺族は軍や政府に対する対応の悪さを非難する場面もあったが、むしろ北朝鮮を擁護してきた野党に非難の目を向けていた。「北は韓国から援助を受け、武器を作ってうちの息子を殺したかと思うと、血が煮えたぎる思い。」というのは、前政権を支えてきた野党に対する遺族の怒りの声である。
先日、『たかじんのそこまで言って委員会』(関東地区を除く報道バラエティ番組)の中で、進行役のたかじんが「これはおそらくカットされるだろうけど」と前置きして「もし、46名の犠牲者が自衛官だったら、日本の世論はどうなっていただろう?」という疑問をパネラーにぶつけていた。するとパネラーの一人、勝谷誠彦氏は「ただ、呆然としているだけでしょう」と言っていた。それに対し宮崎哲弥氏は「いや、世論は憲法改正のような方向に議論が盛り上がっていくと思う」と言っていたが、やはり勝谷氏の推論の方が当たっているように思う。
おそらく自衛官が亡くなるようなことになれば、メディアを先頭に世論は政府や自衛隊を非難すると同時に、「結局、違憲である自衛隊なんてもんがあるからだ! 9条に立ち返れ!」と、自衛隊解体論や平和憲法遵守論、非武装中立論といった馬鹿げた議論が再び勢いを増し、死に体のはずだった左翼勢力が再び大きく息を吹き返すことになるに違いない。
自民党政権時代も、野党・左派勢力に擦り寄り、中心軸を左にシフトしてきた経緯がある。自衛隊を海外に派遣する際「非戦闘地域だから」、「オランダ軍に守ってもらうから」という妙な理屈で、自衛隊を派遣してきた経緯がある。そもそも自衛隊という戦闘集団が、本来のスキルを封印され、手足を縛られたかたちで派遣されるのは意味がないことである。したがって「戦闘地域に民間のNGOを派遣することはいいが、自衛隊を派遣することはまかりならぬ」という妙な理屈が跋扈することになる。消防隊員が火事場を避け、警察官が凶悪犯逮捕を避けることを奨励しているかのような馬鹿げた論法である。
自衛隊員は、自衛隊員(軍人)という職業を選んだ瞬間に、非命に斃(たお)れることを覚悟しているはずである。いや、そもそも覚悟していなければ、この尊い職業につく資格はない。それは同時に、その隊員の家族にもいえることであり、国民もそれを承知していなければならない。現政権にはたしてその認識と覚悟があるのか。今日の政府のぶざまな政権運営をみるにつけ、その不安が益々つのるのは、はたして私だけであろうか‥‥。
shiraty5027
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