取材記者の思い上がりと勘違い
APECプレスセンター 記者たちが「菓子パン」に怒ったワケ
14日閉幕したAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議。菅首相は会見で「横浜ビジョン」を宣言し、ヤレヤレの表情だったが、対照的にカンカンだったのが取材記者たちだった。
ある政治部記者が呆れ顔で言う。
「国際会議の取材では、プレスルームにサンドイッチなどの食事が用意されます。関係国の協議が深夜まで続くケースがあるので、取材記者の夜食のためです。今回もおにぎりや菓子パンが用意されていたのですが、明らかに量が少なく、驚きました。仕方なく近くのコンビニでカップ麺を買ってすすりましたが、海外メディアも『お菓子しか用意されていない国際会議は前代未聞だ』と怒っていましたよ」
一体なぜこんな貧乏クサイことになったのか。
「例の事業仕分けです。昨年11月の仕分け作業で、外務省が要求していたAPEC関連予算の117億円がヤリ玉に挙がり、20%削減と判断されました。そのシワ寄せが記者の食事にきたワケです。記者たちの間では『これは仙谷長官の記者に対する嫌がらせか』とささやかれていましたよ」(別の大手紙記者)
食い物の恨みは恐ろしい。「仙谷VS.記者」の戦いがエスカレートしそうだ。
( 『 ゲンダイネット 』 2010年11月15日 )
この記者はいったい何を考えているのだろうか。あたかも「夜食は政府が用意して当然。我々は国民に事実を伝える聖職者なのだ。我々に対しもっと待遇をよくしろ!」と言っているようだ。「第四の権力」と揶揄されるように、おそらく多くのメディア人は、意識・無意識裡に自分たちのことを特別な人間、いわば特権的立場にあると勘違いしているのではないだろうか?
かつて教員をやっていて思ったことは、教員の中に自分がいつの間にか「偉い人間」だと勘違いしている奴が少なからずいたということである。むろん本人にはその自覚がないのだろうが、大学を出て一般社会を知らずそのまま教員になり、生徒はもちろん父兄や同僚からも「先生、先生」と呼ばれ、自分が偉くなったように錯覚してしまっている阿呆が少なからずいた。「自分は世間知らずの取るに足りない小人である」という謙虚な自覚がいつしか影をひそめ、次第に尊大になっていく阿呆教員‥‥。
「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」。教員に対して「先生」というのは単なる呼称であって、そこにその言葉が本来意味する尊敬などない(もちろん「先生」と呼ぶにふさわしい立派な人も中にはいるのだろうが)。世間知らずの教員の、環境による謙虚さの喪失、精神の鈍化はまこと嘆かわしい。
ここに取り上げられた取材記者もおそらくその類なのだろう。自分の意地汚さを海外メディアのせいにして語るなど、その卑怯な論法は今の政府のやり方とそっくりだ。いったい自分たちを何様だと思っていやがる! 国民の血税を何だと思っていやがる! 夜食など自分で買え! 手弁当でやれ!
しかし、こうした愚かな記者に睨まれた政府はざま〜みろだ。糞政府が糞マスゴミに「食い物の恨み」で反感を買う。そして思いっきり別件で叩かれる‥‥。
がははははは。同じ穴のムジナ同士のバトル。ここは高みの見物といきましょうw
shiraty5027
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