映画『不毛地帯』:実際の主人公は
この間テレビで『不毛地帯』というのを観た。唐沢寿明が主演するテレビドラマではない。仲代達矢主演の方である。この映画は昔ビデオに録画して、何度も何度も繰り返し観た(東宝・1976年)。だが、改めて観ても設定が風化しておらず面白い。原作が山崎豊子、監督が山本薩夫というから、左翼臭がプンプンするが、それは別にしてフィクションとしての完成度は高い。
まず冒頭、主人公壹岐正(いきただし:仲代)が近畿商事に再就職する際に、社長に提出した履歴書が仲代の声で朗読される。
本籍地 山形県飽海郡遊佐町蕨岡杉沢
現住所 大阪府住吉区北島町45市営大和川住宅45
大正元年8月21日生まれ
経 歴
大正14年 4月 陸軍幼年学校入学
昭和 7年 7月 陸軍士官学校卒業
同 14年11月 陸軍大学校卒業
同 第5師団参謀
同 15年 6月 支那派遣軍勤務
同 12月 大本営作戦課勤務
同 19年 2月 関東軍参謀
同 20年 3月 陸軍中佐
同 20年 7月 大本営作戦課勤務
同 8月 大本営特使として関東軍へ派遣され、終戦と同時にソ連抑留。
同 31年 8月 抑留解除。帰国。現在に至る。
職 業 無職。
お願いの義
一、小生を面接・首実験の後、不採用というような恥辱はご容赦いただきたい。
一、シベリア抑留11年間、言論・行動の自由を奪われた小生故、しばらくは言論の自由を束縛せざることをお願いする。
一、そろばん簿記はもとより、商業知識は皆無にして且つ不向きなることをご容赦いただきたい。
カッコイイ!と思った。このインパクトが記憶にしっかり残っていた。主人公壹岐正は、ご存知の方もおられると思うが伊藤忠商事の元会長、瀬島龍三氏がモデルといわれている。瀬島氏は陸大を首席で卒業し、終戦間際には関東軍参謀として指揮を執られていた。連合国に降伏後、不可侵条約を破って侵入してきたソ連軍と停戦交渉のため軍使として交渉。交渉後は内地に帰還することもできたが「参謀としての責任感から同地に残ることを決断」したため、そのままソ連に抑留されることになる。東京裁判の証人として一時帰国するが、再びソ連に連れ戻され、結局11年間もの間俘虜生活を送ることになる。まことに数奇な運命の人である。
映画は、主人公が近畿商事に入社し、政府がFX(次期戦闘機)にほぼ内定していた他社の推す戦闘機(グラント社のF-11)を、自社が推す戦闘機(ラッキード社のF-104)にひっくり返すまでのお話である。会社のために尽力した主人公が、その忠誠を尽くしている会社に戦友を殺され、裏切られ、ぼろぼろにされて会社に辞表を出すまでを描いている。富を貪る悪徳商社と政治家に人生を翻弄される主人公‥‥。結局そうした闇の権力に押しつぶされる主人公を、せめて会社に辞表を叩きつけることでしか抗議を表わせない無力な人間として描いている。如何ともし難い、世の中の現実、不条理をまざまざとみせつけられた作品である。
モデルとされた実際の瀬島氏は、映画のようにカッコよくない。いや、途中まではカッコよかったのだが、その後がよくない。瀬島氏は伊藤忠商事に入社してから短期間のうちにスピード出世をし、最後は会長にまで上り詰めるが、その間、伊藤忠商事はえげつない商売をして大きくなっていくのである。例えば、戦後政府の近隣諸国に対する賠償問題に深く関わり、インドネシアのスカルノ大統領に女(デビ夫人)をあてがい利権をものにしたり、韓国に対する賠償問題でも、瀬島氏の陸軍の繋がりから、朴正煕大統領を取り込み利権をものにしている(瀬島氏は「海の源田実・陸の瀬島龍三」と並び称せられるほど、当時軍関係者にとって一目置かれる人であった。伊藤忠商事入社前、防衛庁から再三誘いがあったが、家族の反対もあり断っている。だが、瀬島氏は陸軍士官学校44期生で朴正煕は57期生。その繋がりからいって、朴正煕大統領が瀬島氏の商社マンとしての要望に応えなかったはずはない)。
瀬島氏に関しては色々な意見があろうが、商魂たくましく悪徳商売に捧げた後半の人生は、いささか幻滅である。少なくとも、若かりしときのような正義感や男気を貫いた人生を送ってほしかった。抑留が解かれて帰国した後、2年間は部下の再就職のために自分の生活をなげうって奔走されたという。その正義感、男気、バイタリティが、後半の人生では悪徳商売に全力で注がれてしまっているのである‥‥。瀬島氏は部下の再就職に奔走した後、直ちに自決すべきであった。その方がカッコイイ人生だったのにな〜。
shiraty5027
|