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生きて虜囚の辱めを受けず。これは、昭和16年1月8日陸軍大臣東條英樹大将から発せられた戦陣訓である。捕虜になることは軍人にとってもっとも不名誉なことであり、捕虜になるくらいなら死ぬべきだという訓えである。 朝鮮戦争の停戦成立(1953年7月27日)後、国連軍側は8月5日から9月6日にかけて75,801人を中朝軍側へ引き渡し、中朝軍側は12,773人を国連軍側に引き渡した。9月23日、国連軍はインド部隊に22,604人を引き渡し、中朝軍側は同じく359人を引き渡した。 なぜインド部隊が出てきたのかというと、捕虜の中に帰国を拒む者や、本国へ帰るべきか否かを決めかねていた兵士たちがいたからである。それらの捕虜を、いったんインド部隊(中立国)が預かり、そこで捕虜たちに国連側・中朝側双方の十分な説明を与え、帰国するか否か、それとも第三国へ出国するかを捕虜の自由意志によって決めさせようとしたのである(当初、中朝側は猛反対をした)。 中国には6,000人近くの捕虜が帰還した。帰還当初は歓迎慰労の催しもあったが、事態は一夜にして変わった。捕虜となったことは敵に投降したということであり、敵に服務したことであり、自分の姓名、所属部隊名を明かしたということは「軍事機密を漏洩した」ことになるという見方で審査が行われ、帰還捕虜は軍籍、党籍を剥奪された。再教育のため強制収容所へ送られ、虐待や拷問を受け、数年たってようやく故郷へ帰ることが許されたという。しかしそこでも、「国賊としての差別」が待ち構えていたという。毛沢東のために忠実に戦った中国義勇軍兵士は、そんな過酷な運命にあった。祖国へ帰還した北朝鮮軍兵士捕虜たちも、同様、推して知るべしである。 共産陣営への残留を選択した国連軍の捕虜たちの中には、23人のアメリカ兵と1人のイギリス兵がいた。このイギリス兵は中国行きを選んだが、強制収容所を経て9年後に母国イギリスへと帰った。若気の至りというか、もともと社会主義社会に憧れていたのか、それとも中朝側の甘言に騙されたのか。理想と現実を思い知らされたのであろう。帰国後の彼を、絶対に許さないという一部の戦友もいたが、反対意見のスコットランド人であって売国奴ではないとする戦友もいたという。 一方、帰還した国連軍側の捕虜たちはもちろん、帰順した中朝の捕虜たちも歓迎された。中朝の捕虜たちは韓国の人々に手厚く出迎えられ、台湾から来た国府軍の高級将校や政府の官吏たちから盛んな喝采を浴びた。「通りという通りにはシンバルの音と中国の音楽が鳴り響き、頭上には紙製の龍が何匹もくねり、伝統的な衣装の可愛らしい少女たちが竹馬に乗って彼らを迎えた。これ以上に中国人の郷愁をかきたてるものが、果たしてあるだろうか? もし彼らが中国へ帰ったとしたら、奴隷の生活を送ることになって、ほとんどの者が生き残れなかったであろう」と西側のメディアは伝えた。 話を戻すが、捕虜たちの中には収容所の中で、保身のために積極的に敵側に協力する者たちがいた。同じ仲間の捕虜を、密告や告発などで敵に売るのである。国連軍兵士といえどもそれは例外ではなかった。その裏切り者たちは後でどうなったかというと、帰還のために乗せられた列車が捕虜交換地点(開城)へ向かう途中、多くの捕虜たちによって列車の窓から外へ突き落とされたのである。 詩人・石原吉郎の『望郷の海』(筑摩書房)の中にもそんな場面が出てくる。ソ連に抑留されていた石原が、他の俘虜たちとともに抑留を解かれてナホトカ港から帰国するとき、その帰国船・興安丸内で事が起きた。ソ連に協力的であった一部の捕虜に対して、皆が殺さんばかりのリンチを加えたというのである。そのときのことを石原は著書の中で、「いたしかたないことであった」と述懐している。 捕虜の話ではないが、朝鮮戦争後に38度線を越えて北朝鮮に脱走したアメリカ兵は4人いる。そのうち今でも存命なのがチャールズ・R・ジェンキンス(いうまでもなく日本人拉致被害者、曽我ひとみさんの夫)と、今も北に残るジェームズ・J・ドレスノクである。ドレスクは北朝鮮にすこぶる協力的で、よく仲間を殴ったそうである。彼は身長が2メートル近くあり、体重は約120キロ。その巨漢を遺憾なく発揮し、仲間を殴打することを楽しんでいたという。 ジェンキンスは脱走という重罪を犯しながらも、日本の拉致被害者奪還運動により、日本人の多大な同情が寄せられ、本来なら許されるべくもない量刑を免れた。だが、ドレスノクにはそうした温情を受ける背景がない。アメリカにとってはただの許しがたい脱走兵。しかも北朝鮮側に付いて仲間を虐待していた非情な男‥‥。ドレスノクは北朝鮮に留まり、死ぬまで北当局に怯え祖国アメリカに怯えながら、虚勢を張り続けて生きていかねばならない。 捕虜や脱走兵の運命というものは、分からないものである。いや、人の運命などというものは、しょせん分からないものである。 参考文献 『朝鮮戦争』 和田春樹(岩波書店) 『写真追跡 ― 知られざる板門店』 山本皓一(講談社) 『勝利なき戦い朝鮮戦争』 ジョン・トーランド(光人社) 『望郷と海』 石原吉郎(筑摩書房) ※ この記事は推敲前です。夜までには完了したいと思います。 shiraty5027
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2010年04月09日
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