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2010年05月20日
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こんにちは、ゲストさん
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北のプロパガンダと米国の屈辱の歴史朝鮮戦争(1950〜53年)以後、米軍人が北朝鮮に捕らえられたり殺害(撃墜などによる)された事件は多々ある。帰還者はいずれも、スパイ行為を働いていたことを無理やり認めさせられ、後に釈放されている。その様子は写真や映像に撮られ、北朝鮮に大いにプロパガンダとして利用された。1963年5月17日、在韓米軍のOH23汎用ヘリが、軍事境界線付近を飛行中に北朝鮮軍の対空砲火を浴びて被弾し、北朝鮮領内に不時着するという、朝鮮戦争以来初めての事件が起こった。上の写真は、朝鮮人民軍出版社が発行(発行年不記載)した『英雄的朝鮮人民軍』という写真集に掲載された事件当時の写真である。左下は、朝鮮画報社が1995年に発行した『栄光の50年』に掲載された写真。ヘリの機体の傾きは上の写真と同じであることから、同じカメラで撮った写真であるはずにもかかわらず、背景を修正しているが、その理由は不明である。右下は、1995年発行の『鋼鉄の霊将』という金正日の写真集に掲載されたヘリ不時着の瞬間を捉えたような写真だが、具体的な説明はない。北朝鮮による米軍ヘリ攻撃事件は、その後、1969年8月17日、1974年5月9日、1977年7月4日、1994年12月17日と4回発生しており、そのいずれかの事件の写真と思われる。( 『 北海道365 』 2008年7月2日 惠谷治氏より ) 1968年1月23日=プエブロ号、元山近海で拿捕。プエブロ号艦長のロイド・ブッチャー中佐を先頭に、乗組員83名(うち1人死亡)が、元山港に上陸した直後の写真である。乗組員たちは身柄を拘束されて厳しい取り調べを受け、解放されたのは11カ月後のことだった。82人は11ケ月後の同年12月23日に帰還。( 『 北海道365 』 2008年8月7日 惠谷治氏より ) 北朝鮮中央テレビは、1994年12月17日に江原道金剛郡伊布里(カンウォンド・クムガングン・イポリ)地域の軍事分界線を越えた米軍OH−58C偵察用ヘリコプターを撃墜させた場面を、15日午前、放送した。 生存したヘリコプター操縦士(ボビー・ホール准尉)が手を挙げており、その隣には撃墜当時に死亡したハイルマン准尉の遺体が見られる。( 『 中央日報 』 2005年5月15日より ) 他にもこんなにある(赤字は上記のもの)。 ・1959年6月15日=P4偵察機が東海上で被襲、操縦士帰還。
・1969年8月17日=OH23ヘリコプター、DMZ南方で撃墜、乗務員生還。 ・1974年5月9日=OH58ヘリコプターおよびAGIGヘリコプターが臨津江附近で被撃、乗務員無事。 ・1977年7月4日=CH47ヘリコプターが北朝鮮領空で被撃、死亡者3人、生存者1人は2日後に帰還。 ・1981年8月26日=SR-71偵察機、日本海公海上で北朝鮮ミサイルに被襲、乗務員は無事。
shiraty5027 |
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