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・「韓国の発展ぶりに、自分の無知さが恥ずかしい」という駐韓米大使を出しに使っての“間接話法型”自慢話。 ■ 国内技術で開発した国内最大の原発「新古里3号基」の原子炉設置
( 『 中央日報 』 2010/07/16 ) ・韓国が少しでも関わっていたら「国内技術」としてしまう“歪曲型”自慢話。 ■ 韓国初の気象衛星「千里眼」、写真を転送
( 『 朝鮮日報 』 2010/07/15 07 ) ・フランスに打ち上げてもらったことを伏せて自国の手柄としてしまう“隠蔽型”自慢話。 ■ 米露スパイ交換:「ロシアではなく韓国のスパイだったら―」
( 『 朝鮮日報 』 2010/07/16 ) ・普段相手にされないので、少し自国が取り上げられるとはしゃいでしまう自慢話。この記事は「米国よりある分野で技術が勝っている韓国」という評価が土台となっているので、“つけ上がり型”自慢話。 ■ 韓国併合100周年に合わせ、日本政府が「謝罪談話」を検討。「村山談話」を上回る可能性も
( 『 朝鮮日報 』 2010/07/16 ) ・日本政府の無知・無能につけ入るかたちで自分たちの正当性を主張する“つけ入り型”自慢話。 ■ 仙谷官房長官の戦後処理発言、権駐日大使が肯定評価
( 『 聯合ニュース 』 2010/07/08 ) ・日本政府要人の無知・無能につけ入り、自分たちの捏造を正当化する“つけ入り捏造型”自慢話。 ■ 新感覚「韓方」で健康に!
( 『 中央日報 』 2010/07/16 ) ・「漢方」をかたくなに「韓方」だと言い張る典型的“パクリ捏造型”自慢話。 とまあ、今日の『2ちゃんねる』に出ていた韓国紙の見出しだけでも、これだけある。得意げに自慢話ばかりする奴は鼻持ちならないが、要するに朝鮮人は、恥ずかしげもなくこれだけ自慢話をしなければ、積年の「恨」(はん)が治まらないというわけである。つまり、コンプレックスの裏返し。自慢すればするほど、気持ちが惨めにならないのも鮮人たちの特徴である。普通、常識ある新聞なら恥ずかしくてこんな記事は書けない。 ところで、サッカーワールドカップを受けて日本が「FIFAランキング」で45位から32位へ、韓国が44位に留まったことをなぜ報じない? たしか『中央日報』が申しわけ程度に報じていたが、論評なしであった。こうした事柄を、日本に敬意を払い、自国に反省を促すような報道が出来るようになれば、一応、一人前の報道機関だと認めてやってもいいが、まっ、韓国紙にはそれは無理でしょう。 shiraty5027
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2010年07月16日
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かぎ十字に「裸ミッキー」 ポーランドで展示会ポスターが物議
ポーランド西部ポズナニの画廊前の壁面に、ナチス・ドイツの象徴である「かぎ十字」を背景に、裸の女性がミッキーマウスの覆面を着けた大きなポスターが掲げられ「ナチス占領時代を思い起こさせる」などとポーランドで物議をかもしている。15日までに地元メディアが伝えた。 ポスターは、この画廊が9月に予定している展示会の宣伝用。イタリア人芸術家による作品「ナチ・セクシーマウス」のコピーで、画廊は「芸術作品でナチス賛美ではない」と主張している。 6月下旬にポスターが掲示されると、地元では「嫌悪感を抱く」などと批判が噴出。画廊の近くにシナゴーグ(ユダヤ教会堂)があるため、ユダヤ人団体も猛反発した。 ポーランドは、ナチスの侵略を受け、第二次大戦中に南部のアウシュビッツ強制収容所でユダヤ人とともに多くのポーランド人が犠牲になった。 ( 『 産経ニュース・共同 』 2010.7.16 10:26 ) この記事を読んで、『戦う民主主義』という理念を思い出した。『戦う民主主義』とは「ドイツ他ヨーロッパに見られる民主主義の理念の一つ。一般に、民主主義を否定することを認めない民主主義と考えられている」(wiki)。 要するに、いくら「言論・表現の自由」を容認する民主主義であっても、民主主義を破壊するような「言論・表現の自由」は法律で禁止するというものである。従って、ヨーロッパの多くの国では、ナチスを礼賛するような「言論・表現の自由」は認めないし、ご法度なのである。 ではわが国はどうかというと、基本的にそういった規制はない。従って、何かといえば「言論・表現の自由」を盾に、好き勝手に言いたいことを言い、それがあたかも民主的な「言論・表現の自由」だと勘違いしている輩が多い。塀に貼ってある「貼り紙をするな!」という貼り紙は、「貼り紙」ではない。この注意書きの貼り紙は「貼り紙」として見てはならないのである。ところが、やたら「言論・表現の自由」を振りかざす連中は「それも貼り紙だ!」と言って譲らない。味噌と糞の区別ができないのである。 確かにこの問題は難しい問題だが、何でもかんでも好きなことを言うことが「言論・表現の自由」ということではない。落選してなお法相に居座り続けている千葉景子が、過去の経歴や発言が問われず、また同じく官房長官・仙谷イエスが「韓国に戦後補償をすべきだ」などと、歴史を知らない頓珍漢な国益を毀損するようなことを平気で発言できるのも(もちろんそれを問題視しないメディアも)、もしかしたらこういった誤った「言論・表現の自由」が心底、身についているからなのかも知れない。 人を誹謗中傷するような「言論・表現の自由」は当然認められないし、また、政治家にとって国益を破壊するような「言論・表現の自由」は絶対に認められないことである。やはりヨーロッパのように、わが国も『戦う民主主義』の理念を法として取り入れるべきなのではないだろうか‥‥。 shiraty5027
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