新・朝鮮戦争と日本人の関わり
『中日新聞』というローカル紙も、ご多分に漏れず左寄りの新聞である。戦後、「進歩的文化人」(左翼)を気取ることがある種のステータスだった時代があった。今日、その馬鹿げた思想・論理はことごとく現実実態に粉砕され見る影すらない。だが、相変わらずその馬鹿げた思想・理論にしがみつき、われこそがオピニオンリーダーであると自負してやまないのが、これらの三流紙である。
その『中日新聞』が、昨日付け朝刊(7/28)に「朝鮮戦争知られざる関与」と題し、特集記事を組んでいた。大きく二つの内容で構成されているが、その一つ“日本人船員動員 米兵や武器輸送―上陸・救出39隻2000人作戦参加”は偏向そのものの内容であった。
大東亜戦争終結から5年後に始まった朝鮮戦争に、日本人船員約2,000人が操る39隻の戦車揚陸艦(LST)が参加したという史実が、三宮克己(83)という変人を通して書かれているのである。この男はその作戦に参加した人物で、朝鮮戦争後船を降り、いくつか転職した後、府中市議に当選し、護憲・反戦を信念に7期務めたというから、根っからの赤ピーマン(外見はマルキストだが中身は空っぽ)なのだろう。
記事は、この男の妄想と妄言によって綴られているのだが、次のくだりが最もよくこの男の馬鹿さ加減を表しているので、少しだけご紹介し、論評してみたい。
日本人船員の給料はよかった。危険手当が加わり、公務員の月給が8千円ほどの時代に1万6千円ほどもらった。たまに日本に帰ると高級な服を作り、浴びるほど酒を飲んだ。しかし気持ちは晴れなかった。
なら、なぜ給料を返上しなかったのか。貰うものだけ十二分に貰っておきながら、釈然としなかったなどというのは、詭弁も甚だしくそんな言い訳は通用しない。
「人殺しの手伝いをしているのか」とやりきれなかった。先輩、同僚の中には「日本は永世中立国のはずだ。なぜ他国の戦争に加担するのか」と憤然とする人もいた。
北朝鮮によって韓国が赤化統一されていたら、間違いなく今日の日本はなかった。隣国に巨大な共産独裁国家が現出していたら、反戦だの平和憲法だの、今日のような悠長なことは言っていられなかったはずだ。日本のようなある意味平和な国に安穏としていられるから、そんな無責任な馬鹿げたことが平気で言えるのである。お前が市議としてふんぞり返っておられたのも、米軍が北の侵略を押し返してくれたからだろう。「人殺しの手伝い」ではなく、正に人殺しを撃退するために国連軍が介入していたのである。どうしてそのことに感謝し、当時の自分の仕事に誇りがもてないのか? それに日本は永世中立国などではない。類は友を呼ぶ。お前も馬鹿なら、お前の先輩や同僚も馬鹿だな。どうして左翼の馬鹿どもはこうも事実を捻じ曲げて語りたがるのだろう。と、昨日はこの記事を読んで、朝っぱらから気分が悪かった。
特集のもう一方の方は“米軍の船不足 補完”というキャプションがついていた。こちらの方は大変勉強になった。日本人が朝鮮戦争に直接携わっていたのは、海上保安庁による特別掃海隊の派遣だけかと思っていたら、どうもそうではないらしいのである。
防衛研究所の石丸安蔵・戦史部所員の研究論文『朝鮮戦争と日本の関わり―忘れられた海上輸送』が引用されていて、それによると、朝鮮戦争時に日本を離れて海上輸送に携わった日本人は約8,000人いたという。上述の馬鹿も参加したという、直接LSTを操縦して米兵や武器を輸送した船員が約2,000人、物資を軍の輸送船か岸にあげるための機帆船の船員が約1,300人、仁川に派遣された港湾労働者が約1,000人、米軍の役務調達要求により日本の特別調達庁を通じて集められた船員が2,000人から3,000人。さらに特別掃海隊の隊員が約1,200人で、合計7,500人から8,500人になるという。
日本政府は終戦直後、外国からの邦人引き揚げや国内の捕虜送還などのために、米国政府から輸送船100隻、LST100隻など合計215隻を借り受ていたという。その船を順次米国に返還していたが、その途中で朝鮮戦争が始まったのだそうである。そのときまだ残っていた借り船が39隻。それがそのまま朝鮮戦争に使われたということである。やはり熱心な研究者はおられるものですね。
尚、石丸氏の論文は、PDFとしてネットに掲載されていたので、以下に紹介します。興味のある方はぜひご覧ください。
shiraty5027
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