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北朝鮮製「木箱地雷」を黄海で発見 韓国軍が爆破処理
【ソウル=水沼啓子】韓国軍合同参謀本部は31日、韓国北西部の黄海側の北朝鮮に近い注文島などの海岸で北朝鮮製とみられる「木箱地雷」8発を発見し、うち6発について爆破処理したと発表した。聯合ニュースが報じた。
合同参謀本部関係者の話として伝えたところによると、30日午後6時半ごろ、注文島で釣り人が「木箱地雷」1発を発見。この情報を受け、軍と警察が合同で捜索したところ、計11発が見つかった。うち3発は地雷が箱に入っておらず、地雷が入っていた8発については、軍が爆破処理した。
聯合ニュースによると、「木箱地雷」は縦9センチ、横20センチ、高さ4センチの木箱に入っており、対人地雷の1種。爆薬量は200グラム。木箱を開けると爆破する仕掛けになっているという。南北軍事境界線の周辺に設けている非武装地帯(DMZ)などに、北朝鮮が集中的に設置しているという。
韓国軍は、北朝鮮側に大量の雨が降ったため「木箱地雷」が韓国側の海域に流れ着いたとみている。過去にも同様のケースがあったという。
韓国では今、学校などが夏休み期間に入っている。ほかにも流れてくる可能性が高いため、軍関係者らは避暑客や住民らが誤って、流れ着いた「木箱地雷」を開けてしまわないか憂慮している。
( 『 産経ニュース 』 2010.7.31 15:55 ) プッ。
そんな見え透いた危険な箱、開ける奴がいるのだろうか? 子供向けには、お菓子箱のような包装が、大人向けには、Hな気持ちを掻き立てるような包装が施してあるのだろうか? それにしても、普通では考えられないようなまぬけな爆弾w やはり朝鮮人たちの考えることは、奇抜すぎてついていけないw
shiraty5027
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2010年07月31日
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米軍が合同演習後に「日本海」の名称復活…中国で韓国非難ズラリ
米海軍は29日、米韓合同軍事演習に関連するホームページにおける「East Sea(東海)」の名称を「Sea of Japan(日本海)」に変更した。演習が28日に終了した翌日だった。韓国メディアは一斉に非難。中国では関連記事のコメント欄に、韓国・韓国人への非難が殺到した。
中国のインターネットメディア「環球網」は18日付で、米軍は演習に際して、「東海」の呼称を使うと報道。「中国では『日本海』と呼んでいる」と紹介するとともに、米軍報道官が14日に米韓合同演習を説明した際に何度も「日本海」の呼称を使ったとこで「韓国人の自尊心はいたく傷つけられた」と報じた。
同記事に対して寄せられたコメントは、大部分が韓国・韓国人を非難/批判したもの。日韓両国に対する非難も多いが、日本だけを非難した意見はほとんどない。韓国を米国の「走狗」と決め付けた上で、自尊心などないと主張する意見や、日本海も、自分のものにしたいのだとの批判が目立つ。
「日本海」を「東海」と呼ぶことを許すと、日本は「東海(日本での呼称は東シナ海)」を「西海」、韓国は「東海」を「南海」と呼ぶようになるとして、国際社会に対する韓国の主張を認めると、果てしなく混乱が広がるとの意見もある。
「日韓両国に対する非難も多いが‥‥」って、なぜ日本も非難されてるんだ? 韓国が騒いでいるだけでしょ。まっ、やや険がある記事ですが、概ねよしとしましよう。w
他国の顔色を伺うわけではないですが、ロシアも「日本の海岸線が一番長いし、日本がなければ太平洋だから日本海でいい 」と言っているわけですし(当たり前のことですが)、 中国も記事にあるように「あれは日本海だ」と言っています。この一件に関しても、韓国の主張は孤立無援、四面楚歌なんですね。
そういえば北朝鮮には必ず中国やロシアのように庇ってくれる国がありますが、韓国にはそういう国がないんですよね。なぜって、韓国は誰彼関係なく、すぐに歯向かってきますから。そんな奴に、けっして友だちは出来ません。
いっそのこと6者協議で、北朝鮮をみんなで支持して、先にまず韓国を潰したらどうでしょうか? その方がみんなの足並みがそろいやすいでしょうし、確実に事態が進捗しませんか? その後ゆっくりと北朝鮮を料理‥‥。
朝鮮人たちって、ホントめんどくさい連中ですねw
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日本国憲法の七割は北一輝の「日本改造法案大綱」北一輝と聞いて、多分、知らない人も多いだろう。知っている人はおそらく「右翼の大物」「国家社会主義者」「2.26事件の思想的指導者」「2.26事件に連座して死刑になった人」といった程度の認識ではないだろうか。彼の著作で最も有名なものは 『日本改造法案大綱』 である。これは右翼のバイブルであったが、これを読むといかに現在の「日本国憲法」と符合する点が多いか、あらためて驚かされる。三島由紀夫氏がその点について『北一輝論』(三島由紀夫全集34巻:新潮社)で指摘しているので、抜粋掲載したい。 私は以前にも述べたが、北一輝が「日本改造法案大綱」で述べたことは、新憲法でその七割方が皮肉にも実現されたといふ説をもつてゐる。その「国民の天皇」といふ巻一は、華族制の廃止と普通選挙と、国民自由の回復を聾高に歌ひ、国民の自由を拘束する治安警察法や新聞紙條令や出版法の廃止を主張し、また皇室財産の国家下付を規定してゐる。これらはすべて新憲法によつて実現されたものであり、また私有財産の限度も、日本国民一人の所有しうべき財産の限度を三百萬圓とする、と機械的に規定したが、実質的には戦後の社会主義税法により相続税の負担その他が、おのづから彼の目的を実現してしまつた。また大資本の国家統一については、北一輝白身が注をつけて、大資本の国家的統一による国家経営は、米国のトラスト、ドイツのカルテルをさらに合理的にして、国家はその主体たるものであるといふ、国家社会主義の方法を設けたが、新憲法以後の日本の資本主義は、すでに修正資本主義の段階に入つて、資本主義自体が内的な改革を成就してゐたのである。ことに巻五の「労働者の権利」は、今讀んでも驚くばかりの進歩的な規定であつて、労働時間の八時間制、また労働者の利益配当が純益の二分の一を配当されるべしといふ、社会主義的な規定とか、労働者の経営及び収支決算参加、その他の條項及び幼年労働の禁止や婦人労働についても、社会主義国の先端的な労働法規定を定めてゐる。しかし、北一輝の「改造法案」からただ一つ新憲法が完全に遮断したものこそ、巻八の「国家の権利」である。この巻八の「国家の権利」を讀むたびに、私は戦後の日本が国家と呼びうるかどうか、新憲法が描いてゐるイメージとしての国は、果たして国家と呼びうるかどうかといふことに対して、いまさら疑問なきをえない。北一輝は、国家としての当然の要請として徴兵制を維持し、また、兵営または軍艦内においては、階級的表象以外の物質的生活の階級を廃止するといふことをもつて、軍隊の悪弊を打破し、また眞の国民兵役の確立のために当然の、現代のヨーロッパ諸国と少しも違はない義務を課してゐる。そしてまた、開戦の積極的な権利を国家主権の本旨としてゐるところは、十九世紀的な国家観のそのままの祖述であつて、これは何も北一輝一人の独創ではない。
このように『日本国憲法』と『日本改造法案大綱』は驚くほど似通っている。面白いのは、その「日本国憲法」を右翼とは真逆の共産党や社民党が必至で擁護しようとしているところである。もちろん彼らは9条のみを守ろうとするのが主眼であるが、それにしても右翼のバイブルを左翼が必至で守ろうとする図は、なんとも皮肉というか面白い。 結局のところ、右翼と左翼は同根なのではないか。つまり、左翼も根本的なところで天皇の存在さえ認めさえすれば、考え方において右翼とそう大差はないのではないかと思う。北一輝は便宜上天皇を持ち出しているが、基本的に実はそこにはあまり重きを置いていない(オラに言わせれば彼は純粋社会主義者だと思うのだが)。ともかく、北一輝が右からも左からもある種尊敬の眼差しで見つめられている点が、両者の考え方に大差がないことの証左ではないかと思う。問題はやはり天皇。極論すれば、両者の決定的な違いは、天皇を日本の文化・伝統の中心と捉え、国体の中心に据えるか否か‥‥。ただ、その一点の違いだけではないかと思う。 shiraty5027
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