|
『宮崎哲弥のこころのすがた』という番組に、青山学院大学分子生物学の福岡伸一教授が出ていた。話を聞いていて面白いと思い、さっそくyoutubeで探してみたところ『博士の異常な鼎談(ていだん)』というのがアップされていた。 テーマは「生命とは何か」。生命というのは「自己複製できるもの」というのが一般的生命の定義だそうである。DNAは2本の鎖が互いに互いを映し合うネガとポジの対構造で成り立ち、一方が失われても一方で補い合う関係にあり、それが機械論的生命論の根拠となっているという。遺伝子の組み換えや臓器(パーツ)の入れ替えが先端医療の主流になりつつあるのも、この機械論的生命論が根拠としてあるからだという。 ところが福岡教授は「生命は機械論では語れない」と断言する。つまり、いくら生命の要素を完璧に揃えてビーカーの中などで生成しようとしても、生命を作ることができないという。また逆に、マウスなどで受精卵の段階で設計図を書き換えて一つだけ部品が作れないようにしても、不具合な個体が現れることなく、完全な個体ができてくる(ノックアウトマウスの実験)ことからも、生命は機械論では語れないのだという。ジグソーパズルに例えるなら、一つのピースが欠けたとして、それは一対のピースのネガ・ポジが補い合っているのではなく、パズル全体のピースがその欠けたピースと連動していて、その欠けた部分を補っているのだという。 教授は、生命とは『動的平衡』(分子を入れ替えながらその同一性を保っているもの)であるという。食物摂取を考えるとき、一般的にそれは体内で摂取された食物を燃焼させ、動的エネルギーに変え、その残りカスが排出されていると考えられているが、実はそうではなく、分子レベルで体内のあらゆる分子の入れ替えが同時多発的に起こっており、それを補うために食物の摂取が行われているというのである。吐く息の中の二酸化炭素や、排泄する尿や便も、さっき食べたものが排出されているのではなく、体のあらゆる部分を構成していた分子の一部分が排出されているのだという。従って物質レベルでは絶えず破壊と交換が繰り返されていて、5年前の自分と今の自分とではまったく別人なのだそうである。 日頃、ものすごい速度で壊されながら作り続けられている脳細胞や心臓、歯や骨といったすべての細胞の動的流れを止めないために、我々は日頃食物を摂取し続けているのであり、まさにそれが生命だというのである。この「生命は機械ではなく流れである」と最初に言ったのは、ルドルフ・シェーンハイマー(1898〜1941)で、マウスの実験から以上のことはすでに証明されているという。 福岡教授はこれらのことを踏まえ、ES細胞(生物の受精卵から作られる、あらゆる細胞に変化できる細胞)やIPS細胞(皮膚などの体細胞から作られるあらゆる細胞に変化できる細胞)による治療に疑義を唱える。つまり、生命は動的平衡状態にあるので、これらの操作によってピンポイント介入すると、押せば押し返してくる、沈めようとすれば浮かび上がろうとする反作用から、その場限りにおいてはうまくいっているように見えても、思わぬ逆襲や副反応が起こる可能性があることを指摘しているのである。 つまり、我々の体は大きなジグソーパズルのようなもので、個々のパーツとしての臓器があるのではなく(ジグソーパズルの絵柄がそう見えるだけで)、細胞レベルでは各々が全体と緊密に連携し合っているというのである。従って、遺伝子を操作したり臓器を入れ替えることは、一見合理的でポジジティブに思えても、実は根本のところで大間違いを犯しているのではないかと指摘しているのである。 なるほど、この話は生命というものを自然の摂理という観点に立って考える上で、況や、生命の尊厳を考える上で、大変貴重なものであった。他にも「ブラセボ効果」(薬でないものを「薬だ」と言われて飲むと、本人の思い込みから治療の効果がでること)の話や、「コラーゲンの幻想」、「エントロピー増大の法則」などの話があって、目から鱗、大変面白かった。 前篇・後編、合わせて6カットあります。 shiraty5027
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用





