瓜食めば
戦後GHQによって我が国の新聞や雑誌、ラジオ、映画、果ては書簡まで検閲が行われたことはよく知られている。だが、同時に焚書まで行われていた事実はあまり知られていない。その数約7,000冊。なぜ自由と民主主義を掲げ、我が国に一方的に「平和憲法」なるものを押し付けてきたアメリカが、一方で表現の自由とは裏腹な焚書という蛮行を行っていたのか。理由は明白である。日本の国体を骨抜きにすること、大東亜戦争は日本が「絶対悪」で連合国が「絶対善」という間違った観念を徹底的に植えつけるための手段であった。もっと言えば、日本軍は悪辣非道で鬼畜という虚像をでっち上げることによって、連合軍の蛮行を正当化するという狙いがあったのである。以下に抜粋した焚書の一文は、そんなGHQの思惑を一蹴するに足るものである。
一等兵の戦死 ( 松村益二著 春秋社 昭和13年 )
時は日中戦争の最中。前方の民家の先には敵が散在している。そんな中、部隊が休息している場面である。
龍口(たつぐち)一等兵は、そんな仲間から少し離れて一人ボロボロになった手紙を読んでいた。
「ご熱心ですね〜」
僕はこの大正十年兵の横に座った。
「いや〜」
彼は眩しそうに僕を見上げて、僕が腰を下ろすと人のよさそうな笑顔で照れくさそうに返事をした。龍口一等兵の目尻は笑うと皺が深くなり、 中年の本当にしみじみと自分の家庭の幸福を味わい楽しんでいる人らしさが表れるのである。それに、几帳面な彼は不思議と思われるくらい身ぎれいにしている。髭などいつも当たっているだけに、彼の顔には年齢が正直に出ているのである。
「何か大事な書きつけと見えますね」
僕は彼の手の中にある傷んだ便箋を覗きこんだ。
「いや、私には七つになる一人娘がありましてね、それが‥‥」
彼はこう言いながら僕の方に差し出した。何回も何回も取り出しては、一人楽しんでいたのに違いない。鉛筆の字もかすれて、わずかに読める程度だった。
「拝見しても‥‥」
「さあ、どうぞどうぞ」
何という無邪気な手紙だろう。片仮名ばっかりで。
お父さんお元気ですか。お隣の良子さんのお父さんは名誉の戦死をしました。お父さんも名誉の戦死をしてください。と書いてあった。
「いやはやね、娘に戦死しろと言われちゃ困りますよ」
龍口一等兵は笑いながら大事に手紙を手帳の間にしまい込んだ。
「しかし、七つにしてはずいぶんお利口さんじゃありませんか」
「親馬鹿ですか。とにかく自慢でしてね。そりゃ、まったく私のような男の子供と思われないくらいなんですよ」
彼はそう言って、手紙をしまった手帳から写真を取り出して僕に示した。親子三人の写真だった。素朴な和服、その奥さんも質素な夫人、ただ娘さんだけが可愛い装いだった。
「幼稚園に入れているんですが、この節は費用が掛かりましてね。私らのような者には実際つらいですよ」
内地の兵営にいたとき、僕は出征兵士の名簿を作成する仕事を与えられていた。い、ろ、は、に、ほ、と繰って「た」龍口弥七、職業はたしか農業兼商業とあったと思い出す。
僕はしみじみとした気持ちで、戦場にも漂う生活の臭いを嗅ぎ、龍口一等兵を眺めながら軍衣を脱ぎ、巻き脚絆を取り、僕の恋人から贈られた毛糸のチョッキを脱ぎ裸になった。足指が秋の太陽にのびのびと爽やかで、冷え冷えする大気の中で裸の身体が太陽の光を吸い込むようで気持ちがよかった。裸になるなど、久しぶりであった。
shitraty5027
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