ブランチ・デュボア
今日、歯医者の待合室にいたら、白髪混じりでボサボサ頭の一見老女が入ってきた。目は虚ろで、ひどく腰が曲がっている。顔をよく見ると、同級生のNさんに似ている。もしかして、と思い「ひょっとしてNちゃん?」と声をかけてみた。すると「えっ? shiraty君?」と言うなり、抱きつかんばかりにオラの手を握ってきた。同じ町に住みながら、彼女と落ち着いて対面するのは40年ぶりのことである。
彼女とは小・中(学校)が同じで、とても頭がよく美人で、学校ではみんなの憧れのまと、マドンナ的存在であった。彼女は進学校に進み、東京の音大を出て中学校の教師になった。彼女はオラが勤務していた高校の前を毎朝車で通るのだが、オラの学校の生徒が横断歩道を渡ろうとすると必ず一旦停止をしてくれ、交通指導をしているオラに笑顔で挨拶をしてくれていた。
彼女は15年ほど前に学校を辞めた。極度のうつ病にかかり、辞めざるを得なくなったという。その後すぐにご主人が人工透析を受けなければならない病にかかり、つい最近亡くなられた。彼女は自らの病で、今も病院に通っているという。
歯医者の待合室で彼女といろいろ話をした。昔のことや今のこと‥‥。だが彼女の話は、一つ一つはまとまりがあるとはいうものの、全体的にはやはり茫漠としていた。話している最中にオラの治療の番がきた。治療室から待合室が見える。彼女はソファーに座っているのだが、話している時とはうってかわって体を大きく前に倒し、まるで腹這いになって眠っているような姿勢であった。これも病のせいなのだろうか。
オラの治療が終わり、彼女の番になった。入れ替わるとき彼女に小声で「Nちゃん、体に気を付けてな‥‥」と言った。彼女は大きく頷き、同じような言葉をオラに返してきた。彼女が治療室に入った後の待合室のソファーには、彼女が着てきたコートが広げられたまま脱ぎ置かれ、離れたところにバックが2つ口を開けたまま無造作に置かれていた。
オラは彼女のコートをたたみ、バッグの口を閉じ、ほかの患者の邪魔にならないようにまとめて置いた。待合室から治療室を覗くと、彼女はオラが座っていた同じ治療椅子に体を深くうずめ、静かに治療が始まるのを待っていた。そんな彼女の後ろ姿がとても不憫であった。
|