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ちょいとイイ話:日波交流史

 「波」というのはポーランドの略である。漢字では「波蘭」と表記する。別に「はらん(波乱)」が多い国という意味ではない(すいません)。日本ではドイツによる迫害から約6000人のユダヤ人を救った杉原千畝(すぎはらちうね)氏のエピソードがあまりにも有名だが、ここにもう一つ、ポーランドの孤児たちを救った日本人たちの逸話がある。エンジョイ・コリアというサイトを見ていたら「日本人が知らない、日本と交流のある国その1」(archimedes1000氏による投稿:2007.08.01 19:58:32)という記事があったので、そのまま紹介したい。

日本人が知らない、日本と交流のある国

 神戸大震災の時に、日本の子供たちに70年前の恩返しをしてくれた国があった。

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 シベリアは長い間、祖国の独立を夢見て反乱を企てては捕らえられたポーランド愛国者の流刑の地だった。1919年、ポーランドがロシアからようやく独立した頃、ロシア国内は革命、反革命勢力が争う内戦状態にあり、極東地域には政治犯の家族や、混乱を逃れて東に逃避した難民を含めて、10数万人のポーランド人がいた。

 その人々は飢餓と疫病の中で、苦しい生活を送っていた。とくに親を失った子供たちは極めて悲惨な状態に置かれていた。せめてこの子供達だけでも生かして祖国に送り届けたいとの願いから、1919年9月ウラジオストク在住のポーランド人によって、「ポーランド救済委員会」が組織された。

 救済委員会は欧米諸国に援助を求めたが、ことごとく拒否され、窮余の一策として当時国交の無い日本政府に援助を要請することを決定、救済委員会会長は1920年6月に来日し、外務省を訪れてシベリア孤児の惨状を訴えて、援助を懇請した。そのわずか17日後には、シベリア孤児救済が決定された。独立間もないポーランドとは、まだ外交官の交換もしていない事を考えれば、驚くべき即断であった。

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 それから、翌1921年7月まで5回にわたり、孤児375名が来日。さらに1922年夏には第2次救済事業として、3回にわけて、390名の児童が来日した。合計765名に及ぶポーランド孤児たちは、日本で病気治療や休養した後、第一次はアメリカ経由で、第2次は日本船により直接祖国ポーランドに送り返された。習慣や言葉が違う孤児たちを世話するには、ポーランド人の付添人をつけのがよいと考え、日赤は孤児10名に1人の割合で合計65人のポーランド人の大人を一緒に招くという手厚い配慮までしている。

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 日本に到着したポーランド孤児たちは、日赤の手厚い保護を受けた。孤児たちの回想では、特に印象に残っていることとして以下を挙げている。ウラジオストックから敦賀に到着すると、衣服はすべて熱湯消毒されたこと、支給された浴衣の袖に飴や菓子類をたっぷ入れて貰って感激したこと、特別に痩せていた女の子は、日本人の医者が心配して、毎日一錠飲むようにと特別に栄養剤をくれたが、大変おいしかったので一晩で仲間に全部食べられてしまって悔しかったこと、、、到着したポーランド孤児たちは、日本国民の多大な関心と同情を集めた。

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 このような手厚い保護により、到着時には痩せこけていたシベリア孤児たちは、急速に元気を取り戻した。日本出発前には各自に洋服が新調され、さらに航海中の寒さも考慮されて毛糸のチョッキが支給された。この時も多くの人々が、衣類やおもちゃの贈り物をした。横浜港から、祖国へ向けて出発する際、幼い孤児たちは、親身になって世話をした日本人の保母さんとの別れを悲しみ、乗船することを泣いて嫌がった。埠頭の孤児たちは、「アリガトウ」を繰り返し、「君が代」を斉唱して、幼い感謝の気持ちを表した。神戸港からの出発も同様で、児童一人ひとりにバナナと記念の菓子が配られ、大勢の見送りの人たちは子供たちの幸せを祈りながら、涙ながらに船が見えなくなるまで手を振っていた。子どもたちを故国に送り届けた日本船の船長は、毎晩、ベッドを見て回り、1人ひとり毛布を首まで掛けては、子供たちの頭を撫でて、熱が出ていないかどうかを確かめていたという。その手の温かさを忘れない、と一人の孤児は回想している。

 それから70年ほど経た1995年・・・、

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 そして1995年1月17日未明、日本では阪神大震災が起こり、死者5000名を超す未曾有の大惨事が起きた。たくさんの子供が親を震災で無くした。

 1995年、ポーランドから来日中の「ジェチ・プオツク少年少女舞踊合唱団」が、阪神大震災の被災地激励などのため兵庫県庁を訪れた。 同合唱団は、ロシア革命などの動乱の中、シベリアから日本人によって救出されたポーランド人元孤児の感謝のメッセージを携えており、「日本の人々が私たち孤児に良くして下さったように、(被災地の)子どもたちに恩返しをしたいと強く思いました」などと書かれた感謝状を芦田弘逸・副知事に手渡した。

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 ポーランドは、震災後の1995年と96年夏、「心の癒(いや)しの一端を担えれば」と被災地の孤児ら計60人の子供を招待した。写真は阪神大震災でポーランドへ招待された震災で親を亡くした子供たち。阪神大震災で家族や自宅を失った子どもたち約600人が当時、海を渡った。「壊れた街を一時離れ、心の安定を取り戻してほしい」。米、英、仏、独、豪、ロシア、スイス、チェコなどの12カ国から受け入れの申し出があった。その後も、文通などの交流は続いた。震災10年の節目を迎え、参加者の間で再訪計画が持ち上がっている。在ポーランドの日本大使館へ感謝の言葉を75年ぶりに伝えにやってきた元孤児の老人たち
(765名のうち20名が今もご健在)

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 そして、ヘンリク・サドスキさ ん(88)は、次のように語った・・・、 「20世紀の初め、孤児が日本政府によって救われました。 シベリアにいたポーランドの子供は、さまざまな劣悪な条件にありました。その恐ろしいところから日本に連れて行 き、その後、祖国に送り届けてくれました。親切にしてく れたことを忘れません。……私たちの感謝に満ちた思いを運んでくれるでしょう。日本のみなさん、ありがとう。」

 以上、いまも、これらの話はポーランドの義務教育で使用する教科書に掲載されている。

 ポーランドは、東欧最大の親日国として、日本人にも知られている。

我々は恩を忘れない国民である

 シベリア孤児救済の話は、ポーランド国内ではかなり広く紹介され、政府や関係者からたくさんの感謝状が届けられている。極東委員会の当時の副会長ヤクブケヴィッチ氏は、“ポーランド国民の感激、我らは日本の恩を忘れない”と題した礼状の中で次のように述べている。

 「日本人は我がポーランドとは全く縁故の遠い異人種である。日本は我がポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。しかも、我が不運なるポーランドの児童に斯くも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を表わしてくれた以上、我々はその恩を忘れることはない。我々の子供たちをしばしば見舞いに来てくれた裕福な日本人の子供が、孤児たちの服装の惨めなのを見て、自分の着ていた最も綺麗な衣服を脱いで与えようとしたり、髪に結ったリボン、櫛、さては指輪までもポーランドの子供たちに与えようとした。こんなことは一度や二度ではなかった、しばしばあった。ポーランド国民もまた高尚な国民であり、我々はいつまでも恩を忘れない国民であることを日本人に告げたい。日本人がポーランドの児童の為に尽くしてくれたことは、ポーランドはもとより米国でも広く知られている。ここにポーランド国民すべては日本に対して、最も深い尊敬、最も深い感銘、最も深い恩、最も温かい友情を持っていることをお伝えしたい」

 この記事の韓国人のコメントに、「ポーランド人々も、 日本人がナチドイツよりもっと酷い人々というのが分かるようになれば少しは変わる。 遠いということは良いのだ..(苦笑)」というのがあった。ものごとを正しく、前向きに捉えられない、ひねくれた朝鮮人の性癖がよく表れている。それに対し、日本人のコメントに「ウリ達も恨は忘れないニダ」は、うまい! やはり、韓国(朝鮮)人たちは国際人たりえない。がはははは。

参 照



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売国国会議員60人衆

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売国国会議員60人衆

 ここに名前を挙げた連中は「日朝国交正常化推進議員連盟」に名を連ねている国会議員たちである。「日朝国交正常化推進議員連盟」というのはご承知のように、わが国の主権に関わる大問題「拉致問題」を蔑ろにして、あの金正日独裁政権と仲良くしようと考えている議員たちである。「百害あって利権あり」。これらの売国議員たちの名をしっかりと脳裏に刻んで、次の国政選挙では、必ずや、われわれ有権者の手によって国政の場から葬り去ろうではないか!

日朝国交正常化推進議員連盟名簿 60人  (08/05/22現在)

氏名      政党 衆参   選挙区     役員

安次富修    自民   衆   (比)九州
石田真敏    自民   衆   和歌山2
石原伸晃    自民   衆   東京8
岩國哲人    民主   衆   (比)南関東   筆頭副会長
衛藤征士郎   自民   衆   大分2       副会長
遠藤乙彦    公明   衆   (比)北関東   副会長
大野功統    自民   衆   香川3
大前繁雄    自民   衆   兵庫7
笠井亮      共産   衆   (比)東京都   副会長
加藤紘一    自民   衆   山形3       顧問
亀井静香    国民   衆   広島6       顧問
菅直人      民主   衆   東京18      顧問
菅野哲雄    社民   衆   (比)東北
木村義雄    自民   衆   香川2
小杉隆      自民   衆   東京5
坂本哲志    自民   衆   熊本3
重野安正    社民   衆   (比)九州
鈴木克昌    民主   衆   愛知14
平将明      自民   衆   東京4
武田良太    自民   衆   福岡11
田野瀬良太郎 自民   衆   奈良4       会計監査
土肥隆一    民主   衆   (比)近畿     幹事
冨岡勉      自民   衆   (比)九州
中川正春    民主   衆   三重2
中谷元      自民   衆   高知2        幹事
並木正芳    自民   衆   (比)北関東
野田毅      自民   衆   熊本2
馳浩       自民   衆   石川1
鉢呂吉雄    民主   衆   北海道4
林幹雄      自民   衆   千葉10
東順治      公明   衆   (比)九州      顧問
日森文尋    社民   衆   (比)北関東
平岡秀夫    民主   衆   山口2
平沢勝栄    自民   衆   東京17
船田元      自民   衆   栃木1
茂木敏充    自民   衆   栃木5
森山裕      自民   衆   鹿児島5
保岡興治    自民   衆   鹿児島1
山崎拓      自民   衆   福岡2        会長
渡辺具能    自民   衆   福岡4
井上哲士    共産   参   比例
加賀谷健    民主   参   千葉
神本美恵子   民主   参   比例
川上義博    民主   参   鳥取        事務局長
自見庄三郎   民主   参   比例         副会長
谷博之      民主   参   栃木
遠山清彦    公明   参   比例
浜田昌良    公明   参   比例
福島みずほ   社民   参   比例         顧問
藤末健三    民主   参   比例
藤谷光信    民主   参   比例
又市征治    社民   参   比例         副会長
松岡徹      民主   参   比例
峰崎直樹    民主   参   北海道
山内徳信    社民   参   比例         幹事
山下栄一    公明   参   大阪
山下芳生    共産   参   比例         幹事
山下八洲夫   民主   参   岐阜
吉村剛太郎   自民   参   福岡

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竹島問題:米国の禁反語違反に注目せよ!

           「竹島は無主の島」で韓国大騒ぎ 米、韓国の主張を拒否

 【ソウル=黒田勝弘】竹島(韓国名・独島)問題で反日・愛国ムードが高潮している韓国で、今度は米政府機関の「地名委員会(BGN)」が島に対する韓国の領有権主張を退けていることが判明し、大騒ぎになっている。BGNの公式資料によると、島の名称は中立的な「リアンクール岩礁」を基準とし、領有権については「主権未確定」としている。

 韓国のマスコミはこのことを連日、大々的に報じ、韓国政府の対応不足を激しく批判。同時に「この背景には日本政府の執拗な工作がある」と日本非難を展開している。韓国政府は緊急対策会議を開き、在米大使館を通じ経緯の把握に乗り出すとともに、米側に韓国の立場を伝達するよう指示。さらに各国での実情調査も進めるという。

 「リアンクール岩礁」は19世紀にこの島を“発見”したフランス捕鯨船の名称からきたもので、海外の文献にしばしば登場する。BGN資料には「竹島」や「独島」などいくつかの名称も“別名”として記載されているが、韓国マスコミは「独島」より前に「竹島」が紹介されていることにも不満が強い。

 BGNは、領有権が対立しているという客観的な事実にのっとり中立的な措置を取ったものとみられる。しかし韓国では政府、マスコミをはじめ官民挙げて「あの島はわが国固有のもので紛争の対象ではない」という建前と思い込みが強いため、今回のような国際社会の“中立的態度”にも極度に反発する結果となっている。

                                         ( 『 産経ニュース 』 2008.7.28 18:11 )

 前回の記事でも書いたが、なぜ日本は米国に対し厳重に抗議をしないのだろうか。

 話を少し整理してみたい。この米政府機関の「地名委員会(BGN)」はこれまでこの島の領有権を「韓国領」としていた。それを最近になって同委員会が、領有権については「主権未確定」とした。おそらくこの一件が発覚したのも、韓国外交通商省の「各国の島名表記を調査せよ」という涙ぐましい通達努力によって偶然発覚したものだろうが、もしそのことを予め計算して、わが国が学習指導要領・解説書への「竹島」記載を仕掛けていたのなら大したものである。まず、そんな高度な戦略は、わが外務省にはないだろうが‥‥。

 それはともかく、記事にもあるように韓国はこの問題で今火病再発、沸騰・興奮状態にある。そのことは、ざま〜見ろというかどうでもいいことなのだが、問題はわが国の対応である。BGNが今回のように資料を訂正する前、すなわちこの竹島の領有権が「韓国」となっていたとき、はたしてわが国は厳重にそのことに抗議をしていたのであろうか。私はそんな話をつゆ聞いた事がない。おそらく抗議などしていなかったのであろう。

 今回BGNが、「韓国領」を「主権未確定」に改めたということは、ただ単にこの島の領有権を「白紙」に戻したというだけのことなのであり、日本の主張を盛り込んだものではないのである。もしかしたら日本政府は、それでしてやったりと考えているのかも知れない。大いなる前進、外交的成果だと勝手に自負しているのかも知れない。だが、とんでもない。政府は忘れているのかも知れないが、この島の名称は「竹島」、領有権は「日本」にあるのである。

 当然、日本政府はBGNに対し厳重に抗議をしなければならないのである。最近、当ブログで「ラスク書簡」についてしばしば取り上げている。「ラスク書簡」というのは、簡単にいってしまえば、戦後日本が国際社会に受け入られる際(サンフランシスコ講和条約)、そのドサクサにまぎれて竹島の領有権を不当に主張する韓国側の要求を米国側が突っぱねた書簡である。「竹島」が日本の領土であると米国が認識していた証拠書簡なのである。

 この書簡をなぜ日本政府はBGNに突きつけないのか。書簡といえども、当時の米国政府の公式な見解である。この見解を反故にするということは、明らかに「禁反語(estoppel)」違反なのである。「禁反語」というのは、過去の言行と矛盾する主張を禁ずる法原則であり、外交上の大原則、絶対的国際ルールである。それを反故にするということは、国家として絶対にやってはならないこと。それを米国は平気でやっているのである。

 韓国は今この問題で興奮状態にある。これは考えようによっては日本が「竹島が日本の領土である」ことを世界に発信するまたとない機会なのである。韓国の興奮に乗じて、ぜひこのカードをBGNに突きつけ、その正否を世界に向けて明らかにしてもらいたい。


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韓国が竹島を国際司法裁判所に共同提訴したくないないわけ

             伊吹自民党幹事長「独島問題、国際司法裁で解決を」

イメージ 1 自民党の伊吹文明幹事長が、独島(ドクト、日本名・竹島)問題は国際司法裁判所(ICJ)で解決しなければならない、と主張した。

 産経新聞などの報道によると、伊吹幹事長は15日午前の記者会見で、今回の独島(ドクト、日本名・竹島)領有権明記をめぐる韓国の反発について「事実関係を淡々と書いており、韓国にもそのことをよく説明しなければならない」と話した。 また伊吹幹事長は「(独島の領有権を明確にするために)国際司法裁判所に提訴して解決するのが国際的なルール」と強調した。

 今回の伊吹幹事長の発言は、独島問題を国際司法裁判所に持ち込むために紛争化してきた日本の態度と同じ脈絡と分析される。 日本はその間、独島を国際紛争地域にし、国際司法裁判所で解決しようという努力を続けてきた。

 日本外務省は独島について「歴史的な事実と国際法上で日本の固有の領土であり、韓国の占拠は国際法上根拠がない不法占拠」という公式立場を維持している。

 99年に日本外務省のインターネットホームページで独島を日本固有の領土と主張したのをはじめ、05年には島根県が「竹島の日」を制定するなど、絶えず論議を呼んでいる。
                                        ( 『 中央日報 』 2008.07.15 17:16:23 )

 韓国が「竹島問題」を国際司法裁判所(ICJ)に共同提訴したくない理由は、一言で言って負けると分かっているからである。結論を言ってしまえばそういうことなのだが、その心理的背景を言えば次のようになる。

 韓国は建国以来、歴史を捏造歪曲してきた。それは国家としての求心力を高めるため、歴代為政者が取ってきた手段なのである。ありもしない英雄伝説を数多く作り「抵抗と栄光の歴史」を捏造してきた。大東亜戦争が終わるまで韓国(朝鮮)は日本の一部であった。ところが日本が敗戦すると、あたかも戦勝国であるかのような気運が朝鮮人たちの間に広まった。日本と戦争をしていたわけでもない国が、なぜ戦勝国なのか‥‥。日本と戦った連合国は、当然韓国(朝鮮)を戦勝国には加えなかったのである。そんな恨(ハン)が、やがて李承晩の海洋主権宣言(1952)に基づく漁船立入禁止線(いわゆる李承晩ライン)によって発散される。李承晩大統領は「竹島」を韓国の支配下にあると、敗戦ままならぬ疲弊した日本を陥れるかたちで、一方的に宣言した。つまり、韓国人たちの「竹島は韓国の領土」という誤った認識は、ここを起点としているのである。その後、この誤った認識が教育によって洗脳、定着化していった。韓国人たちが頑迷固陋にも、「日韓の間に領土問題は存在しない」と頑なに言い張るのも、実はこうした極度の洗脳と、「自民族優位主義」というありもしない幻想からくる恨(ハン)の苛立ち、そのはけ口として「竹島」が存在しているのである。

 韓国が「竹島問題」をICJに共同提訴したくないもう一つの理由は、韓国がそもそも民主的な法治国家ではないということなのである。かつて、韓国を近代化するために日本人に協力し尽力した韓国人たちに「親日派(売国奴)」という汚名を着せ、直接関係のないその子孫たちの財産を没収するという、いわゆる遡及法を断行するような国はとても法治国家とはいえない。法の公正性に信用が置けない国、いわば人間不信の国に法や裁判の公正さを説くのは難しい。昨日の『朝鮮日報』の社説も「日本は韓国を刺激して竹島を紛争地域化し、日本人の裁判官がいる国際司法裁判所に問題を持ち込もうとしている」と、韓国人特有の猜疑心を滲ませているが、公正な裁判というものはそんなものではない。多くの資料を分析検討し、証拠や証言をもとに公正に判断されるものなのである。それに、ICJの裁判官は15人である。しかもさまざまな国から厳選された人物が任にあたっている。韓国社会のように賄賂や人脈がものをいう世界ではないのである。以上、「間違った認識と信念」と「法に対する不信感」が、韓国人たちのICJ提訴を拒む心理の背景にあるのである。

 今回、日本政府の中途半端な決定を受けて、韓国国土海洋部は、竹島に行政事務所を設置する一方、生活物資の輸送を増やすなど、実効的な支配を強化する対策を発表した。それによると、竹島に来年までに行政事務所を設置し、竹島を訪れる観光客や漁師、それに警備隊などの支援業務にあたる公務員を常駐させることにしたという。さらに、来年から160トン級の竹島管理船を運航して竹島周辺の海域を探査・管理するとともに、竹島で不法に生活している住民のために各種の生活物資の輸送を増やすことにしたというのである。ますます不当な実効支配を強化し、既成事実を積み重ねる狙いである。わが国はICJで決着をつけようとは言っているものの、ICJに働きかけているわけではない。具体的に何ら手を打っていないのである。

 確かにICJに問題を委ねるためには、当事国が共に提訴しなければならない。だが、例えばICJに対して「仮保全措置」の申請をするなど、当事国一方が提訴しなくてもそうしたことは可能なのではないか。仮保全措置の申請というのは、本案の判決が出るまでに、回復不能な損害が出ることを防ぐため当事国のさらなる行為の自粛を求めるものである。もちろん一方で、あらゆる機会を通じて日本の主張を世界に訴えていく具体的なアプローチも、当然、並行して行っていく必要がある。

 今回、政府の軽率で中途半端な決定のために、韓国のデタラメな認識と信念に基づく馬鹿げたナショナリズムに火をつけてしまった。政府はこの責任をとって、一刻も早く具体的な処置を講じなければならない。これ以上、国民からの信頼を失ってはならない。


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お笑い「板門店」思い出の訪問記

イメージ 1 私はこれまでに3回“板門店”を韓国側から訪れたことがある。本当は4回になるはずだったのだが、1回は1996年9月に起きた「北朝鮮潜水艦座礁事件」がその訪問を遮った。韓国江陵市沖で座礁した北朝鮮の潜水艦乗組員が上陸して、韓国軍との銃撃戦により26名が射殺されたというあの事件である。韓国へ着いて、いよいよ明日“板門店”というときに、あの事件で射殺された北朝鮮兵士の遺体を、板門店経由で送還するというのである。事件が起きたのは9月であり、私の訪問は12月であった。まさかよりによってその日に遺体の送還があるなどと誰が予想できただろうか。確かに旅行社のパンフレットには「国連軍の都合により突然中止になる場合もある」と明記されている。文句は言えない。韓国へ来た目的が“板門店訪問”だけにあっただけに、その突然の中止は非常にショックであった。

 それはともかくとして、3回の“板門店訪問”はいずれも忘れることが出来ない貴重な経験であった。まず、当日の朝は指定の集合場所に集合し、板門店ツアーを希望している他の人たちと合流する。板門店ツアーは個人で参加する場合と、他のツアーから分かれてオプションで参加する人たちがいる。韓国人の参加は特別の許可がない限りダメで、もっぱら外国人だけ。ガイドさんは日本語が出来る韓国の女性であった。

 いよいよ出発。目的地である“板門店”に向けてバスは統一路という道をひた走る。途中“フィリピン参戦記念碑”のあるところで一旦休憩。ソウルを出発して第一関門である“自由の橋”へ行くまでは車中のあちこちで笑い声やおしゃべりが聞こえたが、いよいよ非武装地帯(DMZ)の入り口である“自由の橋”の検問所に到着し、国連軍の兵士がバスに乗り込んできて一人一人のパスポートをチェックするあたりから、車内は緊張感がみなぎりはじめた。普段我々が目にすることのない拳銃を吊り下げた兵士が、目の前で眉間にしわを寄せ、一人一人のパスポートをチェックする。緊張感が走らないわけがない。目的地の“板門店”に行き着くまでに、確か3回ほど国連兵がバスに乗り込んで来てパスポートの提示を求めてきたが、そのうちの一回、バスの入り口付近で国連兵が姿勢を正し我々に向かって敬礼をしようとしたとき、誤って傍に設置されていたテレビに頭をゴチンとぶつけた。状況が状況であったなら、車内は大爆笑になっていたところだが、もはやツアー客にそんな余裕はない。顔をこわばらせたまま、じっとその様子を見つめて入る。

 “キャンプ・ボニファス”という国連軍最前線基地に到着した。ここで非武装地帯(DMZ)に入るためのブリーフィングを受けるのである。基地の一角にある教室のような場所に移動し、簡単な朝鮮戦争の経緯や非武装地帯の説明を受けた。その後、国連軍側が用意した誓約書に署名しなければならないのであるが、その誓約書というのがすごい。「この非武装地帯(DMZ)内で(自分の身に)何があっても、国連軍および韓国政府、日本政府には一切責任はありません」というのに署名しなければならないのだ。「何があっても」というのは平たく言えば「死ぬようなことがあっても」ということだ。それにしてもなぜ日本政府なのか。国連軍と韓国政府というのは分かるが、日本政府に対し誓約しなければならないのはおかしい。ふだん犬猿の仲の日韓政府が、こんなときだけ結託しやがって‥‥、という複雑な思いを抱きながらエンピツで署名した(鉛筆での署名というのもおかしな話だが)。

イメージ 2 その後、基地内の食堂に移動しビュッフェ形式の昼食をとったが、これが実に美味かった。ローストチキンにマッシュポテト、サラダにキムチといろいろあったが、とりわけローストチキンが美味かった。大袈裟かもしれないが、今までの人生の中でこれほど美味いと思って食べた食事はない。たぶん心のどこかで「これが最後の食事になるかもしれない」という意識がはたらいていたのかもしれない。

 食事が終わって少し休憩したところで、いよいよ非武装地帯へ出発。国連軍の用意した別のバスに乗り換えての出発である。バスを先導するのは、国連旗を翻した米軍軍用車“ハマー(HUMVEE)”。これがまた何ともカッコイイ。バスに乗車して待っていると、同乗する国連軍の兵士が外で、携帯する自分の拳銃の試射を行なっている。試射用の筒のようなものに向けてバーン、バーン、バーンと試し撃ちをしているのである。本物の拳銃を発射するのを間近で見るのは初めてだ。いやがうえにも緊張する。その兵士に感心したことは、バスに同乗してからというもの一切腰の拳銃に手を触れなかったことだ。バスの先端に立ったこの兵士は、頭に手をやったり腕組みはしたりするものの、意識的にか腰の拳銃には一切手を近づけない。ツアー客が一般人であることを意識し、過剰に恐怖心を与えない配慮が何とも憎らしかった。

 バスが休戦会議場に近づいたときガイドさんが、突然

「あれ、今日はどうして北朝鮮の兵士があんな所にいるのでしょう。いつもはいないのに‥‥。何かあるのでしょうか‥‥」

 と言う。車外を見ると、確かに2名の北朝鮮兵が談笑しながらこちらの方を見ている。もちろん境界線の向こう側ではあったが、初めて銃を肩にかけた北朝鮮の兵士を間近で見る我々にとって、そのガイドさんの言葉は恐怖以外のなにものでもなかった。3回板門店を訪れて分かったことだが、そんな光景はよくあることで、ガイドの悪ふざけであったことが後で分かった。チクショー、あのガイド、馬鹿にしやがって!

イメージ 3 休戦会議場に入った。この会議場の中だけは、限られた時間内に限って境界線を越えて北側に入れる唯一の空間なのである。真ん中にテーブルが置かれ、マイクとコードで境界線が仕切られている。北側に面した出入り口には国連兵が不動の姿勢で立ち、見学者が北側へ出るのを防いでいる。ガイドさんが

「では皆さん、3分間だけ境界線を越えて北側に行ってもいいですよ。ただしこの部屋の中だけ」

という合図で、我われ参加者は境界線を越えて北側に入る。窓の外からは北朝鮮の兵士が部屋の中の様子を覗いている。窓ガラスに顔をくっつけるようにして中を覗き込んでいる者もいれば、腰にさげた軍用拳銃に手をかけてニヤニヤ不敵な笑みを浮かべながら覗いている者もいる。戦慄を覚える。

イメージ 4 部屋の中に目をやると、テーブルの上に飾られているはずの国連旗がない。確か何かの写真で見た記憶があるが、どうしてないのだろうかと考えていると、ふと思い出した。以前はテーブルの南側に国連旗が飾ってあったのだが、北朝鮮の兵士がその旗で自分のクツを拭くので国連軍側が撤去したのだ。今は額縁に入れて北朝鮮兵士に触れさせないようにしてある。すると、またもやガイドの甲高い声

「皆さん!3分経ちました、急いでこちら側に戻って来てください!!じゃないと‥‥」

と。その声にツアー客は驚き、われがちに南側の空間へ戻ろうとする。前を行く人間の腕をつかみ、周りの人間を蹴散らし、なりふりかまわず必死にわれ先にと‥‥。後で分かったことだが、これもガイドの悪ふざけで、見学者の慌てる様子を見て楽しんでいるらしい。ウルトラマンじゃあるまいし、厳密に3分だけ北側に入ることが許されているなんて、冷静に考えてみればどう考えたっておかしい。チクショー、あのガイドの野郎、人の心をもてあそびあがって!

イメージ 5 休戦会議場の見学を終えた我われは、再びバスに乗って車窓見学である。“帰らざる橋”“ポプラ事件記念碑”などをガイドのヘタクソな日本語の説明を聞きながら観てまわる。軍事境界線(DMZ)内にある第5哨舎(CP5)で一旦バスを降り、北側を展望するのであるが、これがまたすごい。北朝鮮の“宣伝村”が一望できるのである。“宣伝村”というのは文字どおり北朝鮮が南側に向けて「われわれはこんな立派な家で豊かな暮らしをしていますよ」と宣伝用に作られた村なのだが、どうみても人が住んでいるようには見えない。関係者の話によると、ひと月以上も同じ布団が同じ状態で干してあるという。韓国と競って建てられたという、世界一高くて大きな北朝鮮国旗がへんぽんと翻っている。

 景色に見飽きたので、バスに戻って窓を開け外を眺めていると、突然国連兵が走り寄って来て私に何か大声で話しかけてくる。身振り手振りがやたら大げさであるとは思ったが、日本語でないのでさっぱり分からない。するとくだんのガイドがやって来て

「あなた、はやく窓を閉めなさい!」

とわめいている。

「なんで?俺はただ窓を開けてあっち(北側)を見ているだけだ」

と北側を指さしながら説明したのがさらにまずかった。バスの窓を開けるのは、ここでは禁止されているというのだ。つまりどういうわけか、北朝鮮側を挑発しているということになるらしい。まして指を指すことなどもってのほか。バスの中から銃を構えて北を狙っているように誤解される恐れがあるというのだ。それを口実に北側から銃撃を受けるかもしれないという。そういえばブリーフィングのとき、たくさんの禁止事項を言われたっけ。Gパン、Tシャツ、運動服、半ズボン、サンダル、ミリタリースタイル、ミニスカート、露出の多い女性服、男性の長髪、整髪されていないヘアスタイル等々は禁止。つまり北側にプロパガンダとして利用されたり、もしものとき迅速な行動がとれないというのが理由だ。今生の思い出として、好きな酒を浴びるほど飲んだ昨夜が恨めしい。そのやりとりを見ていたバスの同乗者から、一斉に罵声を浴びせられたことは言うまでもない。

 かくして一行は再び“キャンプ・ボニファス”まで戻り、休憩した後ソウルに戻ったのであった。

 東西冷戦時代が終わり、その対立図式が形骸化しているとはいえ、世界でただこの“板門店”だけがその痕跡をいまだに残している。軍事対立を直接肌で感じ、その現実を実感するには“板門店見学”が何よりである。機会があれば、またぜひこのツアーに参加してみたい。ツアーの所要時間は約7時間。費用は昼食代込みで約8,000円。ぜひお勧めします。

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