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インドネシア文化展

しばらくぶりでアマゾン民族館の記事です。

3月10日より山形県鶴岡市のアマゾン民族館で、

特別企画展

「多民族国家、インドネシア展」

が始まります。


3月10日はオープニングイベントにつき、入館無料、


10時よりテープカット、館長による解説、


11時より、ホールにおいて、インドネシア共和国パプワ州ケーロム郡の

「ワリス伝統舞踊団」総勢30余名による伝統舞踊のお披露目。。。


腰ミノつけて踊るらしいですよ。皆さん、必見です!

お近くにお住まいの方はお見逃しなく!!


先日、山口館長と電話で話しました。

展示も終わり、あとはオープニングを待つだけとの事。

なんでも、彼ら(舞踊団)はほとんどこのために来日された模様。。。。

知事の表敬訪問もそこそこにアマゾンで過す時間の方が多いらしい。


で、山口氏、まだ春浅い鶴岡は寒かろうと腰ミノ、コテカの下の相棒君を気遣い、

体を内側から暖める秘策を練っているらしい。

そう、飲みにケーション、パプアバージョン。

楽しそうだ。。。行けないのが残念だ〜。。。。

折しもインフルエンザ流行中、アルコールで消毒しなくちゃね!


あ、一応、来年2月までやってますので、遠方の方も是非いらして下さい!

私が通う高校の近く(。。。といっても、結構離れていたが。。。)に

普通の民家の玄関に、手書きの看板で

「アマゾン資料館

 スペイン語、ポルトガル語、英語教えます」

と掲げられた、ちょっとあやしげなお宅があった。


そう、これが後のアマゾン民族館の前身である。

当時は気になりつつも、一度も訪れたことはなかったが、


高校の英語の能力別クラス編成でとなりの席になった子がそこで英語を習っているとの事で

その子とは話が弾み、とても仲良しになった。

クラスは違ったが、今でも年賀状やメールを出し合っている。



1980年、山口氏は長い南米生活を終え帰国。

物々交換、そして命がけでの飲みにケーションの対価として手に入れた(バックナンバー参照)アマゾンの原住民の民族具は民家2軒分を借りても収まりきれなかったらしい。

ゴミ屋敷ではないが、がらくたにしか見えないものも多々あり、最初は奇人変人扱いされた時もあったという。
(。。。確かに普通の人間とはちょっと違うが。。。)

1982年、アマゾン資料館オープン

たちまち地元青年達の話題となり、彼らは山口氏の体験談に強い刺激を受ける。

この頃から市内の高校で留学生の姿が見られるようになり、アマゾン資料館はいつしか外国人と庄内の青年の交流の場となっていった。
そこで、アマゾングループという草の根国際交流のボランティア団体が生まれた。
アフリカ救援チャリティーバザーを皮切りに、天神祭りの仮装行列、アメリカのシンクロナイズドスイミングの選手を迎え、アマゾン水泳教室、フィリピン研修ツアーetc...
活動は多岐にわたる。

1985年、農協から50万円を借り、日本中の留学生を庄内に集め、
「第1回 庄内国際青年祭」開催

あくまで行政からはいっさい支援はなく、個人的レベルの開催でありながら、20カ国、89人の参加者があり大成功をおさめる。

以後、「我ら地球家族」を合い言葉に、9回にわたる青年祭の参加留学生は61カ国、1123名。

第3回青年祭経過後、実行委員とホストファミリーが中心になり、庄内国際交流協会設立、
山口氏が会長として就任。

第5回にはアグネスチャンのコンサートも開かれた。

冷ややかだった行政はやっと支援にのりだし、

1991年、旧朝日村に「アマゾン自然館」設立。

1994年、鶴岡市に「アマゾン民族館」設立。

山口氏は両館長に就任し、「がらくた」は「宝物」として日の目を見る事となる。


現在、アマゾン民族館に併設する出羽庄内国際村を中心に、活発な国際交流活動を継続中。




心から心へ


地球にある 山や川や

町だけを考えるなら

この世界は空虚である


しかし地球のどこかに

私達とともに考え

ともに感じる人がいて


遠く離れていても

どこかでつながっていて

実はみんな「地球家族」なんだ

ということを知る時


地球は人の住む園となる


出羽の国 庄内の地に

世界の心と心をつなぐ園

草の根の「国際村」が


今、誕生した


出羽庄内国際村のHP
http://www.dewakoku.or.jp

山口氏率いるアマゾンファミリーとホンジュラス人、チリ人との宴会の席の話である。


スペイン語の乾杯は

「Salud(サルー)!」

である。

この単語自体で、「健康」という意味がある。


スペイン語圏の人達は、時々、この乾杯時にこんな儀式的な事をする。

「Arriba,  abajo, al  centro   y  a  dentro !」
(アリーバ、アバホ、アル セントロ イ ア デントロ)
『上に、  下に、 真ん中に、  そして 中に!』

韻を踏んだスペイン語ににあわせ、グラスを持って上に、下に、真ん中にグラスを移動させ、そして、中にで一気に飲む!



で、お約束通り、山口氏の正統派南米流乾杯の音頭。。。
山口氏のかけ声に合わせ、みんなで繰り返す。

「アリーバ!」。。。(グラスを上方に掲げ、ちょうど日本の乾杯みたいな感じ)

「アバホ!」。。。。(グラスを下方に下げ、だいたい自然に下げると、おへそくらいの位置か?)

ここで、みんなに、山口氏のチェックが入る。

「もっともっと、ず〜っと下!!」
「もっともっと、下げて〜!!」

みんなのグラスを持つ手が股間のあたりで止まったところでOKがでた。

ここで、ラテン人達が顔を見合わせた。

しかし、そんな事おかまいなしに、山口氏は続ける。。。

「はい、じゃ〜もう一回!!」
「アリーバ、アバホ。。。。そう、ず〜っとした〜!!。。。」

「デントロ」でグラスを飲み干したところで、ホンジュラス人が、前の席のペルーに何度も旅行している日本人のS氏にこっそり尋ねていた。

「南米はこうやってやるんですね、知らなかった。。。」

S氏「いや、ぼくも初めて聞きました。。。そうなんだ。。。」

ちょっと席が離れたところに座っていたチリ人達も「そうなんだ。。。」で、納得。。。


そんなわけで、ラテン人達は宴会が終わるまでその事で議論していた。

お国が違えばetc...今度ペルー人にきいてみるetc...でも、友人のペルー人がそうやってるのは見た事ないetc...どこか一部の地方にちがいないetc.......


が、しかし、これは山口氏の宴会芸だった。

スペイン、南米中を探してもおそらくこんなアリーバアバホはないだろう。

グラスを股間まで持って行くのは、ニューカレドニアの原住民の乾杯に出て来るらしい。



やられた。。。。とめちゃうけのラテン人。



なんとも楽しい宴会だった。


最後に、またあの、アリーバアバホ。。。で会を閉じた。


友人がぽつりと言った。

「まあ、下の健康っていったら、それしかないよね。」

納得!!

飲みにケーション ケータイ投稿記事

アマゾン民族館館長、山口吉彦氏のコミュニケーション信条である。


アマゾンのインディオ達の信頼を得て仲良くなるためには、まず同じ食べ物を飲み食いする事だそうだ。

何もアマゾンにかぎらず、酒の席というものはコミュニケーションにとても重要なウェイトを占める。
そして、誰だって自分が作ったお料理をおいしそうに食べてくれたら悪い気はしない。
例え口に合わなくても、同じものを口にする事で、文化の違いを理解しあったり、また、話題の糸口にもなるだろう。

日本に来た外人さんに梅干しや納豆を勧めてみるシチュエーションを考えてみたら頷ける。


が、しかし、こういう密林の中で生活する人々の食べ物は時としてゲテモノも多い。

もちろん、彼の体験談は私達の期待を裏切らない。

イモ虫、昆虫、えたいのしれない動物etc...

しかし、あろうことか、彼はインディオをして「野蛮だ」「お腹こわすぞ」と言わしめたお方。

ここが彼のツワモノたる所以である。恐るべし!

アマゾンの魚を刺身にして食べたたらしい。そして、人間を食べるといわれるピラニアさえ、彼の餌食になってしまった。(ピラニアの刺身を食べたかは不明)


そして肝心のお酒。

もちろん缶ビールや一升瓶など売っているはずもなく・・・


そう、もちろん作るんです!

マンジョーカという芋(すりおろして、デンプン取りだし干したもの)を若い女の子がクチャクチャ噛んでペッペッっと吐き出し、発酵させて作る飲み物。
唾液の中の酵素がデンプンをアルコールに変化させるらしい。

そういえば、テレビで何度か見たことがある。

昔日本でも、酒を作るのに米を噛んでペッペッと吐き出して発酵させて作ってたらしい。
で、米を噛んで痛くなる所がコメカミなんだそうだ。

昔テレビで「はじめ人間ギャートルズ」という漫画があって、ペットの猿に何やら噛ませては吐きださせ、酒を作る場面があったのを思い出した。。


そして、当然彼は飲みましたとも。

「飲みにケーション」ですもの!

クチャクチャしたのが、若い女の子だったのが、せめてもの救い!!・・・だよね・・・

この際、どの娘が・・なんて余計な詮索はすべきではない。

アマゾン民族館 ケータイ投稿記事

私のアミーゴ(友達)として一番初めに紹介したかったのがこの人。

しかし、一口では語れず、先延ばしになってしまった。



アマゾン民族館館長 山口吉彦氏。



この人の存在なくして今の私は語れない。

山形県鶴岡市出身、私の高校の大先輩でもある。


そもそも、なぜ山形県にアマゾンなのだろう?


彼が書いた文章の一節。(笹本恒子氏著「夢紡ぐ人びと」より)


『私は少年の日に抱いた夢を追って30年前に初めてアマゾン川のほとりに立ちました。
それ以来アマゾンの魅力にとりつかれ、ライフワークとして、神秘の森にひそむ動物や、昆虫、そして自然を友として、原始の森に生きるインディオたちの、生活文化の調査を続けてきました。』


彼はアマゾンに行きたいという少年の日の夢をずっと追い掛けて、そして実現させてしまった。

在ペルー大使館付属学校、ブラジル在ベレン日本領事館付属学校で教鞭をとるかたわら、アンデス、アマゾンの密林に入り、原住民の生活を研究し、その生活民具を集める事20余年。

一万点以上にものぼるアマゾン関連の収集物は日本一で、歴史的価値があるものも少なくない。

密林とジャングルの中で生活する原住民と寝食を共にし、コミュニケーションを通して得られた信頼を武器に、物々交換で手に入れた民族具の数々。

色鮮やかな鳥の羽でできた酋長の髪飾り、祭事用衣装、お面等々。

槍、弓など狩猟道具から、楽器、人形等娯楽品にいたるまで。
そして、家やカヌーやハンモック・・・(いったいどうやって持ってきたんだろう・・?)

『お金が不要なところなので、私が欲しい、と思う物は、物々交換をしたのです。
最初はマッチ、ライターなどを喜びましたが、湿気の多いところなので、マッチはつきにくい、ライターは石がなくなるからダメだ、と拒否されるようになりました。私の持ちもの、カバンや衣類などを要求されました。シャツやチョッキはもちろん、はいていたジーパンが欲しいといわれ、腰みのを巻いて帰ってきた事もありましたよ。
でも、馴れれば、みな同じ格好だからいいのです。』(「夢紡ぐ人びと」より)


彼と話していると、話題は尽きない。
アマゾンやその他約100ヵ国、彼が訪れた地でのエピソードの数々。

ピラニアに咬まれても、槍を持ったインディオに囲まれても、ジャングルで道に迷っても、難無く生還してしまう恐るべき強運と生命力。

インディージョーンズの世界を地で行くような山口氏に興味のある方は是非一度アマゾン民族館を訪れてみて欲しい。

トレードマークの探検服と探検帽でお出迎えしてくれるはずである。

(つづく)

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