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楽天ブログのリラ☆MOONさんの記事からの転載です。
以前テレビなどでも報道された事があるのでご存知の方も多いと思いますが 世界には、私達日本人が想像もつかないくらい過酷な現状に立たされている子供達がたくさんいるということを、私達はもっと知るべきではないかと思います。 知って考える事。 それが行動への第一歩だと思っています。 今は何も出来なくても、知っているだけでいつか行動に移せる日が来るかもしれません。 世界の子供達が笑顔で過ごせる日々が本当の平和ではないかとおもうのです。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ウガンダの子ども兵からのメッセージより ぼくは2人の人間を殺した。 AK47と呼ばれる小型武器で。 小型武器とは、 ぼくたち子どもでも扱える小さくて軽い武器のことだ。 でも、この武器は僕らの国では作っていない。 ぼくが使っていた武器は外国から入ってきたものだった。 ぼくらのことを チャイルドソルジャー(子ども兵)と人は呼ぶ。 小型武器を持って戦う兵士だからだ。 でも、2年前までぼくはふつうの子どもだった。 家族がいて友達がいて幸せに暮らしていた。 ある日、大人の兵士が村にやってきてぼくを連れ去った。 ぼくはその日から兵士になった。 ぼくは人の殺し方を教え込まれ戦場で戦った。 逃げようとした友達は大人の兵士に耳を切り落とされた。 ぼくの目の前で友達が殺されていった。 女の子は大人の兵士に乱暴された。 怖かった。 家に帰りたかった。 お母さんに会いたかった。 運よく、ぼくは大人の兵士がいないときに 軍隊から逃げ出すことができた。 村に帰ってきたが、友達は誰もいなかった。 ぼくはみんなに「 人殺し 」といわれ 学校ではいじめられた。 家族や親戚からも怖がられ 前みたいな幸せは戻ってこなかった。 悲しかった。 寂しかった。 あるのは絶望だけだった・・・。 ぼくは何度も死のうと思った。 そして、何度も何度も自分自身に問いかけてみた。 ぼくは何のために生まれてきたのか? ぼくはなぜ生きているのか? ぼくは生きる価値がはあるのか? ぼくにできることはあるのか? 「もし、ぼくに何かできることがあるなら、ぼくには生きる意味がある 」 ぼくはそう思った。 ぼくに何ができるか? 「ぼくとおなじ悲しみを、子どもたちに体験させたくない」 ぼくはそう思った。 ぼくには紛争の「悲しみ」を伝えることができる。 ぼくには平和の「喜び」を伝えることができる。 ぼくには、ぼくにしかできないことがある。 今、ぼくは先生になってそのことを伝えていこうと思っている。 ぼくの夢は学校の先生になること。 むずかしいかもしれないけど あきらめずに夢を追っていきたい。 ぼくは13歳 職業、兵士。の本の ウガンダの子ども兵からのメッセージより 何か感じられた方、何か行動に移す人は100人に1人といわれます。 転載でも何でも結構です。その1人になってくれますか? クリックで救える命がある。 http://www.dff.jp/ セーブ・ザ・チルドレン http://www.savechildren.or.jp/ 鬼丸昌也・小川真吾著『ぼくは13歳 職業、兵士。』 【ライブドア・ニュース 12月01日】− 「目はうつろで、顔の表情はまるでロウ人形のように硬直している」。 NGO(非政府組織)で元子ども兵士を支援する2人の著者は、調査活動で初めてウガンダを訪れたとき、恐怖を感じたままの表情をしている元子ども兵士が、あまりにたくさんいる現実に驚いた。 ウガンダでは、誘拐した子どもを兵士にするために、母親殺しを命じたり、腕を切り落とさせたりするなど、残虐行為を強制することが日常化しているという。残虐行為を地元でさせることで、子どもは逃げ場をなくす。残虐な行為をさせ、子どもの頭が真っ白になったところで洗脳し、何も恐れない兵士を作る。 子どもは中世から戦争に参加している。武器の手入れや身の回りの世話など、戦闘以外を任されてきた歴史がある。しかし、その役目は変わった。 自動小銃、携帯対空砲、地雷など、軽くて、小さくて、操作が簡単な小型武器が大量に出回るようになった現代、子どもも戦闘要員として捉えられるようになった。兵士を“調達”するために、紛争地で子どもの誘拐が頻繁に起こっている。地雷原を突き進み、残虐行為をするのは、子どもの“仕事”だ。大人にはできない“仕事”を円滑に進ませるため、麻薬漬けにされる例も多い。 子ども兵士を支援する著者らは、根本的な原因である小型武器廃絶を訴えている。大国が小型武器のほとんどを生産し、利益を得ている一方で、貧困対策以上のお金を費やして、武器を購入している途上国がある。 小型武器の犠牲者は、年間50万人。驚くべきことに、そのうち20万人は、先進国を含む、紛争地以外での犠牲者だ。子ども兵を作り出している小型武器は、紛争地以外にも犠牲者を増やし続けている。著者は「犠牲者の数からいえば、小型武器は事実上の大量破壊兵器」という、国連のアナン事務総長の発言も引用している。小型武器は、うつろな目をした子どもと、先進国にいる我々に、共通の問題を投げかけている。 著者は、武器をなくすなど「夢のまた夢」と言う専門家の存在を認めつつ、同じく夢と言われていた対人地雷が禁止された過程を例に、一歩でも進むことの重要性と、伝えることの必要性を訴えている。
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